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5巻
5-2
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「事実ですかな? 侯爵閣下」
「それが王命であった故に」
近衛騎士団長は小さく〝ふむ〟と漏らして部下に詰問する。
「では、デフィム。それと侯爵閣下に斬りかかるのと、どう関係があるのだ? ☆1憎しであればその☆1を斬ればよかったであろう?」
なかなかとんでもない話だが、貴族でもある王国騎士の感覚からすればこうなるのであろう。
当の☆1ではなく高位貴族に斬りかかるなんて意味がわからないし、筋が通らない。
その筋を歪めてでも通してしまうのが『カーツ』なんて連中なわけだが。
「侯爵が逆賊だからです。☆1と内通し、王家を貶め……いずれ反乱を起こすつもりなのです! きっとそのために昨日……そうだ……あの☆1に姫様を襲わせたに違いない! なんてことを! 王家を貶める目的で☆1に姫様を抱かせたのか!? この人でなしめ!」
徐々にヒートアップしたあげく、ひどい誤解を吹聴しはじめる近衛騎士。おそらく彼は、王女に淡い恋心でも抱いていたのだろう……
なるほど、そこを『カーツ』につけ込まれたか。
「王女殿下は侯爵閣下の診察を経て、ただ今快方に向かっていると報告があったが?」
「バカな! 騙されているんだ!」
「デフィム・マーキンヤー。問答はそこまでだ」
エインズが静かに、だが強く告げた。
埒が明かないと考えたのだろう。
「お前にはいくつかの嫌疑が掛けられており、明日の朝までにその沙汰が下されることになっている」
「……いやだ! 俺は、俺は忠実に職務を……騎士の務めを……」
「わかっている。デフィム・マーキンヤー。その忠義に疑いなしと近衛騎士団長様より伺っている」
柄にもなく優しい声を出すエインズに、思わず噴き出しそうになる。
とはいえ、市井の冒険者として脅しすかしの手練を鍛えられているエインズにとって、こういった状況の貴族を手玉に取るのはお手の物だろう。
「いくつか確認するべきことがある。まずは上着を脱いでくれ」
衣擦れの音に続いて、エインズの小さな呟き声。
「……あった」
「これは……『カーツの蛇』か!? デフィム! お前、一体いつから!?」
激昂したような近衛騎士団長の声が聞こえる。
どうやら近衛騎士にとって『カーツ』は、あまり仲良くしたい相手ではないらしい。
「……? 俺に『カーツの蛇』? まさか……まさか……まさか……! 違う、違う! 俺は俺は俺は俺は──……」
近衛騎士は徐々に語調を強く、速めていく。
発覚と同時に自決させる命令でも仕込まれているのかもしれない。
俺は隠れていた扉の裏から飛び出して、思わず叫ぶ。
「エインズ! あれで抑えろ!」
このまま自決でもされたら、寝覚めが悪いことこの上ない。
俺に気を取られた近衛騎士の口と鼻を覆うように、エインズは取り出した手拭いを押し当てる。
あれには鎮静作用のある魔法薬がたっぷりと染み込ませてある。
元は俺が緊張をほぐすためにこっそり持ち込んだ準魔法道具だったのだが、先ほど魔法式を少しばかり弄くって強力に鎮静するように調整した。
近衛騎士の興奮した顔が徐々に緩み……やがて彼は目を閉じて膝をつく。
「……何をしたのですかな?」
「興奮していたので鼻と口を押さえて呼吸状態を低くしました。命に別状はありませんよ」
さすがに昏倒させるような魔法道具を使ったとは公言できないと判断したらしいエインズが、それらしいことを言って誤魔化してくれた。
迂闊に説明するのも逆に危険だ……これで押し切ろう。
「エインズワース様、床でいいのでゆっくりと彼を横にしてください」
絨毯が敷かれた床に、近衛騎士をゆっくりと横たえるエインズ。それを横目に、モノジゴは現場に姿を見せた俺を、胡乱なものを見る目でねめつける。
☆1とわかれば、気を遣う必要などありはしない。
「貴様は☆1であったのだな……! 貴様がこの騒ぎの原因か?」
語調を強める近衛騎士団長に、俺は片膝をつき頭を垂れる。
平民が取れる最敬礼だ。
「……答えろ。事と次第によってはこの場でその首を捻じ切ってくれる」
殺気立つ近衛騎士団長の前に、ラクウェイン侯爵が体を滑り込ませる。
一切無駄のない動き……まるでエインズのカバーを受けたかと錯覚させるほど、見事な割り込みだ。
「それは困るな、モノジゴ卿。彼は王命で客人として私が招いているのだ。さらに王女殿下の治療には彼のユニークスキルが必要なのでな」
「……ナーシェリア王女殿下の?」
退かぬ様子のラクウェイン侯爵に気圧されたのか、近衛騎士団長は姿勢を正す。
「うむ。彼は☆1でありながらも西の国で『塔の主』――賢人としての認可を受けた医療のエキスパートだ。昨日、王女殿下の命を救ったのは他ならぬ彼で、あと一歩遅ければ王女殿下は身罷っていた。……そのため、少し強引に通ってしまったことが、今回の誤解の原因だろう」
