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第1話 〝出涸らし〟
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「はあ……」
大きなため息を吐きながら、僕──ノエル・アルワース──は大通りをとぼとぼと歩く。
今日は年に一度の『降臨の儀』の日。
世界の運行を司る二十二の神々より下賜される『職能』をその身に宿すこの儀式は、この世界に連綿と受け継がれる伝統的な成人の儀式である。
齢十五となった者は種族に関係なくこれを受け、己が生き方を神に示されるのだ。
僕は今しがた、その判定を受けてきたところだ。
『降臨の儀』を受けると、その者に最も期待を寄せる神から、シンボルマークと星の形をした痣が身体のどこかに刻まれる。
この世界を守護する二十二柱の神々が、評価し、祝福を授け、その力の一端が下賜された証だ。
刻まれた星の数によって才能の度合いが示され、それに相応しい力が付与される。
戦いに秀でる者、魔法が使えるように者、漁が巧くなる者……。
与えられる力は様々で、レムシリアの民は皆それに沿った生き方をする。
それは一生を通じて変わることはなく、授けられた星の数はそのまま社会的な階級の指標ともなる。
『降臨の儀』による判定は、二十二の神紋と星の数に表わされる五段階の『星証痕』から構成される。
すなわち……
才無き最底辺の『一ツ星』。
劣等人たる『二ツ星』。
普遍者である『三ツ星』。
才気あふれる『四ツ星』。
英雄の素質秘める『五ツ星』。
……である。
そして、今日この日。
僕に下された判定は、『一つ星』の『魔術師』。
つまりは、最底辺の才能を示されわけだ。
尊敬する父と同じ『星証痕』ということに、少しばかり救いはあるものの、やはり『一つ星』の判定には落ち込む。
そもそも、『一つ星』の人間というのは一昔前までは奴隷などの代名詞だった。
昨今は人権や平等といった言葉が推進されて、は少しばかり緩和されているとは言え、それはせいぜい僕が住む学園都市内部のみの話で、国境を跨げばたちまち僕という人間の価値は家畜以下まで下がる。
……いままでも、決して高いとは言えなかったが。
「よぉ、〝出涸らし〟」
再度の溜息をつきながら俯いて歩く僕の前に立ち塞がるようにして、背の高い少年が現れる。
刈り込まれた金髪に、そばかすの目立つ顔。体格は僕よりも一回り大きい。
同じ初等教育学校に通っていた、元同級生で……あまり、得意ではない奴だ。
できれば今日だけは会いたくないと思っていたが、どうやら僕を待ち伏せていたらしい。
「ギルバルト」
「おいおい、ギルバルトさんだろ?」
僕の目の前に証明書を差し出して、ギルバルトが不敵に笑う。
そこには『四つ星/塔』と記載されていて、ますます僕は落ち込んでしまった。
前々から何かと僕にマウントを取る男だったが、それが『降臨の儀』によって正当性を得てしまった。
「んん~? ノエルくんはしみったれた顔でどうしたのカナぁ?」
ニヤニヤとした顔で、こちらを見てくるギルバルト。
この様子だと、僕の結果をすでに知っているようだ。
どこから情報が漏れたかなんて知る由もないが、どうせロクでもない方法で知ったのだろう。
……彼はそういう奴だから。
「放っておいてくれ」
「『三ツ星』? それとも『二ツ星』? まさかまさかの『一ツ星』なんてこと、ねぇよなァ?」
世界で最も多いのは『三ツ星』である。
全人口の六割ほどがこのランクに属し、残り四割にそれ以外が分布する。
そして、中でも最も劣った能力を持つのが『一つ星』であり、最も優れた能力を持つのが『レア』というのが一般的な認識だ。
つまり、事実としてギルバルトは僕より優れた能力を持つ人間であり、社会的にも上位に位置しているということになる。
「お前、『一つ星』だったんだろ? やっぱり〝出涸らし〟だったんだなぁ? えぇ?」
「……!」
得意げに証明書をひらひらとさせながら、ニヤニヤ笑うギルバルト。
学生時代は中途半端な家柄や体格の良さでマウントを取ってきたものだが、今度は『星証痕』でマウントか。
何より、先程から挑発がわりに発せられる〝出涸らし〟という言葉が、今日はより深く突き刺さる。
──〝出涸らし〟。
いつからか、陰で僕を指すようになった言葉。
優れた父母から何もかもを受け継いだ姉と、何も受け継がなかった僕。
並べて対比すれば、なるほど……。僕は〝出涸らし〟なのだろう。
「これからはオレに頭を下げて生きろよ? それともオレの奴隷になるか? いや、やっぱいいわ。お前みたいな〝出涸らし〟野郎なんてクソの役にもたたねぇし──……あばァっ!?」
一発くらいぶん殴ってやろうかと握り拳を作った瞬間、ギルバルトの顔が突然へこみ……そして、通りの端まできりもみ回転しながら吹き飛んでいった。
あれは顔の骨が折れてるかもしれない。
「ノエル、迎えにきたわよ」
「姉さん?」
少し長めのストロベリーブロンドをふわりとなびかせながら、快活に笑って僕を見る姉。
母譲りの赤い瞳は静かに揺めき輝いていて、少しばかり気が立っていることを暗に示していた。
それにしても、我が姉ながらなんて絵になる人なんだろう。
ただ暴力を振るう瞬間ですら、こんなにかっこいいなんて。
エファは僕の一つ上の姉である。
『五つ星/剛毅』のランクと、それに相応しい才能と力を持った自慢の姉。
それと同時に、僕の幼稚なコンプレックスを刺激する存在でもある。
「あ……が……てめェ」
「うるさい」
通りに転がるギルバルトが小さな声を上げていたが、それに向かって容赦なく〈衝電〉で追い討ちをかける姉。
非殺傷の魔法を使うだけ優しいと言うべきかもしれないが、指先から放たれる電撃を浴びたギルバルトはいよいよ気絶してしまったようで、倒れたまま動かなくなった。
「またこいつ? 懲りないわね。ま、いいか。さ、ノエル。帰りましょ?」
笑顔の姉に、僕は俯く。
このような姉の鮮やかな姿を見てしまうと、さらに言い出しにくくなってしまった。
「うん。あのさ……僕、『一つ星』だったよ……」
「そ。じゃ、パパと一緒ね!」
「うん」
「きっとパパ、喜ぶわよ」
なんて事ない風に笑う、優しくて過保護な姉と並んで僕は家路を歩いた。
大きなため息を吐きながら、僕──ノエル・アルワース──は大通りをとぼとぼと歩く。
今日は年に一度の『降臨の儀』の日。
世界の運行を司る二十二の神々より下賜される『職能』をその身に宿すこの儀式は、この世界に連綿と受け継がれる伝統的な成人の儀式である。
齢十五となった者は種族に関係なくこれを受け、己が生き方を神に示されるのだ。
僕は今しがた、その判定を受けてきたところだ。
『降臨の儀』を受けると、その者に最も期待を寄せる神から、シンボルマークと星の形をした痣が身体のどこかに刻まれる。
この世界を守護する二十二柱の神々が、評価し、祝福を授け、その力の一端が下賜された証だ。
刻まれた星の数によって才能の度合いが示され、それに相応しい力が付与される。
戦いに秀でる者、魔法が使えるように者、漁が巧くなる者……。
与えられる力は様々で、レムシリアの民は皆それに沿った生き方をする。
それは一生を通じて変わることはなく、授けられた星の数はそのまま社会的な階級の指標ともなる。
『降臨の儀』による判定は、二十二の神紋と星の数に表わされる五段階の『星証痕』から構成される。
すなわち……
才無き最底辺の『一ツ星』。
劣等人たる『二ツ星』。
普遍者である『三ツ星』。
才気あふれる『四ツ星』。
英雄の素質秘める『五ツ星』。
……である。
そして、今日この日。
僕に下された判定は、『一つ星』の『魔術師』。
つまりは、最底辺の才能を示されわけだ。
尊敬する父と同じ『星証痕』ということに、少しばかり救いはあるものの、やはり『一つ星』の判定には落ち込む。
そもそも、『一つ星』の人間というのは一昔前までは奴隷などの代名詞だった。
昨今は人権や平等といった言葉が推進されて、は少しばかり緩和されているとは言え、それはせいぜい僕が住む学園都市内部のみの話で、国境を跨げばたちまち僕という人間の価値は家畜以下まで下がる。
……いままでも、決して高いとは言えなかったが。
「よぉ、〝出涸らし〟」
再度の溜息をつきながら俯いて歩く僕の前に立ち塞がるようにして、背の高い少年が現れる。
刈り込まれた金髪に、そばかすの目立つ顔。体格は僕よりも一回り大きい。
同じ初等教育学校に通っていた、元同級生で……あまり、得意ではない奴だ。
できれば今日だけは会いたくないと思っていたが、どうやら僕を待ち伏せていたらしい。
「ギルバルト」
「おいおい、ギルバルトさんだろ?」
僕の目の前に証明書を差し出して、ギルバルトが不敵に笑う。
そこには『四つ星/塔』と記載されていて、ますます僕は落ち込んでしまった。
前々から何かと僕にマウントを取る男だったが、それが『降臨の儀』によって正当性を得てしまった。
「んん~? ノエルくんはしみったれた顔でどうしたのカナぁ?」
ニヤニヤとした顔で、こちらを見てくるギルバルト。
この様子だと、僕の結果をすでに知っているようだ。
どこから情報が漏れたかなんて知る由もないが、どうせロクでもない方法で知ったのだろう。
……彼はそういう奴だから。
「放っておいてくれ」
「『三ツ星』? それとも『二ツ星』? まさかまさかの『一ツ星』なんてこと、ねぇよなァ?」
世界で最も多いのは『三ツ星』である。
全人口の六割ほどがこのランクに属し、残り四割にそれ以外が分布する。
そして、中でも最も劣った能力を持つのが『一つ星』であり、最も優れた能力を持つのが『レア』というのが一般的な認識だ。
つまり、事実としてギルバルトは僕より優れた能力を持つ人間であり、社会的にも上位に位置しているということになる。
「お前、『一つ星』だったんだろ? やっぱり〝出涸らし〟だったんだなぁ? えぇ?」
「……!」
得意げに証明書をひらひらとさせながら、ニヤニヤ笑うギルバルト。
学生時代は中途半端な家柄や体格の良さでマウントを取ってきたものだが、今度は『星証痕』でマウントか。
何より、先程から挑発がわりに発せられる〝出涸らし〟という言葉が、今日はより深く突き刺さる。
──〝出涸らし〟。
いつからか、陰で僕を指すようになった言葉。
優れた父母から何もかもを受け継いだ姉と、何も受け継がなかった僕。
並べて対比すれば、なるほど……。僕は〝出涸らし〟なのだろう。
「これからはオレに頭を下げて生きろよ? それともオレの奴隷になるか? いや、やっぱいいわ。お前みたいな〝出涸らし〟野郎なんてクソの役にもたたねぇし──……あばァっ!?」
一発くらいぶん殴ってやろうかと握り拳を作った瞬間、ギルバルトの顔が突然へこみ……そして、通りの端まできりもみ回転しながら吹き飛んでいった。
あれは顔の骨が折れてるかもしれない。
「ノエル、迎えにきたわよ」
「姉さん?」
少し長めのストロベリーブロンドをふわりとなびかせながら、快活に笑って僕を見る姉。
母譲りの赤い瞳は静かに揺めき輝いていて、少しばかり気が立っていることを暗に示していた。
それにしても、我が姉ながらなんて絵になる人なんだろう。
ただ暴力を振るう瞬間ですら、こんなにかっこいいなんて。
エファは僕の一つ上の姉である。
『五つ星/剛毅』のランクと、それに相応しい才能と力を持った自慢の姉。
それと同時に、僕の幼稚なコンプレックスを刺激する存在でもある。
「あ……が……てめェ」
「うるさい」
通りに転がるギルバルトが小さな声を上げていたが、それに向かって容赦なく〈衝電〉で追い討ちをかける姉。
非殺傷の魔法を使うだけ優しいと言うべきかもしれないが、指先から放たれる電撃を浴びたギルバルトはいよいよ気絶してしまったようで、倒れたまま動かなくなった。
「またこいつ? 懲りないわね。ま、いいか。さ、ノエル。帰りましょ?」
笑顔の姉に、僕は俯く。
このような姉の鮮やかな姿を見てしまうと、さらに言い出しにくくなってしまった。
「うん。あのさ……僕、『一つ星』だったよ……」
「そ。じゃ、パパと一緒ね!」
「うん」
「きっとパパ、喜ぶわよ」
なんて事ない風に笑う、優しくて過保護な姉と並んで僕は家路を歩いた。
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