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第29話

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「どういうことだ?」
「……王子に会ったんですね」
「わかってんなら答えろよ」

 人気が少なくなった廊下の端で、エルムスを問い詰める。
 エルムスは、何もかもを知っている様子で小さく息を吐きだした。

「あなたが聖女となったことで、国の上層部が動きました」
「は? わかんねーな」
「王国は救世の聖女であるあなたを取り込みたいんですよ。教会だけの力とするわけにはいかないと言ったところでしょう」

 国が亡びるかどうかって時に、なんて悠長で冗長な連中なんだ。
 そりゃ、魔王も好機と思って目を覚ますってもんだ。

「アタシは降りる」
「セイラ、報酬の事なら話は通してあります。まとまった額の金貨があなたの自由になります」
「そうじゃねぇだろ! エルムス……あんた、それでいいのかい?」

 掴みかかるアタシに、エルムスが微笑む。
 ようやくわかってきたこいつの微妙な表情の変化で、ピンとくる。
 今は、無理してる顔だ。

「セイラ。僕は君の望みを知っている」
「なん……」
「聖女として王国とうまく連携すれば、貧民街スラムを一気に改革できます。そういう大義名分を立てることができるんですよ」

 静かに語られるエルムスの言葉には説得力があった。

 確かにそうだろう。
 でも、違うんだよ。エルムス。そうじゃない。
 聞きたい言葉も、してほしいことも、いまアタシが願うことも。

 まったく、夜鷹に立つ女たちから男はバカだって聞いてたけど。
 本当にバカなんだね。

んだ?」
「僕は……僕は、君の隣に立っていたかったな」
「……っ!」

 自分で無理やり言わせたようなものなのに、胸の奥が温かくなって、それが頭まで上がってくる。
 嬉しさと恥ずかしさと、悔しさと……それと怒りが綯交ぜになって、脳を沸騰させた。
 何だってこのバカは、いつも鋭い癖にアタシの気持ちに気が付かない?

 ……こうなったら、徹底的に思い知らせてやる。

「セイラ? むぐ」

 気が付くと、エルムスと唇を触れ合わせていた。
 もう考えるのも面倒だ、クソッタレ。

「なんてことを」
「うるさいね。黙ってな」

 再度、襟首をひっつかんで引きずっていく。

「ちょ……っ、セイラ?」
「エルムス。覚悟を決めな」
「へ?」

 何やら言っているエルムスをそのまま部屋まで引きずっていき、ベッドに転がす。

「セイラ、何を……」
「何って……『ナニ』だよ。ヘタレのクソ司祭め」

 こんなに焦るエルムスを見たのは初めてだ。
 なんだ、ちょっとかわいいじゃないか。

「大人しくしてろよ? エルムス」
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