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2巻

2-2

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「この白熱した戦いを制した勝者は、なんとなんとルーヘンだあぁぁぁ!」

 周りからは割れんばかりの拍手と声援が聞こえる。二人は倒れたままお互いの健闘けんとうたたえる。

「君、強すぎるよ。《身体強化フィジカルエンハンス》だけじゃなくて、他にも何か使っていたよね?」

 進行役にルーヘンと呼ばれた男がそうアレクに話しかける。

「それを言うならあなたこそ強すぎますよ。そちらも《身体強化フィジカルエンハンス》以外のスキルか魔法を使いましたよね? お互い様です。あぁ~疲れた」

 アレクは思わずその場で大の字になる。まだ王都見物を始めて数分で、アレクは疲れ果てるのであった。
 そのあと腕相撲大会はテーブルが壊れたためにお開きとなった。
 アレクはせっかくだからと、ルーヘンと呼ばれていた男と話すことにした。

「俺は王都第三騎士団の団長、ルーヘンだ。今は謹慎きんしん中なんだけどね。でね、君にはぜひ王国騎士団に入ってほしいんだよ。君は見たところ十歳ぐらいだと思うけど、十五歳になったら推薦すいせんしてあげるからおいでよ」
(騎士団長が謹慎中……? 何をやらかしたんだ? それに、いきなり騎士団に推薦とは……どういうことだろうか?)

 アレクはそう疑問を感じ、ルーヘンに対し自己紹介しつつ尋ねる。

「俺はアレクと言います。なぜ団長なのに謹慎中なんですか? それに、騎士団に推薦なんていきなりすぎますよ」
「訓練をサボって金儲けをしていたら、それが見つかって謹慎になったんだよ。推薦は君の力が異様だからさ。十五になった時には今以上に力を付けているだろうし、ぜひその力を国のために使ってほしいと思ってね」
(今も腕相撲で金儲けしているじゃないか……!)

 アレクは心の中でそう叫んだ。

「えっと……お言葉はありがたいのですが、自分にはやりたいことがあるので騎士団には入れません。ごめんなさい」

 アレクはノックス達と冒険がしたいとの思いから、推薦を断る。

「そっか……それなら仕方ないね。でも、気が変わったらいつでも訪ねてきてよ。推薦してあげるから」

 ルーヘンに諦める気がないことを察したアレクはため息をく。

「あの、俺は冒険者になりたいので、騎士団は諦めてくださいね。では母上を待たせているので失礼します」
「ちょ、ちょっと……」

 これ以上関わると面倒そうなので、カリーネとセバンのもとへ行くアレク。ルーヘンは止めようとしたが、アレクはそのまま去ったのだった。

「アレクちゃん、あの人と何を話していたの?」

 カリーネが気になったようで尋ねてくる。

「なんでも、王国の騎士団団長らしいんだけど、謹慎中なんだって。それと、十五歳になったら騎士団に入らないかって誘われたよ。まぁ、やりたいことがあるから断ったけどね」
「騎士団団長で謹慎……しかもその最中に腕相撲って、変わった人なのね。それよりも、騎士団に推薦って凄いじゃない! 流石、アレクちゃんだわ」

 騎士団団長のことよりも、自慢の息子が騎士団に推薦されたことを喜ぶカリーネ。

「喜ばしいことですね。アレク様がどんなことであれ認められるというのは」

 セバンも嬉しそうに話している。それからも二人はアレクの自慢話に花を咲かせた。
 その後、雑貨屋や市場や屋台を回ったのだがめぼしい物はなく、アレクはせっかくのお小遣いも全く使わないままだった。


「武器屋を一度見てみたいんだけど、いいところはないかな?」

 ある程度王都を見回ったアレクはカリーネとセバンにそう聞いてみる。
 アレクは一度も武器屋に行ったことがなく、王都なら凄い武器屋があるのではないかと思っていた。

「私も普段行かないから行ってみたいわ。でも、どこにあるかは分からないわね……」

 どうやらカリーネも興味があるようだ。するとセバンが提案をしてくる。

「数十年前に通っていたお店をご案内いたしましょうか? かなり腕のいい鍛冶かじ師がいますよ。もし潰れていなければ、ですが……」
「セバン、そこに案内してよ」

 アレクはセバンの手を握りながらキラキラした目で訴える。

「昔の話ですから、あまり期待しないでくださいね。大変興味があるのは分かりましたから、行きましょう」

 セバンに付いていくと、段々大通りから外れて、寂れた家が並ぶ裏路地のようなところに着いた。
 そして少し歩くとセバンが止まり「ここです」と一軒の店を指さした。
 そこの外観は綺麗とは言いがたく、看板すら出していない店だった。
 セバンはなんの躊躇ちゅうちょもなくお店に入り、声をかける。

「おやっさん、いますか? お久しぶりです」

 セバンが呼ぶも返事はなく、店員は姿すら現さない。

「おやっさん、いるのは分かっている! さっさと出てこい!」

 セバンはアレク達の前では普段言わないような粗暴そぼうな言い方をする。
 それに呼応して奥から返事が聞こえ、ひげもじゃの小さいお爺さんが姿を現す。

「なんじゃ? うっさいのぅ……って……セバンか? ちょっと待て! 確か六十歳くらいじゃろ? なぜ若返っとるんじゃ?」

 お爺さんをよく見たアレクは彼が前世の漫画やアニメで見たドワーフだと分かって、ファンタジーな展開に興奮する。

「ある商人から若返りの薬を手に入れて若返ったんだ。おやっさんは相変わらずおやっさんだな」
「おいおい! なんちゅうとんでもないことになっとるんじゃ。ワシはドワーフじゃからそんな数十年じゃあ変わらんわい。んで、今日はなんの用じゃ?」

 アレクはセバンとドワーフのやり取りを見て、二人は仲がいいのだろうと思った。

「今お仕えしているヴェルトロ子爵家の奥様のカリーネ様と、ご子息のアレク様が武器屋に行きたいと言ったから連れてきたんだ。アレク様に合う短剣があれば見せてくれないか?」

 そうセバンが伝えると、おやっさんはアレクを品定めするように見る。

「この坊主の短剣か……普通の短剣じゃだめじゃな。ちょっと待っとれ」

 そう言うと店の奥に行き、店頭に並ぶ短剣とは明らかに違う、光沢感のある刃が特徴の短剣を持ってきた。

「坊主、ちょっと握って軽く振ってみるんじゃ」

 アレクは言われた通りに振る。思ったより軽く、凄くしっくりくる短剣に驚く。

「どうじゃ?」
「凄いです。軽くて使いやすそうなのもありますが、まるで昔から使っているような感覚で凄く手に馴染なじみます」

 おやっさんはうむうむと満足そうに頷いたあと、口を開く。

「そいつはミスリルとオリハルコンという希少な鉱石を混ぜた短剣じゃ。まだ何も付与されていないが、例えば簡単には折れんように魔法を付与したら、より面白い武器になるぞい。見た感じ魔法が得意そうじゃから、付与を覚えてみるのも一興じゃろう」

 アレクは異世界モノあるあるのミスリルとオリハルコンという言葉に興奮する。
 そして同時に、おやっさんがアレクは魔法が得意だと見抜いたことに困惑した。

「えっ? なぜ俺が魔法が得意だと知っているのですか?」
「長年鍛冶をやっとると、武器を買いに来た奴の顔を見れば、そいつが武器を大切にするかしないか、どんな戦い方をするのか――近接戦闘と遠距離戦闘どちらが得意なのかなど、大体分かってくるんじゃよ。まあ、そいつはある程度無茶な使い方をしても問題はないぞい。その代わり、刃こぼれしたり切れ味が悪くなったりしたら、絶対ワシに見せるんじゃ。分かったのぅ?」
「アレクちゃん、買っちゃいなさい。それでおいくらかしら?」
「そうじゃな。本来は金貨四十枚じゃが金貨三十枚でええわい。セバンには昔世話になったからのぅ」
(なんだか、もう買う感じの流れになっているな……)

 アレクが困惑するうちに、カリーネが金貨三十枚をすぐに出して渡す。
 日本円にして三十万円の価値があるそれを躊躇ためらいなく出す彼女に、アレクは驚いてしまう。

「確かに、金貨三十枚じゃな。うむ。坊主、ここをつ日にもう一回寄ってくれんか? いったん短剣を預からせてもらえるなら、短剣の微調整と、収納するベルトの調整をしといてやるわい」

 ドワーフのおやっさんはアレクを見て、まだ調整が必要だと思ったのか、その職人気質から調整を申し出る。
 アレクは素直に従う。

「はい! 分かりました。何から何までありがとうございます」
「おやっさん、ありがとう。また後日寄らせてもらうぞ」
「おうよ! 久々にセバンの顔が見られてよかったわい」

 そう言って、三人は店をあとにする。カリーネがアレクに「よかったわね」と言い、アレクは「買ってくれてありがとう」と言うのであった。


 ◆ ◇ ◆


 次の日、アレク達は馬車に乗って晩餐会が開かれる王城へと向かっていた。
 王城へ近付くにつれて、凄い数の馬車が集まっているのが見えてきた。

「父上、とうとうこの日がきましたね。やっと、今日で因縁いんねんを断ち切ることができます」

 緊張した面持ちでアレクが言う。過度の緊張からか、敬語を使ってしまう。
 というのもアレクはこの晩餐会でバーナード伯爵家に復讐を果たそうと考えているのだ。

「深呼吸しなさい。そんな張り詰めておると、うまくいくものもうまくいかなくなるぞい」

 ヨゼフにそう言われ、そんな張り詰めた顔をしていたかと思ったアレクは「す~は~す~は~」と深呼吸をする。
 ヨゼフとカリーネとセバンは普段と変わらない様子で、アレクは自分はまだまだ駄目だめだなと痛感してしまう。
 カリーネとセバンは、アレクの緊張をほぐそうとはげましの言葉をかける。

「大丈夫よ。悪は最終的に正義に負ける運命なの。だから、アレクちゃんはドンと構えてなさい」
「アレク様、私が付いております。どんな無礼者も即座に排除いたしますので、気を楽にしていてください」
「ありがとうございます。大分落ち着きました。どんなことがあっても、家族やセバンがいてくれると思って晩餐会にいどみます」

 それを聞いた三人は笑顔でアレクを見る。真横にいたカリーネがアレクをギュッと抱きしめた。抱きしめられたアレクは恥ずかしさからほほめる。
 そうこうしていると馬車が止まった。外を見ると、兵士らしき人達が前の馬車の確認をしている。
 しばらくして、アレク達の番になった。

「失礼いたします。入城にあたり貴族証の確認をしております。申し訳ございませんがご提示をお願いいたします」

 兵士によると、犯罪者がまぎれている可能性があるため、このような検問をしているとのことだった。
 ヨゼフは何も迷うことなく貴族証――国王から発行される貴族の身分を証明するあかし――を兵士に渡す。兵士は紙の束をめくり貴族証と照らし合わせる。
 そうして目的のページを見つけた兵士は目を丸くして、紙の束とヨゼフの顔を何度も交互に見た。

「えっ!? あ、あの、つかぬことをお聞きいたしますが、ご子息様ではなく、ご本人様でしょうか? ここに記載きさいされている情報とヴェルトロ子爵様のご年齢が合わず……」

 やはり止められたかと思う一同であったが、ヨゼフはふところから一枚の封書を取り出して兵士に渡す。

「すまぬがこれを読んでくれんかのう?」

 封書を渡された兵士はすぐにそれを開き、中身を見て青ざめていく。

「た、大変失礼いたしました。お通りいただいて結構でございます」

 青ざめるほどの内容が書かれていたのかと、気になったアレクはヨゼフに尋ねる。

「父上、何をお渡しになられたのですか?」
「若返ったむねを陛下に伝えたら書状が届いてのぅ。もし、検問などで止められるようなら封書の中身を見せろと書いてあったのじゃよ。王印がされておる文章に焦ったのじゃろうな」

 アレクは王様は仕事が早い人だなと感心する。

「あの兵士の方には少し悪いことをしてしまいましたね。顔が青ざめていましたよ」
「確かにのぅ、アレク。じゃがそれも王城に勤める兵士の仕事のうちじゃわい」

 そのあとすぐに馬車は止まり、御者の人が馬車の扉を開けてくれる。
 ヴェルトロ一家とセバンは馬車から降りて城の中に入っていく。そうすると、使用人が数名いて、「こちらです」と案内をしてくれる。


 会場に着くとすでに大勢の貴族やご子息やご令嬢れいじょうがいて、派閥はばつに分かれて話していた。
 ヴェルトロ一家とセバンが会場に入ると、ヨゼフとセバンの容姿の良さとカリーネの可愛らしさが一際目立ち、会場にいたほとんどの貴族が一行に注目をする。

「父上と母上とセバンが大注目を浴びていますね。これで、若返りの真実を知られたら、さらに大変なことになりそうですよ」

 アレクは気付いていなかった。彼自身も、容姿がよく同年代くらいの令嬢から熱い視線を送られていることに。

「ワシはこういうことに慣れんから鬱陶うっとうしいのぅ。家族だけでいるのが一番じゃ。アレクは友達が欲しければ話に行ってもよいぞ」
「私はあなたの側にいますね。あのような目で見られるのは昔から嫌いなのよ」
「俺もここにいますよ。友達は今のところ必要ありませんから」

 ヴェルトロ一家は、貴族同士の交友に一切の興味がないのだ。
 晩餐会は貴族にとっては他の貴族とのつながりを作る場であり、ヴェルトロ家のような振る舞いは周りからすると異質だが、彼らは一切気にしていない。
 しかし、好むと好まざるとにかかわらず、話しかけてくる人がいるのが晩餐会という場である。
 ヨゼフを見て近付いてきた男が、アレク達の前で止まり口を開いた。

「急に声をかけて申し訳ない。私はジャック・フォン・マルティルと申す。貴殿の名前をうかがってもよろしいかな?」
「マルティル、久しぶりじゃな。ワシはヨゼフじゃよ。この顔じゃ分からんでも仕方ないのぅ」

 それを聞いたマルティルは驚きの表情を浮かべる。

「なんだって!? ……実は見たこともない貴族だったから誰かと思って〈鑑定〉したら、ヨゼフの名前が出てきて、声をかけたんだ。……まさか本当にお前だったとは……どうして若返っているんだ?」
「うちの領に行商人が来て、妻の病気を治す薬と若返りの薬があると言われたのじゃ。半信半疑はんしんはんぎじゃったがカリーネもワシも老い先短い身じゃったから、何も躊躇ちゅうちょもなく飲んだら、本当に効果があったのじゃよ。そうじゃ、アレク。ワシの友人じゃ。カリーネも挨拶しなさい」

 ヨゼフは事前に決めていた嘘のシナリオを話し、アレク達にそう促した。

「マルティル様、ご無沙汰ぶさたしております。カリーネです」
「はじめまして。私はアレク・フォン・ヴェルトロと申します」

 それぞれが挨拶をするとマルティルはまた驚く。

「若返ったことにも驚きだが、カリーネはすっかり元気になっているな。それに息子もできたのか?」
「養子じゃよ。ワシ達の大事な息子じゃ」
「なるほど、それは嬉しいニュースだな。おめでとう、ヨゼフ」

 そのようなやり取りをしていると、国王が会場の端にある螺旋らせん階段から下りてきた。

「おっ! 陛下が来たか。じゃあ、そろそろ私はあちらに行くとするよ。またあとで語ろうヨゼフ」

 国王が来たのでマルティルはそう言い残して去っていく。
 螺旋階段から、国王に続いて王妃と王子二人がゆっくり下りてくる。
 さらに、王子四人と王女四人が今度は螺旋階段ではなく、会場の端にある扉から姿を現した。
 王族達が席に座ると、国王だけが立ち上がり話し始める。
 貴族達は酒の入ったグラスを持ち国王を見る。

「皆の者、余の呼びかけにこうやって集まってくれたことを感謝する。余は長い挨拶は苦手である。これだけは伝えておこう。王国が繁栄したのはお前達のおかげだ。さぁ、今宵こよいは満足行くまで用意した食事を味わってくれ。乾杯!」

 会場にいる全員が一斉に「乾杯」と声を上げる。
 皆が騒ぎ始め賑やかなムードになっている中、セバンが小声でヨゼフ達に話しかける。

「このままの姿勢で聞いてください。バーナード伯爵家がこちらをにらみつけております。場所は王族と敵対する貴族の派閥が集まっているところです。とはいえ、あまりそちらを見ないようにお願いいたします。何か仕掛けてくる可能性がありますので、私から離れないでください」

 アレクがバーナード伯爵家の方にバレないようにちらりと視線をやると、彼らは憎しみのこもった凄い眼光で睨みつけていた。
 セバンからあまり見ないように言われているので、アレク達は気付いていない素振そぶりをする。

「アレク、セバンから離れんようにのぅ」

 小声でそう言うヨゼフに対し、アレクもまた小声で返事をした。

「はい! 分かりました。離れません! ……早速だけどセバン、せっかくだし料理を食べよう?」
「かしこまりました、アレク様」

 そうしてアレクとセバンはテーブルに並んでいる料理を自分の皿に取り分けて、舌鼓したつづみを打つのだった。


「セバン、この肉、やわらかくておいしいよ。食べてみて」

 アレクはヨゼフやカリーネから離れたところにあるテーブルに並べられていた肉を一切れフォークに刺して、セバンにあ~んをして食べさせる。
 それを見ていた令嬢達が「キャ~」という声を上げる。イケメンと可愛い少年という構図に妄想もうそうをフル回転させているのだ。

「本当においしいですね。多分ですがミノタウロスのいい部分を使っていると思いますよ。昔食べたことがあります」

 実は粛清部隊のボスをしていた頃のセバンの趣味は美食であった。

「これがミノタウロスの味なんだね。二足歩行で筋肉質の牛だから、もっと固い肉だと思ってたよ」
「そんなことはありませんよ。上位種や個体自体が強い魔物のお肉は魔力がたくさん含まれていて、おいしく感じるんです。ドラゴンなどは意識を失うほどのおいしさです。いつか、アレク様がお強くなられたら、私に振る舞っていただけると嬉しいですね」

