70 / 100
69話 トリスタンの帰還
しおりを挟む
ホングレイブ伯爵家が、若き伯爵夫妻とお気に入りの使用人たちを引き連れて視察旅行にでかけたのを見計らい、黒鹿毛の馬に乗った金髪の青年が屋敷に滑り込んできた。
「「トリスタン坊ちゃま!おかえりなさいませ!」」
あちこちから歓声のような声がかかる。
「ただいま、みな元気だったか」
「あーっ本当に坊ちゃまだわ!」
メイド長のウリューラが満面の笑みで出迎えてくれたのを見て、トリスタンは驚いた。
「おい、ウリューラは視察旅行に選ばれなかったのか?」
「ええ、奥様は口うるさいメイド長はお嫌いなんですよ。でも選ばれなくてよかったわー、連れて行かれていたら坊ちゃまに会えなかった!」
カラカラと笑う。
先代から実直に勤め上げているメイド長を軽んじるなど、トリスタンには理解ができないが、ジューナンの言うように、気心の知れた使用人たちが残っていることを知り、安心して証拠探しに専念することができたのだった。
「坊ちゃま、夕食をご用意しました」
探しもので散らかった執務室に声をかけにきたのは、これも幼少から知る料理人のひとりネーラだ。
「お、ありがとう!」
「トリスタン坊ちゃまのお好きなものを用意しましたよ」
「本当に?うれしいよ早速頂こう」
ジューナンも一緒に三人で食堂に向かうと。
「わっ!本当好きなものばかりじゃないか!」
こどものようにはしゃいだ声をあげたトリスタンに、皆が微笑むのだった。
「あーっ、本当に本当に美味かったよネーラ!」
「トリスタン坊ちゃま、お屋敷に戻られればいつでもお作りできますよ」
「・・・それはだな、ちょっと難しいな」
「たまにランチボックスでも作って坊ちゃまにお届けして差し上げたらどうだ?」
ジューナンが思いつく。
「いや、それは悪い」
遠慮するトリスタンに、ネーラが手を振った。
「いえ、それがいいと思いました。坊ちゃまに美味しいものを食べてほしいんですよ、私たちが!」
なんとなくじわりと目が潤んだ気がして、トリスタンは目を袖で擦り上げる。
「そか。じゃあ兄上たちが出かけたときにこっそり頼もうかな」
「「はいっ!」」
震えた声に、元気な皆の声が被り、トリスタンはなぜかホッとしていた。
一息つくと、ジューナンとまた執務室に戻る。
「じゃあ始めようか」
「はい」
ゲイザードは神経質な性質ではないが、あまりにも位置が変わっていたら怪しまれるに違いない。
何をどの棚の何番目から抜いたか、いちいちジューナンが記録をつけて、トリスタンの確認が終わると、元の位置に寸分の狂いもなくジューナンが戻していくのを、ちらりと視線を上げて見たトリスタン。
ジューナンに礼を言う。
「私ひとりだったら、とても無理だったな!ありがとうジューナン」
家令はにこやかに頷いた。
視線を帳面に戻して暫く。
「ん?」
「何かございましたか?」
「うん、収入と支出が合わないようだ」
「ええ?おかしいですね」
ジューナンも覗くと、確かに収入より支出のほうがだいぶ多い。宝石やドレスの購入に当てられているようだ。
「姉上の持参金か?」
「いえ、奥様の予算での買物はあちらの帳簿に記入しておりますよ」
「じゃあこの矛盾は?どこからこの金は来たんだ?」
トリスタンとジューナンは俄然張り切りだした。
寝る間も惜しみ、ゲイザードたちが留守にしている六日の間に、必ず目当ての物を見つけるのだと。
いつまでも灯りが消えない執務室を心配し、覗きに来たウリューラも仲間に加わって、とうとう見つけ出したのは三日も過ぎようという頃。
ウリューラとジューナンが徹底的に片付け、ネーラが籠一杯に料理を詰め込んで、使用人用の箱馬車に乗せられたトリスタンが森の小屋に戻ったのはその夜のことだった。
