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辺境のタケリード編
6話
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仕事の区切りのよい時期に、乗合馬車でまっすぐ行くと五日と半日。
ただ、伯爵家に向かうなら身繕いをしてからでなければ失礼に当たる。
久しぶりに両親や兄弟にも会いたい。
家族たちは自分の論文が評価されたことをとても喜んであたたかい手紙をくれた。論文を出す前から、もう十分に頑張ったからいつでも帰ってきて良いとも言ってくれていた。
ドルドミラに行ってから初めての里帰りに、辺境の珍しいものをたくさん買い込んで、作業員たちとネーザにあとを頼んで懐かしい家を目指して旅立った。
「行ってきます、か」
もう戻る場所はドルドミラ、訪ねる場所が実家になってしまったんだなと感慨深く、車窓を流れる景色を眺めながら旅を楽しむ。
乗合と言いながら、ドルドミラから出る者は少ないので、暫くの間は一人旅。
気持ち良いガタゴトした揺れに、ゆっくり眠りに引き込まれていった。
ザンバト領に着くと、乗合馬車の停留所から大きな荷物を背負い、懐かしい屋敷へと歩いて戻る。行き交う人々の中には顔見知りもいたが、タケリードだとはまったく気づかないようだった。
懐かしい屋敷の前に立つと、失意の中この地を旅立ったあの日と何一つ変わらないように見える。
門扉のベルを鳴らす。
髪が白くなった執事ケルンが飛び出してきたが、ぼーっとタケリードを見て言葉が出ない。
「久しいなケルン、元気だったか?」
「やはりタケリード様?なんと!逞しくなられて一瞬戸惑ってしまい、申し訳ございません」
「ああ、気にするな。乗合馬車を降りてここまで、誰にも声をかけられなかったほどだからな」
はははと朗らかに笑うタケリードは、以前とはまったく違う印象を執事に与えた。
「え?タケリードなの?」
母アイリアの声が頭上から響き、見上げると二階のテラスから覗き込んでいる。
「ええ?タケリードなの?本当にあなたが私の息子?顔が真っ黒よ?」
母すらわからないほど変わってしまったのか?とまた笑いがこみ上げる。
「母上、間違いなく私がタケリード・ザンバトです。その節は大変なご心労をおかけして申し訳ございませんでした。この度帰還をお許しくださり、感謝申し上げます。お元気でいらしてくださり、ありがとうございます!」
「ああ、タケリード!本当に?ねえ?私の息子はこんなにゴツゴツしていたかしら?」
「もう母上!いい加減にしてあげてくださいよ」
ワンドが奥の執務室から顔を出し、手を振る。二歳下だが、兄サードルとともにすでに妻帯したそうだ。二人とも晴れの結婚式くらいはと招待状をくれたが、晴れの日だからこそと遠慮したため兄弟の妻子には初顔合わせとなる。
「兄上久しぶりだ!いやしかし、すごいな、そんなにも変われるものなのか?」
「そういうワンドも大人になったな」
「もう父親だぞ、あとで妻とかわいい子どもを紹介させてくれ」
「そこは、かわいい妻と子どもといったほうがいいのでは?」
タケリードが小さな声で言う。
ワンドの後ろから、どうやら妻子らしき二人がついてきたから。
「そうっ!かわいい妻とこどもを紹介させてほしいなっ」
ハッとして、誤魔化すように大きな声で言ったワンドに、その妻リリも吹き出している。
─ああ、あたたかいな家族は─
笑いながらも、タケリードの瞳からぽろぽろと涙がこぼれたのを見て、ワンドが腕を伸ばして抱き寄せ、背中を擦る。
「兄上、おかえり。本当によく頑張ったな」
ワンドはサードルの補助をしており、今父ユードとサードルは出かけているとのこと。予定ではじきに戻るから湯浴みでもしてのんびりしていろと、ワンドにタケリードが昔使っていた部屋に案内された。
驚くことに、部屋は出ていったときのままで。
「まさか、こんなに長きに渡り戻らないとは思わなくてなあ。いつ帰ってきてもいいように、毎日掃除もしていたんだよ」
「サードル兄上が妻帯したのだから、すべて潰しただろうと思っていたが」
「うん、サードル兄上がここは残してやりたいから自分は離れを新築するって言って、なぜか父上が建ててやったんだ。いまはそこに夫婦で住んでいる。あれはうまくやったよな」
ワンドがパチンと片目を瞑っておどけてみせた。
「本当に・・・やさしいっていうか、甘いっていうか」
「うん、最高だろ?うちの家族は」
タケリードの涙腺が緩んで、ワンドの輪郭がぼやけてくる。
「え、泣くなよもう、貴族は簡単に泣いちゃダメなんだぞって、昔俺に言ったの誰だ?」
「うん、そうだな」
「あとで迎えに来るから休んでろ」
弟が兄になったようだと、泣きながら笑う。
─取り戻せてよかった、失わずに本当によかった─
自分が努力したからだなんて、これっぽっちも思わない。たくさんの人々が手を差し伸べて支えてくれたからそこ、あれほどの失敗をした自分が赦されてここにいられる。
あらゆるものや人々に感謝の気持ちでいっぱいになった。
ただ、伯爵家に向かうなら身繕いをしてからでなければ失礼に当たる。
久しぶりに両親や兄弟にも会いたい。
家族たちは自分の論文が評価されたことをとても喜んであたたかい手紙をくれた。論文を出す前から、もう十分に頑張ったからいつでも帰ってきて良いとも言ってくれていた。
ドルドミラに行ってから初めての里帰りに、辺境の珍しいものをたくさん買い込んで、作業員たちとネーザにあとを頼んで懐かしい家を目指して旅立った。
「行ってきます、か」
もう戻る場所はドルドミラ、訪ねる場所が実家になってしまったんだなと感慨深く、車窓を流れる景色を眺めながら旅を楽しむ。
乗合と言いながら、ドルドミラから出る者は少ないので、暫くの間は一人旅。
気持ち良いガタゴトした揺れに、ゆっくり眠りに引き込まれていった。
ザンバト領に着くと、乗合馬車の停留所から大きな荷物を背負い、懐かしい屋敷へと歩いて戻る。行き交う人々の中には顔見知りもいたが、タケリードだとはまったく気づかないようだった。
懐かしい屋敷の前に立つと、失意の中この地を旅立ったあの日と何一つ変わらないように見える。
門扉のベルを鳴らす。
髪が白くなった執事ケルンが飛び出してきたが、ぼーっとタケリードを見て言葉が出ない。
「久しいなケルン、元気だったか?」
「やはりタケリード様?なんと!逞しくなられて一瞬戸惑ってしまい、申し訳ございません」
「ああ、気にするな。乗合馬車を降りてここまで、誰にも声をかけられなかったほどだからな」
はははと朗らかに笑うタケリードは、以前とはまったく違う印象を執事に与えた。
「え?タケリードなの?」
母アイリアの声が頭上から響き、見上げると二階のテラスから覗き込んでいる。
「ええ?タケリードなの?本当にあなたが私の息子?顔が真っ黒よ?」
母すらわからないほど変わってしまったのか?とまた笑いがこみ上げる。
「母上、間違いなく私がタケリード・ザンバトです。その節は大変なご心労をおかけして申し訳ございませんでした。この度帰還をお許しくださり、感謝申し上げます。お元気でいらしてくださり、ありがとうございます!」
「ああ、タケリード!本当に?ねえ?私の息子はこんなにゴツゴツしていたかしら?」
「もう母上!いい加減にしてあげてくださいよ」
ワンドが奥の執務室から顔を出し、手を振る。二歳下だが、兄サードルとともにすでに妻帯したそうだ。二人とも晴れの結婚式くらいはと招待状をくれたが、晴れの日だからこそと遠慮したため兄弟の妻子には初顔合わせとなる。
「兄上久しぶりだ!いやしかし、すごいな、そんなにも変われるものなのか?」
「そういうワンドも大人になったな」
「もう父親だぞ、あとで妻とかわいい子どもを紹介させてくれ」
「そこは、かわいい妻と子どもといったほうがいいのでは?」
タケリードが小さな声で言う。
ワンドの後ろから、どうやら妻子らしき二人がついてきたから。
「そうっ!かわいい妻とこどもを紹介させてほしいなっ」
ハッとして、誤魔化すように大きな声で言ったワンドに、その妻リリも吹き出している。
─ああ、あたたかいな家族は─
笑いながらも、タケリードの瞳からぽろぽろと涙がこぼれたのを見て、ワンドが腕を伸ばして抱き寄せ、背中を擦る。
「兄上、おかえり。本当によく頑張ったな」
ワンドはサードルの補助をしており、今父ユードとサードルは出かけているとのこと。予定ではじきに戻るから湯浴みでもしてのんびりしていろと、ワンドにタケリードが昔使っていた部屋に案内された。
驚くことに、部屋は出ていったときのままで。
「まさか、こんなに長きに渡り戻らないとは思わなくてなあ。いつ帰ってきてもいいように、毎日掃除もしていたんだよ」
「サードル兄上が妻帯したのだから、すべて潰しただろうと思っていたが」
「うん、サードル兄上がここは残してやりたいから自分は離れを新築するって言って、なぜか父上が建ててやったんだ。いまはそこに夫婦で住んでいる。あれはうまくやったよな」
ワンドがパチンと片目を瞑っておどけてみせた。
「本当に・・・やさしいっていうか、甘いっていうか」
「うん、最高だろ?うちの家族は」
タケリードの涙腺が緩んで、ワンドの輪郭がぼやけてくる。
「え、泣くなよもう、貴族は簡単に泣いちゃダメなんだぞって、昔俺に言ったの誰だ?」
「うん、そうだな」
「あとで迎えに来るから休んでろ」
弟が兄になったようだと、泣きながら笑う。
─取り戻せてよかった、失わずに本当によかった─
自分が努力したからだなんて、これっぽっちも思わない。たくさんの人々が手を差し伸べて支えてくれたからそこ、あれほどの失敗をした自分が赦されてここにいられる。
あらゆるものや人々に感謝の気持ちでいっぱいになった。
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