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王家と伯爵家

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 父の口から出た言葉にマグノリアは溜息を漏らした。

「王命ですのね。では単なる立て直しではないと」

 国王が父に下す王命は一切表に出ることはない。秘かに誰にも不審を抱かれることなく遂行されるものだ。

「では、オルガサン侯爵家は取り潰しですの?」

「いや、アルコンはそうしたいようだが、立て直しも一応検討する」

 国王の名を呼び捨てにし、アマネセルは問いに答える。

 実はアマネセルは国王アルコンの従弟にあたる。アマネセルの母テンタシオンが先代国王コンタヒオの末の妹なのである。身分の低い側室から生まれた扱いに困る異母妹をコンタヒオはアマネセルの父フラカソに押し付けたのだ。尤もフラカソはテンタシオンに一目惚れしたらしく、夫婦仲は悪くなかった。

 傾国の美女とまで言われたテンタシオンにベタ惚れだったフラカソは妻に骨抜きにされ、フラカソの代のエスタファドル伯爵家は正しく機能していなかった。領地経営もおざなりで、贅沢三昧の元王女とそれを容認するフラカソによって伯爵家の財政はかなり困窮することになった。

 当時未成年で学院生だったアマネセルが適当な理由をつけて領地裁量権を奪ったうえで両親を風光明媚な僻地(幽閉地ともいう)に送ったことで、最悪の事態のかなり手前で伯爵家を立て直すことが出来た。

 それに一役買ったのが商才に長けるクラベルで、彼女は婚約者時代からエスタファドル伯爵家名義で次々と商売を立ち上げ、見事にそれを成功させた。そして三人の子が生まれたころにはエスタファドル伯爵家はかつての困窮がなかったかのように、王国でも一二を争う富豪となった。

 更にクラベルの凄いところはそれらの本店をエスタファドル伯爵領でも王都でもなく、王家直轄領に置いたことだ。

 オノール王国において、収める税が利益の二割と定められていた場合、各支店は所在地の領主に一割を、本店所在地の領主に一割を納めることとなっている。

 つまり、王家直轄領に本店をおいたセンテリュオ商会は、各支店の一割と本店の二割の税を王家に納めることになる。王都も特殊王家直轄領だが、その税収は王家と国家で折半することになるため、王都以外の王家直轄領に本店を置くほうが王家の収入になるのである。

 王家直轄領は王家の歴史的に重要な地点の他は、領地経営に失敗し没収された地が殆どであり、大した収入源を持たない。王家の私費(生活費及び遊興費)は直轄領からの税収から賄われるため、国庫は豊かでも王家は貧乏、なんてことは王国内では珍しくない。

 重要な国家行事や式典では国庫から品格保持費用として各種費用が出るため、晩餐会の食事は豪華であり、衣装や装飾品も王国の威儀を示すには十分だ。しかし、一歩生活空間の王宮に入れば、食事は平均的な王都民のものと変わらず衣服は歴代の国王一家のおさがりを大事に着ている、なんて時代も珍しくなかった。

 しかし、センテリュオ商会が王家直轄領に本店を置いたことによって、王家の税収は数倍に増えた。

 センテリュオ商会は部門ごとに様々な商会を持つ。衣料品関係だけでも貴族向けドレスメーカー、庶民向け量販店、化粧品、宝飾品、貴金属以外のアクセサリーなど多岐に亘るし、食品部門では穀物・野菜・食肉・海産物・酪農、医療品では病院経営から薬種問屋、治療機器開発販売と手がける。他にも騎士や兵士、冒険者には欠かせない武器や防具、移動手段としての騎馬なども扱うし、更にはメイドや料理人、従僕、執事、侍女といった貴族家使用人の人材派遣まで行うのだ。

 それだけの部門があり、それぞれに本店がある。それらの本店を全王家直轄領に分散配置することによって、王家直轄領の税収を操作して見せた。

 なお、総本山ともいうべきセンテリュオ商会は配下企業の運営統括とともに最初の事業のスイーツ店を経営している。これは多くの支店を王都各所と観光地となっている領地に出すことによって流行を作り出し、ご当地限定スイーツを作ることによって貴族や富裕層の観光客誘致に一役買ってる。

