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10話

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 次の日もトモはベッドの中にいなかった。その代わり、彼は枕元に椅子を置いてそこに座って寝ているリゼのことを眺めていたのだった。まるで最後の別れを惜しむような表情で。それを見て「ああ、もう終わりだな」と察した。トモはリゼに守らせてすらくれないのか。
「リゼくん、おはよう」
「おはようございます」
「決めたよ、今日召喚者に言って元の世界に帰らせてもらう」
「……何がだめでしたか?」
「きみだから」
「……嫌いに、なった?」
「違う」
 トモはそれだけはきっぱりと答えた。
「帰りたくないと思ったから、これ以上ここにはいられない。……きみの番になりたいと、少しでも思ってしまった」
「じゃあ……!」
 それなら何の問題もないじゃないか。
「でもそれはきみを幸せにはしない。召喚者も反対する」
「そんなの僕が」
 全部どうにか、その言葉はトモの次の言葉で否定された。
「パーティで男に会って発情したとき、分かっただろ。俺はαなのにきみの傍にい続けられた。あの男みたいに理性を捨てられるほど反応しないんだ。これからずっとだ。やっぱり、きみには家庭を持ってほしい」
 ——世の中には、どうにもできないこともある。
 例えば、バース性は変えることができない事。この呪いが残ったせいで、こちらがあちらの世界に行くことも出来ない事。彼のトラウマが事実として根を張っている事。彼の願いは、誰にも否定する権利が無い事。だって、これはリゼの幸せを考えてのことだ。誰にだって否定はできない。リゼにだって。
「……トモ様は向こうに戻ってどうするんですか」
「ひとりで生きるよ」
 そんなの、寂しすぎる。
「今日はあの男——ヨハンにアポを取ってある。俺も同行するから顔合わせに行こう」
「……発情やヒートがあります。何も対策しないで行くなんて」
「抑制剤を用意してある。それでも駄目そうなら俺が守るよ」
「……じゃあ、今守ってください。……行きたくないです」
 守ってほしい。この世界の理不尽から。運命なんて言う馬鹿げたものから。それは簡単だ。トモがリゼを選んでくれれば全部解決する。でも、それは絶対にない。トモは優しいから。自分の幸せより、リゼのことを考えているから。
「……行きたくないです……」
涙がボロボロこぼれる。
「トモ様以外の人をトモ様からあてがわれるなんて嫌です。心が、壊れてしまいそうなほど痛いです……。僕に選択肢を押し付けないでください。自分で決めろって言ったの、トモ様じゃないですか……!」
「……ごめん」
「好きにならなくていいです。好きでいることは許して……」
「ごめん」
 ——それってどっちの意味でのごめん?
 多分、どっちも。
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