結果オーライではあったが、あの時点では単に押し入ったと言っても間違いなさそうなものだが。
こういう嘘をしれっと挟むあたり、ラクウェイン侯爵も貴族なのだと実感する。
「で、賢人殿。彼の治療は可能か?」
侯爵の問いに、俺は頭を下げたまま小さく〝可能かと〟と答えた。
◆
近衛騎士――デフィム・マーキンヤーの処置は極めてスムーズに完了した。
『カーツの蛇』をつけられてからそう時間が経っていなかった上、魔法式自体もフェリシアのものより粗雑で軽く、一度解析し終えている俺にとってはごく簡単に引き剥がすことができたのだ。
「……完了です。これなら記憶に関しても、それほどの欠落はないと思います」
横で厳しい疑惑の目を俺に向ける近衛騎士団長に頷いてみせる。
正しい貴族教育を受けてきた者にとっては、俺のような☆1が治療行為を行なっているということ自体が犯罪という認識なのだろうが……少しくらい信じてくれてもいいのではないだろうか。
「フン……大した手並みだな? お前自身が『カーツ』の手先なのではないか?」
まったく、大した手の平返しだと感心すらしてしまう。やり方だけ教えてラクウェイン侯爵にやってもらえばよかったかもしれない。
ああ、そうなると今度は〝禁呪を流布した〟として罰せられるか。
これは八方塞がりだ。
「それは聞き捨てなりませんな? モノジゴ・ネル・レーベンツ近衛騎士団長」
圧を伴って苦言を呈する侯爵に、近衛騎士団長はなおも堂々と反論する。
「しかし、侯爵閣下……胡乱な☆1が、こうも禁呪を乱用している姿を見れば、疑いを持つのが普通でしょう?」
その物言いに、ラクウェイン侯爵がピクリと眉を吊り上げた。
「ほう……なるほど。では、レーベンツ家としては彼の存在を容認できないというわけですかな? 部下の不始末は彼の仕業だと……そうおっしゃられると」
「そうは言いませぬ。ただ、疑わしいと言っておるのです」
俺が『カーツ』の人間だと? 性質の悪い冗談はほどほどにしてほしい。
込み上げるため息が外に漏れないように、肺に留め置く。
「父上。賢人殿は魔力を使いすぎております」
明らかに芝居がかったエインズの言葉に、侯爵が頷く。
「うむ、そうであろうな……。まったく、恥知らずに恩知らずの相手をしているのでは、心労も溜まっているであろう。早々に屋敷に引き揚げるとしよう」
「な……」
珍しく攻撃的なラクウェイン侯爵の言葉に近衛騎士団長が息を呑む。
俺自身、こんな侯爵を見るのは初めてだ。
「卿。私はな……恩義にケチをつけるヤツに敬意を払いはしないぞ?」
「一般論の話をしておるのです! こやつは☆1ですぞ? まともに魔法を扱えるのかすら疑わしい者が、軽々しく禁呪を使うなど……」
遺憾だが、彼の言いたいことはわかる。
市井に見られる☆1のほとんどは、スキルの問題から上手く魔法が使えない。
その感覚で言えば、俺みたいな者が禁呪を含むいくつもの魔法を同時に使用する様は、イカサマをしているようにしか見えないだろう。
「彼をなんだと思ってるんだ? 耳の五芒星が見えないのか? 大陸が誇る知の都、ウェルスの『塔の主』なのだぞ? ……まったく、そんな狭量な考えだから、彼のような優秀な人材を西の国に流出させることになるのだ」
剣呑な口調で近衛騎士団長にまくしたてるラクウェイン侯爵。
「……ああ、それと」
彼は人差し指を立てて、ニコリと悪い笑顔を見せる。
悪だくみをしている時のエインズにそっくりだ。
「賢人殿を疑うのであれば、此度の件の弁護はしない。正気に戻るであろう彼には申し訳ないが、正気のまま裁きを受けてもらう。無論、君も責任を取ることになるだろう。私の高貴なる血は安くないぞ、卿」
近衛騎士団長の顔がさっと青ざめる。
そう、このままであれば〝侯爵を斬った〟という事実だけが残ることになる。しかも、その動機となる言い争いを、離宮のマーレン婦長が目撃しているのだ。動機と犯行事実が揃った今、侯爵の口添えがなければ、どう申し開きをしようとデフィム・マーキンヤーの極刑は免れまい。
さらに間の悪いことに、『カーツの蛇』は今しがた俺が剥がして消してしまった。
これでは〝カーツの呪いで心神喪失状態だった〟という話にもできない。
そうなると、明朝……彼は極めて正気のまま、首を落とされる。
――ダメだ。これは俺の望むところではない。この騎士連中はいけ好かないとは思うが、助けるためにやったことが裏目に出てしまっている。
「ラクウェイン侯爵閣下……! 私を脅す気ですか!?」
「何を言う、卿の部下に斬られたのは私だぞ?」
「それをそこの☆1がやらせたとは考えないのですか?」
「全く考えられないな。この賢人殿は、甘い。☆1だとなじられようが、貶められようが、乞われればお構いなしに目の前の者を救おうとする。彼が首謀者だとして、暗殺に失敗したデフィム・マーキンヤーを救うことに、一体なんの益があるというのだね?」
侯爵に問われ、近衛騎士団長が唸る。