 更に、一番利益率の高い商会は王太子直轄領に本店を置き、ファッション関係は王妃直轄領に本店を置き流行の発信基地とすることで、確りと王妃と次期国王への恩を売っていた。

 このクラベルの商才によって、エスタファドル伯爵家は王家に対して恩を売り、王家との絆を深いものにしている。国王も王太子も王妃もエスタファドル家が望むのであればよほどのことではない限り笑顔で承認するのだ。

 ともかく、先代国王と先代伯爵の代は微妙になっていた王家との関係も今は良好だ。おかげで先代フラカソの頃には果たせなかったエスタファドル伯爵家本来の勤めも問題なく遂行できる信頼関係が戻った。尤も、先代国王コンタヒオはエスタファドル伯爵家を十分に使いこなせる器もなかったので、王命が下ることはなかったのだが。

「立て直し……出来ますかしら、オルガサン領」

 脳内データバンクを検索して出てきたオルガサン領の状況を思いながらマグノリアは父に尋ねる。

 オルガサン侯爵領は初めから崩壊してるといってもいい。初代のころから領地経営が出来ず、佞臣たちにいいようにされている。特産となるような産業はなく、百年前と変わらぬような器具を使っての農作業で生産高も低ければ、利益率も低い。当然税収も低い。

 税収を増やすために産業振興をするわけでもなく、ただ税率を上げたため、税率は法で許されるギリギリの高さだ。領民にとっては生きにくい土地だろう。

 ゆえにオルガサン領は国内で一番領民の流出率が高い。既に領地の三分の一は荒地となり果ててるという噂もあるほどだ。

 それだけに立て直しを命じられれば遣り甲斐のある一生ものの仕事にはなるだろう。

「立て直すかどうかは、侯爵家の出方次第だね。彼らが正しく貴族の責任を自覚するのであれば立て直してやらなくもない。それにあそこにはいくつか手付かずの鉱脈が眠ってる可能性が高いから、せめてその調査はしたいねえ」

 なんでもないことのように言う父に、マグノリアは呆れた視線を向ける。要は立て直すふりをして鉱山の調査をしろということか。益になる鉱山であれば立て直してマグノリアの子を後継者とすることで実質乗っ取る。益にならないのであれば放置して立て直しも諦める。一応、侯爵家が改心して貴族の責務を果たすならば立て直してもよいというところだろう。

「陛下……アルコン小父様はオルガサン領がどうであれ、オルガサン家・・・・・・を潰したいということですかしら?」

 薄々国王がかの侯爵家を嫌っていることは感じていた。身内だけの席でそんな愚痴が出たこともある。身の程知らずの傲慢一家だと。その血を受け継いでいないにも関わらず、初代侯爵の正室が王妹だったことから自分たちは王家に準ずるものだという態度をとるのが不快らしい。王家に準ずるなんていうくらいなら、貴族としての勤めを正しく果たせと零した国王の言葉には両親も兄も弟も、王妃も王子王女たちも、勿論マグノリアも頷いたものだ。

 だが国王の好悪で貴族家、しかも一応高位貴族を潰すことも出来ない。それをやるのは暗君で暴君だ。賢君たらんとしているアルコン陛下にそれは出来ないことだった。

 何しろアルコンの大叔母である王女の我儘による降嫁を叶えた曽祖父の愚行によって興った家がオルガサン侯爵家なのだ。王族の私情で興した家を国王の感情で潰すわけにはいかない。曽祖父の愚行のせいで王家の信用は著しく損なわれ、祖父と父は信用回復に在位期間の全てを費やしたといっても過言ではない。

 尤も、先王は微妙に失敗したため、アルコンは父親を早期に退位させたのだが。

 ともかく、アルコンとしては正当な理由を以てオルガサン侯爵家を廃したい。そのための策がマグノリアのこの結婚の王命なのだ。
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