 それを聞いたアレクはより一層、冒険者をやりたいと思った。

「いつか狩ってきて、セバンのお腹がはち切れるくらい食べさせてあげるよ!」

 そんな風にセバンと料理や食材の話で盛り上がっていると、一人の令嬢が話しかけてきた。

「あなた、可愛い顔していますわね。私と付き合うことを許して差し上げますわ!」

 いきなり来たと思えば上から目線の物言いに、アレクもセバンもなんだこいつはと思う。
 見た目は金髪縦ロールで、アレクは前世で見たザ・異世界お嬢様だと感じる。金魚のふんのような取り巻きもしっかり付いている。

「あの~そういうのは間に合っていますので、お引き取りください。セバン、次はデザートを食べよう」

 アレクは面倒なことを起こしたくないため、丁重に頭を下げ、すぐに食事に戻る。
 まさかの返事に目が点になるお嬢様。
 その直後、相手にされていないことに気付き、歯ぎしりをして悔しがる。
 それを見ていた金魚の糞一号が、まくしたてるように話し出した。

「あなた、この方が誰だか分かって口をきいているのかしら? この方はキンベル侯爵こうしゃく家のキャロル・フォン・キンベル様よ」
(キャロットだかキャベツだか知らないけど正直鬱陶しいな……)

 そう思ったアレクは、あえてはっきりとあしらおうと口を開く。

「なにぶんこういう集まりは初めてなもので、お名前を存じ上げておりませんでした。それに、今はキャロル様よりも料理に集中したいと思っていまして……申し訳ございませんが、お引き取り願えませんでしょうか?」

 ありえないほどハッキリと言うアレクに、周りにいた令嬢も目が点になる。何人かの令嬢と子息は笑いをこらえるのに必死そうだ。

「ムキーッ! わたくしにこんな恥をかかせたこと、絶対に許しませんわ。お父様に言い付けてやります!」
「勝手にしてください。普通の方ならお話ししたいのですが、初対面の相手に高圧的に話すような方とは相容あいいれませんので」

 アレクはそう言うとセバンとともにヨゼフとカリーネがいる方に歩き出す。
 キャロルは地団駄じだんだを踏み悔しがっている。
 そんな彼女を尻目に、アレクは小声でセバンに話しかける。

「セバン、また父上に迷惑をかけてしまいそうだよ」
「フフッ、確かに上位貴族相手には悪手でしたが、私もあのような感じの方は嫌いなのでスカッとしましたよ。もしアレク様の身に何かあれば、私がしてきます」

 サラッと恐ろしいことを言うセバンに、アレクは本心から言っているのだろうなと思うのであった。


 一方その頃、バーナード伯爵家はというと……

「あいつが養子になったのはヴェルトロ子爵家ではないのか? あの若い貴族は誰なんだ?」

 当主のディラン伯爵はヨゼフ達が若返ったとは思わずパニックになっていた。
 そんなことはどうでもいいとばかりに、ディランの妻アミーヤとその息子ヨウスは二人で話している。

「ヨウス、そろそろ決闘けっとうを申し込みなさい。そして、ズタボロにして殺してやるのですわ」
「はい! 母上。必ずやあの忌々いまいましい奴を殺してやります」

 何かに取りかれたように、アレクを殺すことしか考えていない二人。目つきもおかしくなっている。
 アレクとセバンがヨゼフ達のもとに向かうのを見て、ヨウスとアミーヤが行く手をはばむ。
 そしてヨウスが口から泡を飛ばしながら叫んだ。

「薄汚い妾の子の分際で、よくもこの場に来られたな。俺がここで貴様の人生を終わらせてやる。さっさと俺と決闘をしろ!」

 まさか、本当に王の御前ごぜんでこんなことを口走るとは思ってもいなかったアレクは呆気あっけに取られる。
 それにヨウスは目が血走っており、正気とは思えない。
 声を荒らげて言うヨウスに会場の全員が注目している。それを分かっているアレクは悪いのはヨウスだと認識してもらうために、礼儀正しく返した。

「ヨウス様、私はヴェルトロ子爵家の子息になりました。もうバーナード伯爵家の妾の子ではありません。それに、王の御前で決闘などあってはならないことだと思うのですが……」
「うるさい! お前は俺と決闘をしてズタボロになればいいんだ!」

 周りが見えていないヨウスに何を言っても聞き入れてもらえないと思ったアレクは、ある人物に尋ねる。


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