「「トリスタン坊ちゃま!おかえりなさいませ!」」
あちこちから歓声のような声がかかる。
「ただいま、みな元気だったか」
「あーっ本当に坊ちゃまだわ!」
メイド長のウリューラが満面の笑みで出迎えてくれたのを見て、トリスタンは驚いた。
「おい、ウリューラは視察旅行に選ばれなかったのか?」
「ええ、奥様は口うるさいメイド長はお嫌いなんですよ。でも選ばれなくてよかったわー、連れて行かれていたら坊ちゃまに会えなかった!」
カラカラと笑う。
先代から実直に勤め上げているメイド長を軽んじるなど、トリスタンには理解ができないが、ジューナンの言うように、気心の知れた使用人たちが残っていることを知り、安心して証拠探しに専念することができたのだった。
「坊ちゃま、夕食をご用意しました」
探しもので散らかった執務室に声をかけにきたのは、これも幼少から知る料理人のひとりネーラだ。
「お、ありがとう!」
「トリスタン坊ちゃまのお好きなものを用意しましたよ」
「本当に?うれしいよ早速頂こう」
ジューナンも一緒に三人で食堂に向かうと。
「わっ!本当好きなものばかりじゃないか!」
こどものようにはしゃいだ声をあげたトリスタンに、皆が微笑むのだった。
「あーっ、本当に本当に美味かったよネーラ!」
「トリスタン坊ちゃま、お屋敷に戻られればいつでもお作りできますよ」
「・・・それはだな、ちょっと難しいな」
「たまにランチボックスでも作って坊ちゃまにお届けして差し上げたらどうだ?」
ジューナンが思いつく。
「いや、それは悪い」
遠慮するトリスタンに、ネーラが手を振った。
「いえ、それがいいと思いました。坊ちゃまに美味しいものを食べてほしいんですよ、私たちが!」
なんとなくじわりと目が潤んだ気がして、トリスタンは目を袖で擦り上げる。
「そか。じゃあ兄上たちが出かけたときにこっそり頼もうかな」
「「はいっ!」」
震えた声に、元気な皆の声が被り、トリスタンはなぜかホッとしていた。
一息つくと、ジューナンとまた執務室に戻る。
「じゃあ始めようか」
「はい」
ゲイザードは神経質な性質ではないが、あまりにも位置が変わっていたら怪しまれるに違いない。
何をどの棚の何番目から抜いたか、いちいちジューナンが記録をつけて、トリスタンの確認が終わると、元の位置に寸分の狂いもなくジューナンが戻していくのを、ちらりと視線を上げて見たトリスタン。
ジューナンに礼を言う。
「私ひとりだったら、とても無理だったな!ありがとうジューナン」
家令はにこやかに頷いた。
視線を帳面に戻して暫く。
「ん?」
「何かございましたか?」
「うん、収入と支出が合わないようだ」
「ええ?おかしいですね」
ジューナンも覗くと、確かに収入より支出のほうがだいぶ多い。宝石やドレスの購入に当てられているようだ。
「姉上の持参金か?」
「いえ、奥様の予算での買物はあちらの帳簿に記入しておりますよ」
「じゃあこの矛盾は?どこからこの金は来たんだ?」
トリスタンとジューナンは俄然張り切りだした。
寝る間も惜しみ、ゲイザードたちが留守にしている六日の間に、必ず目当ての物を見つけるのだと。
いつまでも灯りが消えない執務室を心配し、覗きに来たウリューラも仲間に加わって、とうとう見つけ出したのは三日も過ぎようという頃。
ウリューラとジューナンが徹底的に片付け、ネーラが籠一杯に料理を詰め込んで、使用人用の箱馬車に乗せられたトリスタンが森の小屋に戻ったのはその夜のことだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
80
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる