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12.五角関係解消
しおりを挟む馬車に揺られ、眠気に襲われながら、ようやく夜会の会場が見えて来ると、意外にも静かでティムは驚いた。
大勢の人が集まっているはずなのに変だな? と思いながら会場の門前を見つめていると馬車が止まった。
ジェイクのエスコートで馬車を降りるが、夜会なのに会場の入り口には人の出入りがなく、あまりにも静かな様子にティムは「ここで間違いないのですか?」と聞いて見た。
「ええ、間違いありませんよ。私達が最後の来客です」
「え……、最後?」
「皆がお待ちかねです。行きましょう」
王都で開かれる夜会に詳しいわけでは無いけど、母に教えて貰った夜会情報の中に、最後に登場する人物が、主役だと言っていた気がして、タラリと汗が額から流れそうになる。
横にいるジェイクが腕に隙間を作り、こちらに笑顔を向けてくると、「さあ、どうぞ」と言い、腕を差し出してくる。その動作にティムは条件反射で自分の手を絡ませた。
まるでオーダーメイドしたかのように、しっくりくる腕に寄り添い、一歩、一歩、階段を上がる。
自分達が会場の入り口へ到達すると、ガヤガヤと聞えていた人々の声がピタリと止み、カツン、カツンと自分達の靴の音だけが鳴り響く。
皆の視線がこちらへと注がれるのを見て、正直なことを言えば回れ右で馬車へと飛び込みたい気分だったが「ティナ、緊張しなくても大丈夫ですよ」とジェイクに声をかけられ、その声を聞くと不思議と落ち着いた。
けれど、それも一瞬のことで、会場内に知った顔が飛び込んで来て頭が真っ白になる。
――お、思い出した!
昨日、アッシュが言っていたことを、今になって思い出し、顔面から血の気が引いて行く、同郷のリントネン伯爵家のルドルフの姿が見え、サッとその方向から顔を背けた。
「ティナ、どうしました?」
「え? あ、えっと、人が多くて恥ずかしいです」
「大丈夫です。貴女は誰よりも可憐で可愛らしい、本当なら誰にも見せたくないのですが、それでは意味がありませんので」
歯の浮くような科白を言われて、耳が熱くて痒くなって来る。辺りをザーっと見回したジェイクが、「分かってましたが、ティナは私のことを好ましく思ってないのですね」と急におかしなことを言う。
「え、どうしてですか?」
「見て下さい、令嬢は皆パートナーと一緒で嬉しそうに微笑んでいます」
ほら、とジェイクにパートナーと一緒にいる令嬢達の方を見るように視線を誘導されて、ティムも見てみるが、パートナーよりもジェイクに興味がありそうなのですが? と令嬢のうっとりした表情を見て、ティムは小首を傾げた。
ジェイクは小さな溜息を吐くと「けれどティナは――」とこちらへ向き直り、少し困ったような顔を見せると。
「あまり笑顔を見せてくれませんよね……、なので、私は仕方なく貴女のお母様の笑顔を見て、きっとティナもあのように微笑むのだろうと想像してました」
――そんな理由で母上を見つめてたのか、紛らわしい!
まだダンスも踊ってないのに、ティムは疲れがどっと溢れてくる。
けれど、ジェイクが母を見つめていた理由が分かり、謎の五角関係は解消された気がして、何だかほっとした。
自分の笑顔が見たかったのか……、と思うと、ほわんと胸の奥が熱を持ち始める。いつも男だとバレないように気を張っているせいで、顔を崩して笑うようなことは無かったが、そんなに見たかったのなら、ちょっとくらい笑ってあげようか? とティムはジェイクへ顔を向け、ニィーと笑顔を披露した。
「くっ……、あ、ティナ、宰相の所へ挨拶に参りましょう」
「……」
何故か笑われ、自分としては凄く無駄な気を遣った気がして否めないのですが? と思うと同時に、ジェイクの言葉にヒヤっとする。
「ジェ、ジェイク様、宰相とは……、あちらにいらっしゃる方でしょうか?」
「ええ、よく分かりましたね、流石、私の婚約者ですね」
「ふふふ……、ただの勘です」
やはり、ルドルフの横にいる年配の男性が宰相のようだった。
――どうしよう。
ティムは思い切って、自分から先にルドルフに話しかけようか? と考え、ジェイクの腕から手を離そうとしたが、ガっと抑え込まれた。
「え、……あの?」
「ティナ、今更逃げ出せませんよ?」
「いえ、そんなつもりでは無いのですが……」
ジェイクの力強い導きにより、そのまま宰相とルドルフの元へ辿り着けば、姿勢を正したジェイクは軽やかに口を開いた。
「宰相、今、よろしいでしょうか?」
「もちろんだよ。それで、そちらの美しい令嬢が婚約者のティナ嬢かな?」
「はい」
ルドルフがじっとこちらを見ている。まさに凝視と言っていいほどの熱い視線を受け、慌てて俯いた。
挨拶程度しかしたことはないが、見たことがある奴だな、くらいには思われていそうで、キーンと腹に痛みが走る。どのみち伯爵名を名乗れば、疑う余地なしだ。
当然、宰相を前に名乗らないわけにもいかず、ティムは訓練の賜物である令嬢の挨拶を披露した。
「はじめまして、ラディーチェ伯爵家より参りました。ティナ・グラエイドです」
「私はこの国の宰相を務めておりますフェサル・マライネンと申します。この隣にいるのが……、従兄の令息、ルドルフ・スタレッダです」
物言いたげに、ずっとティムを見ているルドルフへ顔を向け、「はじめまして」と挨拶をした。
彼はハッと我に返り、顔を強張らせながら同じように、はじめましての言葉を吐くと「失礼します」と言い、何処かへ行ってしまった。
取りあえずは、良かったのか? とほっとしたが、安心は出来ない。何故なら、宰相が「ラディーチェ伯爵家……?」と眉を歪ませている。けれど、ジェイクがその思考を遮るように、「年内には挙式をあげようかと思っておりまして」と、暴走し始めた。
「おお、それはいい、それで挙式は何処でするのかな?」
「城内のメサイア神殿を使用出来ればと思っております」
勝手に盛り上がって行く二人の言葉にギョっとした。
――いや、俺、仮初の婚約者ですけど⁉
一体、ジェイクはどういうつもりなのだろう。
二人の会話に入ることも出来ず、仕方なく隣でじっと談話が終わるのを待った。聞けば聞くほど心臓に悪い会話に、本当に婚約解消出来るのだろうかと不安で一杯になる。
話が終わり、ティムは慌てて会場の端へとジェイクを誘導し、キッと目を吊り上げ「ジェイク様! どういうつもりですか?」と問いかけた。
「どう、とは?」
「だって、私は仮の婚約者ですよね?」
こそこそとジェイクに耳打ちで訴える。
「ああ、先程の話ですか、あれは宰相の気をこちらに惹くために仕方なく……、ティナを困らせるつもりはないですよ」
ジェイクは涼しい目でティムを見下ろしながら、「宰相に色々聞かれたら貴女も困るでしょう?」などと言う。
確かに、それはそうだと納得出来る。けれど、具体的に挙式の場所をつらつらと並べられ、宰相にも挙式には必ず出席すると言われてしまって、これで後日、実は婚約破棄しましたと報告するのは気まずくなるのでは? とジェイクの今後を心配した。
「婚約破棄したあとのことは気にしなくても大丈夫ですよ。私はティナとなら婚姻しても構わないのですが」
「そ、それは……」
「やっぱり嫌なのですね」
しゅんと落ち込むジェイクが可愛くて、不覚にもティムの胸がきゅんと鳴り、何度目か数えるのも面倒なくらいに、自分を見失いかけ、しっかりしろ! と心の中で叱咤する。
正直な所、そろそろ嘘も限界なのでは無いかと思った。
何も知らないジェイクを騙し続けている罪悪感もあるが、今後、ヴェルシュタム伯爵家に仕えるなら、ティムとティナが同一人物だと気が付くのも時間の問題だ。それにルドルフのことも気がかりだった。
「ジェイク様、私……」
意を決してジェイクに何もかも打ち明けてしまおうと思った時、イゼルの恐ろしい顔が浮かんだ。
そうなのだ。ティムが勝手に自分の身分を打ち明けたら、一生タダ働きが待っている。けれど、このままでは結婚を承諾してしまいそうな自分もいるのも確かで、いや、でも――、と悶々と考えていると、聴き慣れたメロディーが会場に流れ始めた。
「さあ、ティナ、踊りましょう」
「え、はい……」
取りあえず、夜会が終わるまでは、ジェイクの完璧な婚約者として仮初の姿を演じ切ることが最優先だ。今を乗り切ってから考えよう、とジェイクの手を取った。
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