「彼の村は『カーツ』の手によって支配され、彼の姉御は『カーツ』によって辱められたという。彼自身、『カーツ』に命を狙われている。……これ以上『カーツ』の犠牲者を増やすまいと、義憤と慈愛によって、このいけ好かないデフィム・マーキンヤーの治療に当たってくれたのだぞ?」
侯爵は俺の意図を汲んでくれていたようだ。やや修飾華美な気もするが。
「それをまぁ、よく動く口と手の平で仇にしてくれたものだよ。今後、ラクウェイン家は近衛の恩知らずを忘れることはないだろう。これからは怪我と病気に気をつけたまえよ」
ラクウェイン侯爵家はエルメリア王国における魔法薬と医療の中心だ。今後、それらが手配されないとなれば、近衛騎士団は訓練すらままならないだろう。
「では、我々は帰る」
「ま、待ってくだされ……! この通り、頭を下げますので、何卒……」
「結構だ。これではまるで私が卿を脅迫したかのようではないか? なに、デフィム・マーキンヤーも騎士だ……やったことの責任は自分の首であがなうがいいだろう」
ラクウェイン侯爵は完全に頭にきているようだ。面目を潰されて気を悪くしたのかもしれない。
俺は見かねて、口を出す。
「侯爵閣下。私からもお願いいたします」
せっかく、『カーツ』の呪いを引き剥がしたのに、こんな小競り合いで救った命を撥ねられては、助けた甲斐がない。
「アストル君……いいのかね?」
「☆1であるのは事実ですし、納得いかないというレーベンツ様のお気持ちもわかります。ただ、私ごときのことでマーキンヤー様の命を無駄にするのは王国の損失です」
できるだけマイルドに、うわべを取り繕っておく。
『カーツ』の手に落ちたのは彼の落ち度だし、城内で錯乱して剣を振るったのも彼の責任だが、『カーツ』が原因で命を落とすことになるなんて、俺は許容できない。
この流れまで含めて、どこかの誰かが書いたシナリオである可能性がある以上、好きにやらせるわけにはいかないのだ。
「賢人殿……」
俺の言葉の釣り針がひっかけたのは、意外にもデフィム・マーキンヤー本人だった。
「目を覚ましたか、デフィム!」
「団長、申し訳ありません。……全て、俺の不徳と油断が招いたことです。首を刎ねられても仕方ありません」
体を起こしたデフィム・マーキンヤーが、顔を俺に向ける。
「賢人アストル殿……心からの感謝を。そして、謝罪を」
彼はそう言って、俺に対して片膝をつこうとする。
それは貴族階級である騎士が平民に向けるべき礼ではない。
俺は慌てて押しとどめる。近衛騎士にこんなことをされては、居心地が悪くて仕方ない。
「マーキンヤー様……そのまま、そのまま。まだ本調子ではありません。楽になさってくださいませ」
少しあって、落ち着いたデフィム・マーキンヤーはこう切り出した。
「首が繋がっているうちに、取り急ぎ賢人殿に伝えねばならないことがあります」
◆
ラクウェイン侯爵別邸に帰ってきた俺達は、近衛騎士デフィム・マーキンヤーからもたらされた情報を整理していた。
「第二王子様が、一体俺になんの用だっていうんだ……」
思わず愚痴をこぼす俺を、レンジュウロウが窘める。
「少し落ち着かんか、アストル。それを今、チヨが調べておる」
半森人のチヨは、東方の『忍者』の技を使う優秀な斥候である。彼女の手に掛かれば、より詳しい情報が得られるのは間違いない。
とはいえ、これで落ち着けというのは無理な話だ。
そもそも、デフィムの話が真実ならば、『カーツ』の中心部には王族――エルメリア王国の第二王子であるリカルド王子がいるということになる。
あの日……そう、王女の治療の件で俺とラクウェイン侯爵がデフィム・マーキンヤーをやり込めたあの日。近衛騎士団の詰所に戻った彼は、リカルド第二王子に呼び出され……そして気が付くとああなっていたらしい。
その時の記憶はぼんやりとしているものの、第二王子とその側近らしい者達が俺に対して敵意と悪意を持っていたことはハッキリ覚えているのだという。
「なんにせよ、相手は王族だ。問いただそうにも相手が悪すぎらぁ」
エインズがため息混じりに俺を見る。
「それよりも、マーキンヤー卿は大丈夫か? 近衛騎士団長の前でああも堂々と王族を名指しすれば、本当に首が飛ぶんじゃないか?」
もしかすると死ぬ気だったのかもしれない。彼には、いくつかの自決を促す精神誘導魔法が掛けられていた。もうなくした命だと考えての行動だとすれば、納得がいく。
「それに関しては、心配無用だよ、アストル君」
パイプをくゆらせながらラクウェイン侯爵が書類をめくる。
「近衛騎士団長はあれでバカではないからな。言い含めておいたし、口外しないように口止めもしておいた。口外したら今後一切の治療を受け持たないともな……。難病を治療中の娘がいる以上、迂闊な手は打たないだろう」
あっけらかんとひどいことを言うラクウェイン侯爵。
これじゃあ、本当の脅しだ。
「おっと、納得できない顔だな? そういう感性は大切にしたまえよ、アストル君。だが、綺麗事で物事が進まない時は、汚れる覚悟を持つことも忘れるな」
──今回は私が汚れてやる。そういう風に聞こえた。
どうも、俺はこの人に頭が上がらなくなるような気がする。
少しばかり申し訳ない気持ちと、感謝と、妙な恥ずかしさが心をくすぐった。
なんとも言えない不思議な感覚だ。
「なんにせよ、相手が王子なら手の打ちようがないな……。何か恨まれるようなことでもしたのかね?」
「☆1憎しで信仰も生き方も捻じ曲げる『カーツ』のことなんてわかりはしませんよ」
「それもそうか。しかし、アストル君が名指しというのも妙だね」
そこが本当に不思議だ。面識もない、たかだか☆1の俺に一体なんの恨みがあるのか。
そもそも、王都に来るのだって今回が初めてだ。
「王会議も終わったことだし、いつまでも第二王子の手の内にいる必要もあるまい。早々にここを発つ準備をしなくてはの。アストルよ……それでよいか?」
レンジュウロウの確認に、俺は首を横に振って応える。
「……少しばかり、待ってほしい」
それを聞いたエインズがなんとも言えない顔をする。
「あの依頼か?」
「話を聞いた以上、放っておくことはできないだろう?」
「そうは言っても、自分の命がかかってんだぞ?」
「……また、危ないこと?」
ギクリとして振り返ると、湯気の立ち上るカップをトレーに載せたピンク色の髪の少女が立っていた。パーティメンバーの一人で、俺の恋人のユユだ。
「もう、そういうことは、ユユにも話して」
「アタシにも話してもらわないと。さっきから不安がだだ漏れてるわよ!」
その後ろから、クッキーが盛られたバスケットを持って、ユユの姉のミントが顔を出した。
以前、瀕死の状態のミントの魂を強引な手法で繋ぎ止めたために、彼女とは精神的な〝繋がり〟ができていて、互いの感情を少しばかり感じられる状態になっている。
「……わかった」
あまり巻き込みたくないという気持ちがあったのだが、知らずにいるのも不安にさせるかもしれない。そう考えた俺は、今日の出来事を交えて、二人にナーシェリア王女の件について話す。
どうせラクウェイン侯爵とレンジュウロウには詳しく話すつもりだったのだ。二度手間にならなくて済んだ、くらいのつもりでいよう。
――ことのあらましはこうだ。
自らの置かれた息苦しい境遇に絶望した王女は、あろうことか『ダンジョンコア』が持つ〝願望成就〟の力を使って自分の心をダンジョンに変え、その中に閉じこもってしまった。
しかしそんな異常な状態に体が耐えられるはずもなく、深刻な魔力不足で命の危機に瀕している。
それをなんとか救おうと、王女の別人格が俺とエインズを訪ねてきて、直接〝ダンジョン攻略〟を依頼してきたのだ。
「……それで、王女様、助けに行くの?」
話を聞き終えたユユが、妙に真剣な眼差しで俺を見た。
「そうしないと、おそらく死ぬからな。知っていて何もしないわけにはいかない」
「ん。ユユも手伝う」
そう言って、俺の手を握るユユ。
「ん?」
「だから、ユユにも、〝繋がり〟作って、くれる?」
「んん!?」
ユユが発した突拍子もない言葉に、思わず声が出た。
確かに、〝繋がり〟によって俺と存在が同調しているミントなら、精神世界の迷宮へ連れて入れるかもしれないとは、頭の片隅では考えていた。実際そうするかは別として。
俺がナーシェリア王女の精神世界に突入し、そして、そこに在る俺そのものを侵入口として利用すれば、繋がりのあるミントを呼び寄せることは可能だろう。
同じ理屈で、繋がりを通じて『カーツ』の呪いを強引に破壊し、実在しない俺の姉としての偽の記憶を植え付けたフェリシアも、呼ぼうと思えば呼べるはずだ。
「これはこれは……繋がりを自ら繋いでくれとは、なかなかに熱烈な愛の告白だな。実にいじらしく、愛らしく、そして強い。マルティナを思い出すよ」
からかうように笑うラクウェイン侯爵に、エインズが突っ込みを入れる。
「死んだみたいに言うんじゃねぇよ。お袋なら今頃は北方山脈でワイバーン狩りの真っ最中だろ」
どこの家庭も、母というのは常軌を逸した強さを持っているらしい。
「ユユも、アストルと一緒にいる。お姉ちゃんばかり、ずるい」
珍しい言葉が出た。〝ずるい〟って言葉を使うのは、ミントの専売特許のようなものなのに。
もしかするとユユは、普段の何気ない振る舞いの中で疎外感を覚えていたのかもしれない。
「む。ユユったら! アタシに対抗するつもりね」
面白がって煽るんじゃない、ミント。
「ユユがいいなら。あとで部屋においで。ちゃんと安全な繋がりを二人で考えよう」
「ん。わかった」
納得してくれたようで、ユユは少し和らいだ顔で俺の肩に頭を預ける。
「と、いうことで侯爵様、ナーシェリア王女の治療に入りますので、段取りをしてくれませんか」
「私が巻き込んだようなものだしな、安全確保と一緒にやってみよう。……それで、勝算は?」
ラクウェイン侯爵が試すような視線を俺に向ける。
「相手がダンジョンである以上、なんとも言えません。が、これで四人パーティです。まずは入ってみてから考えますよ」
「それが王命であった故に」
近衛騎士団長は小さく〝ふむ〟と漏らして部下に詰問する。
「では、デフィム。それと侯爵閣下に斬りかかるのと、どう関係があるのだ? ☆1憎しであればその☆1を斬ればよかったであろう?」
なかなかとんでもない話だが、貴族でもある王国騎士の感覚からすればこうなるのであろう。
当の☆1ではなく高位貴族に斬りかかるなんて意味がわからないし、筋が通らない。
その筋を歪めてでも通してしまうのが『カーツ』なんて連中なわけだが。
「侯爵が逆賊だからです。☆1と内通し、王家を貶め……いずれ反乱を起こすつもりなのです! きっとそのために昨日……そうだ……あの☆1に姫様を襲わせたに違いない! なんてことを! 王家を貶める目的で☆1に姫様を抱かせたのか!? この人でなしめ!」
徐々にヒートアップしたあげく、ひどい誤解を吹聴しはじめる近衛騎士。おそらく彼は、王女に淡い恋心でも抱いていたのだろう……
なるほど、そこを『カーツ』につけ込まれたか。
「王女殿下は侯爵閣下の診察を経て、ただ今快方に向かっていると報告があったが?」
「バカな! 騙されているんだ!」
「デフィム・マーキンヤー。問答はそこまでだ」
エインズが静かに、だが強く告げた。
埒が明かないと考えたのだろう。
「お前にはいくつかの嫌疑が掛けられており、明日の朝までにその沙汰が下されることになっている」
「……いやだ! 俺は、俺は忠実に職務を……騎士の務めを……」
「わかっている。デフィム・マーキンヤー。その忠義に疑いなしと近衛騎士団長様より伺っている」
柄にもなく優しい声を出すエインズに、思わず噴き出しそうになる。
とはいえ、市井の冒険者として脅しすかしの手練を鍛えられているエインズにとって、こういった状況の貴族を手玉に取るのはお手の物だろう。
「いくつか確認するべきことがある。まずは上着を脱いでくれ」
衣擦れの音に続いて、エインズの小さな呟き声。
「……あった」
「これは……『カーツの蛇』か!? デフィム! お前、一体いつから!?」
激昂したような近衛騎士団長の声が聞こえる。
どうやら近衛騎士にとって『カーツ』は、あまり仲良くしたい相手ではないらしい。
「……? 俺に『カーツの蛇』? まさか……まさか……まさか……! 違う、違う! 俺は俺は俺は俺は──……」
近衛騎士は徐々に語調を強く、速めていく。
発覚と同時に自決させる命令でも仕込まれているのかもしれない。
俺は隠れていた扉の裏から飛び出して、思わず叫ぶ。
「エインズ! あれで抑えろ!」
このまま自決でもされたら、寝覚めが悪いことこの上ない。
俺に気を取られた近衛騎士の口と鼻を覆うように、エインズは取り出した手拭いを押し当てる。
あれには鎮静作用のある魔法薬がたっぷりと染み込ませてある。
元は俺が緊張をほぐすためにこっそり持ち込んだ準魔法道具だったのだが、先ほど魔法式を少しばかり弄くって強力に鎮静するように調整した。
近衛騎士の興奮した顔が徐々に緩み……やがて彼は目を閉じて膝をつく。
「……何をしたのですかな?」
「興奮していたので鼻と口を押さえて呼吸状態を低くしました。命に別状はありませんよ」
さすがに昏倒させるような魔法道具を使ったとは公言できないと判断したらしいエインズが、それらしいことを言って誤魔化してくれた。
迂闊に説明するのも逆に危険だ……これで押し切ろう。
「エインズワース様、床でいいのでゆっくりと彼を横にしてください」
絨毯が敷かれた床に、近衛騎士をゆっくりと横たえるエインズ。それを横目に、モノジゴは現場に姿を見せた俺を、胡乱なものを見る目でねめつける。
☆1とわかれば、気を遣う必要などありはしない。
「貴様は☆1であったのだな……! 貴様がこの騒ぎの原因か?」
語調を強める近衛騎士団長に、俺は片膝をつき頭を垂れる。
平民が取れる最敬礼だ。
「……答えろ。事と次第によってはこの場でその首を捻じ切ってくれる」
殺気立つ近衛騎士団長の前に、ラクウェイン侯爵が体を滑り込ませる。
一切無駄のない動き……まるでエインズのカバーを受けたかと錯覚させるほど、見事な割り込みだ。
「それは困るな、モノジゴ卿。彼は王命で客人として私が招いているのだ。さらに王女殿下の治療には彼のユニークスキルが必要なのでな」
「……ナーシェリア王女殿下の?」
退かぬ様子のラクウェイン侯爵に気圧されたのか、近衛騎士団長は姿勢を正す。
「うむ。彼は☆1でありながらも西の国で『塔の主』――賢人としての認可を受けた医療のエキスパートだ。昨日、王女殿下の命を救ったのは他ならぬ彼で、あと一歩遅ければ王女殿下は身罷っていた。……そのため、少し強引に通ってしまったことが、今回の誤解の原因だろう」
結果オーライではあったが、あの時点では単に押し入ったと言っても間違いなさそうなものだが。
こういう嘘をしれっと挟むあたり、ラクウェイン侯爵も貴族なのだと実感する。
「で、賢人殿。彼の治療は可能か?」
侯爵の問いに、俺は頭を下げたまま小さく〝可能かと〟と答えた。
◆
近衛騎士――デフィム・マーキンヤーの処置は極めてスムーズに完了した。
『カーツの蛇』をつけられてからそう時間が経っていなかった上、魔法式自体もフェリシアのものより粗雑で軽く、一度解析し終えている俺にとってはごく簡単に引き剥がすことができたのだ。
「……完了です。これなら記憶に関しても、それほどの欠落はないと思います」
横で厳しい疑惑の目を俺に向ける近衛騎士団長に頷いてみせる。
正しい貴族教育を受けてきた者にとっては、俺のような☆1が治療行為を行なっているということ自体が犯罪という認識なのだろうが……少しくらい信じてくれてもいいのではないだろうか。
「フン……大した手並みだな? お前自身が『カーツ』の手先なのではないか?」
まったく、大した手の平返しだと感心すらしてしまう。やり方だけ教えてラクウェイン侯爵にやってもらえばよかったかもしれない。
ああ、そうなると今度は〝禁呪を流布した〟として罰せられるか。
これは八方塞がりだ。
「それは聞き捨てなりませんな? モノジゴ・ネル・レーベンツ近衛騎士団長」
圧を伴って苦言を呈する侯爵に、近衛騎士団長はなおも堂々と反論する。
「しかし、侯爵閣下……胡乱な☆1が、こうも禁呪を乱用している姿を見れば、疑いを持つのが普通でしょう?」
その物言いに、ラクウェイン侯爵がピクリと眉を吊り上げた。
「ほう……なるほど。では、レーベンツ家としては彼の存在を容認できないというわけですかな? 部下の不始末は彼の仕業だと……そうおっしゃられると」
「そうは言いませぬ。ただ、疑わしいと言っておるのです」
俺が『カーツ』の人間だと? 性質の悪い冗談はほどほどにしてほしい。
込み上げるため息が外に漏れないように、肺に留め置く。
「父上。賢人殿は魔力を使いすぎております」
明らかに芝居がかったエインズの言葉に、侯爵が頷く。
「うむ、そうであろうな……。まったく、恥知らずに恩知らずの相手をしているのでは、心労も溜まっているであろう。早々に屋敷に引き揚げるとしよう」
「な……」
珍しく攻撃的なラクウェイン侯爵の言葉に近衛騎士団長が息を呑む。
俺自身、こんな侯爵を見るのは初めてだ。
「卿。私はな……恩義にケチをつけるヤツに敬意を払いはしないぞ?」
「一般論の話をしておるのです! こやつは☆1ですぞ? まともに魔法を扱えるのかすら疑わしい者が、軽々しく禁呪を使うなど……」
遺憾だが、彼の言いたいことはわかる。
市井に見られる☆1のほとんどは、スキルの問題から上手く魔法が使えない。
その感覚で言えば、俺みたいな者が禁呪を含むいくつもの魔法を同時に使用する様は、イカサマをしているようにしか見えないだろう。
「彼をなんだと思ってるんだ? 耳の五芒星が見えないのか? 大陸が誇る知の都、ウェルスの『塔の主』なのだぞ? ……まったく、そんな狭量な考えだから、彼のような優秀な人材を西の国に流出させることになるのだ」
剣呑な口調で近衛騎士団長にまくしたてるラクウェイン侯爵。
「……ああ、それと」
彼は人差し指を立てて、ニコリと悪い笑顔を見せる。
悪だくみをしている時のエインズにそっくりだ。
「賢人殿を疑うのであれば、此度の件の弁護はしない。正気に戻るであろう彼には申し訳ないが、正気のまま裁きを受けてもらう。無論、君も責任を取ることになるだろう。私の高貴なる血は安くないぞ、卿」
近衛騎士団長の顔がさっと青ざめる。
そう、このままであれば〝侯爵を斬った〟という事実だけが残ることになる。しかも、その動機となる言い争いを、離宮のマーレン婦長が目撃しているのだ。動機と犯行事実が揃った今、侯爵の口添えがなければ、どう申し開きをしようとデフィム・マーキンヤーの極刑は免れまい。
さらに間の悪いことに、『カーツの蛇』は今しがた俺が剥がして消してしまった。
これでは〝カーツの呪いで心神喪失状態だった〟という話にもできない。
そうなると、明朝……彼は極めて正気のまま、首を落とされる。
――ダメだ。これは俺の望むところではない。この騎士連中はいけ好かないとは思うが、助けるためにやったことが裏目に出てしまっている。
「ラクウェイン侯爵閣下……! 私を脅す気ですか!?」
「何を言う、卿の部下に斬られたのは私だぞ?」
「それをそこの☆1がやらせたとは考えないのですか?」
「全く考えられないな。この賢人殿は、甘い。☆1だとなじられようが、貶められようが、乞われればお構いなしに目の前の者を救おうとする。彼が首謀者だとして、暗殺に失敗したデフィム・マーキンヤーを救うことに、一体なんの益があるというのだね?」
侯爵に問われ、近衛騎士団長が唸る。
「彼の村は『カーツ』の手によって支配され、彼の姉御は『カーツ』によって辱められたという。彼自身、『カーツ』に命を狙われている。……これ以上『カーツ』の犠牲者を増やすまいと、義憤と慈愛によって、このいけ好かないデフィム・マーキンヤーの治療に当たってくれたのだぞ?」
侯爵は俺の意図を汲んでくれていたようだ。やや修飾華美な気もするが。
「それをまぁ、よく動く口と手の平で仇にしてくれたものだよ。今後、ラクウェイン家は近衛の恩知らずを忘れることはないだろう。これからは怪我と病気に気をつけたまえよ」
ラクウェイン侯爵家はエルメリア王国における魔法薬と医療の中心だ。今後、それらが手配されないとなれば、近衛騎士団は訓練すらままならないだろう。
「では、我々は帰る」
「ま、待ってくだされ……! この通り、頭を下げますので、何卒……」
「結構だ。これではまるで私が卿を脅迫したかのようではないか? なに、デフィム・マーキンヤーも騎士だ……やったことの責任は自分の首であがなうがいいだろう」
ラクウェイン侯爵は完全に頭にきているようだ。面目を潰されて気を悪くしたのかもしれない。
俺は見かねて、口を出す。
「侯爵閣下。私からもお願いいたします」
せっかく、『カーツ』の呪いを引き剥がしたのに、こんな小競り合いで救った命を撥ねられては、助けた甲斐がない。
「アストル君……いいのかね?」
「☆1であるのは事実ですし、納得いかないというレーベンツ様のお気持ちもわかります。ただ、私ごときのことでマーキンヤー様の命を無駄にするのは王国の損失です」
できるだけマイルドに、うわべを取り繕っておく。
『カーツ』の手に落ちたのは彼の落ち度だし、城内で錯乱して剣を振るったのも彼の責任だが、『カーツ』が原因で命を落とすことになるなんて、俺は許容できない。
この流れまで含めて、どこかの誰かが書いたシナリオである可能性がある以上、好きにやらせるわけにはいかないのだ。
「賢人殿……」
俺の言葉の釣り針がひっかけたのは、意外にもデフィム・マーキンヤー本人だった。
「目を覚ましたか、デフィム!」
「団長、申し訳ありません。……全て、俺の不徳と油断が招いたことです。首を刎ねられても仕方ありません」
体を起こしたデフィム・マーキンヤーが、顔を俺に向ける。
「賢人アストル殿……心からの感謝を。そして、謝罪を」
彼はそう言って、俺に対して片膝をつこうとする。
それは貴族階級である騎士が平民に向けるべき礼ではない。
俺は慌てて押しとどめる。近衛騎士にこんなことをされては、居心地が悪くて仕方ない。
「マーキンヤー様……そのまま、そのまま。まだ本調子ではありません。楽になさってくださいませ」
少しあって、落ち着いたデフィム・マーキンヤーはこう切り出した。
「首が繋がっているうちに、取り急ぎ賢人殿に伝えねばならないことがあります」
◆
ラクウェイン侯爵別邸に帰ってきた俺達は、近衛騎士デフィム・マーキンヤーからもたらされた情報を整理していた。
「第二王子様が、一体俺になんの用だっていうんだ……」
思わず愚痴をこぼす俺を、レンジュウロウが窘める。
「少し落ち着かんか、アストル。それを今、チヨが調べておる」
半森人のチヨは、東方の『忍者』の技を使う優秀な斥候である。彼女の手に掛かれば、より詳しい情報が得られるのは間違いない。
とはいえ、これで落ち着けというのは無理な話だ。
そもそも、デフィムの話が真実ならば、『カーツ』の中心部には王族――エルメリア王国の第二王子であるリカルド王子がいるということになる。
あの日……そう、王女の治療の件で俺とラクウェイン侯爵がデフィム・マーキンヤーをやり込めたあの日。近衛騎士団の詰所に戻った彼は、リカルド第二王子に呼び出され……そして気が付くとああなっていたらしい。
その時の記憶はぼんやりとしているものの、第二王子とその側近らしい者達が俺に対して敵意と悪意を持っていたことはハッキリ覚えているのだという。
「なんにせよ、相手は王族だ。問いただそうにも相手が悪すぎらぁ」
エインズがため息混じりに俺を見る。
「それよりも、マーキンヤー卿は大丈夫か? 近衛騎士団長の前でああも堂々と王族を名指しすれば、本当に首が飛ぶんじゃないか?」
もしかすると死ぬ気だったのかもしれない。彼には、いくつかの自決を促す精神誘導魔法が掛けられていた。もうなくした命だと考えての行動だとすれば、納得がいく。
「それに関しては、心配無用だよ、アストル君」
パイプをくゆらせながらラクウェイン侯爵が書類をめくる。
「近衛騎士団長はあれでバカではないからな。言い含めておいたし、口外しないように口止めもしておいた。口外したら今後一切の治療を受け持たないともな……。難病を治療中の娘がいる以上、迂闊な手は打たないだろう」
あっけらかんとひどいことを言うラクウェイン侯爵。
これじゃあ、本当の脅しだ。
「おっと、納得できない顔だな? そういう感性は大切にしたまえよ、アストル君。だが、綺麗事で物事が進まない時は、汚れる覚悟を持つことも忘れるな」
──今回は私が汚れてやる。そういう風に聞こえた。
どうも、俺はこの人に頭が上がらなくなるような気がする。
少しばかり申し訳ない気持ちと、感謝と、妙な恥ずかしさが心をくすぐった。
なんとも言えない不思議な感覚だ。
「なんにせよ、相手が王子なら手の打ちようがないな……。何か恨まれるようなことでもしたのかね?」
「☆1憎しで信仰も生き方も捻じ曲げる『カーツ』のことなんてわかりはしませんよ」
「それもそうか。しかし、アストル君が名指しというのも妙だね」
そこが本当に不思議だ。面識もない、たかだか☆1の俺に一体なんの恨みがあるのか。
そもそも、王都に来るのだって今回が初めてだ。
「王会議も終わったことだし、いつまでも第二王子の手の内にいる必要もあるまい。早々にここを発つ準備をしなくてはの。アストルよ……それでよいか?」
レンジュウロウの確認に、俺は首を横に振って応える。
「……少しばかり、待ってほしい」
それを聞いたエインズがなんとも言えない顔をする。
「あの依頼か?」
「話を聞いた以上、放っておくことはできないだろう?」
「そうは言っても、自分の命がかかってんだぞ?」
「……また、危ないこと?」
ギクリとして振り返ると、湯気の立ち上るカップをトレーに載せたピンク色の髪の少女が立っていた。パーティメンバーの一人で、俺の恋人のユユだ。
「もう、そういうことは、ユユにも話して」
「アタシにも話してもらわないと。さっきから不安がだだ漏れてるわよ!」
その後ろから、クッキーが盛られたバスケットを持って、ユユの姉のミントが顔を出した。
以前、瀕死の状態のミントの魂を強引な手法で繋ぎ止めたために、彼女とは精神的な〝繋がり〟ができていて、互いの感情を少しばかり感じられる状態になっている。
「……わかった」
あまり巻き込みたくないという気持ちがあったのだが、知らずにいるのも不安にさせるかもしれない。そう考えた俺は、今日の出来事を交えて、二人にナーシェリア王女の件について話す。
どうせラクウェイン侯爵とレンジュウロウには詳しく話すつもりだったのだ。二度手間にならなくて済んだ、くらいのつもりでいよう。
――ことのあらましはこうだ。
自らの置かれた息苦しい境遇に絶望した王女は、あろうことか『ダンジョンコア』が持つ〝願望成就〟の力を使って自分の心をダンジョンに変え、その中に閉じこもってしまった。
しかしそんな異常な状態に体が耐えられるはずもなく、深刻な魔力不足で命の危機に瀕している。
それをなんとか救おうと、王女の別人格が俺とエインズを訪ねてきて、直接〝ダンジョン攻略〟を依頼してきたのだ。
「……それで、王女様、助けに行くの?」
話を聞き終えたユユが、妙に真剣な眼差しで俺を見た。
「そうしないと、おそらく死ぬからな。知っていて何もしないわけにはいかない」
「ん。ユユも手伝う」
そう言って、俺の手を握るユユ。
「ん?」
「だから、ユユにも、〝繋がり〟作って、くれる?」
「んん!?」
ユユが発した突拍子もない言葉に、思わず声が出た。
確かに、〝繋がり〟によって俺と存在が同調しているミントなら、精神世界の迷宮へ連れて入れるかもしれないとは、頭の片隅では考えていた。実際そうするかは別として。
俺がナーシェリア王女の精神世界に突入し、そして、そこに在る俺そのものを侵入口として利用すれば、繋がりのあるミントを呼び寄せることは可能だろう。
同じ理屈で、繋がりを通じて『カーツ』の呪いを強引に破壊し、実在しない俺の姉としての偽の記憶を植え付けたフェリシアも、呼ぼうと思えば呼べるはずだ。
「これはこれは……繋がりを自ら繋いでくれとは、なかなかに熱烈な愛の告白だな。実にいじらしく、愛らしく、そして強い。マルティナを思い出すよ」
からかうように笑うラクウェイン侯爵に、エインズが突っ込みを入れる。
「死んだみたいに言うんじゃねぇよ。お袋なら今頃は北方山脈でワイバーン狩りの真っ最中だろ」
どこの家庭も、母というのは常軌を逸した強さを持っているらしい。
「ユユも、アストルと一緒にいる。お姉ちゃんばかり、ずるい」
珍しい言葉が出た。〝ずるい〟って言葉を使うのは、ミントの専売特許のようなものなのに。
もしかするとユユは、普段の何気ない振る舞いの中で疎外感を覚えていたのかもしれない。
「む。ユユったら! アタシに対抗するつもりね」
面白がって煽るんじゃない、ミント。
「ユユがいいなら。あとで部屋においで。ちゃんと安全な繋がりを二人で考えよう」
「ん。わかった」
納得してくれたようで、ユユは少し和らいだ顔で俺の肩に頭を預ける。
「と、いうことで侯爵様、ナーシェリア王女の治療に入りますので、段取りをしてくれませんか」
「私が巻き込んだようなものだしな、安全確保と一緒にやってみよう。……それで、勝算は?」
ラクウェイン侯爵が試すような視線を俺に向ける。
「相手がダンジョンである以上、なんとも言えません。が、これで四人パーティです。まずは入ってみてから考えますよ」
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