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番外編①
【幻の花】2
しおりを挟むヴィンセントはこの村には何度か立ち寄った事があるらしく、ギルドでも酒場でもあちこちから声がかかった。
顔が広いんだなと言ったらもう何代か前に世話になった人の子孫なのだと教えてくれた。死に際に会いに行けなかったから、こうして子孫をたまに見守りにきてるんだと。
不老不死に近いヴィンセントが、年老いた仲間の死に際に会いに来ることは不可能だ。下手をすればアンデッドの疑いをかけられて警邏に突き出される。それでも恩義は忘れられず、こうして時間が経ってから足を向けるんだろう。
本当にヴィンセントは、やさしい。
「食い終わったか」
「……ああ」
「じゃ、宿戻るかー。宿屋のおかみさんが今日は湯を用意しといてくれるってよ。久々に風呂入れる」
「?……戦闘もないし、それほど汚れていないが……」
「いーのいーの。おかみさんの気遣いだからさー。風呂で思う存分イチャつこうな」
手を引かれ酒場を出るとすっかり日も暮れていて、通りは賑わいを見せていた。討伐帰りの冒険者達でギルドもごった返しているようだ。
そんな人混みの中を、ヴィンセントはすいすいと縫うように歩いていく。俺はその後ろをついて行くだけでよかった。一人で道端に放り出されていたら、俺はきっと一歩も進めないまま流されていただろう。そして行き着く先は迷子だ。ここが何処かも判らない村外れで立ち止まって、困っているしか出来なかったと思う。
ヴィンセントは俺のことを相棒だとか伴侶だと言ってくれるが、現状は全く役に立たず、まさにお荷物だった。
「部屋に木の浴槽運んで、下から湯を運んで入れる。これをくり返したら風呂の完成な。この辺の文化程度だとコレが限界だな。お貴族様の立派な風呂を想像してたらお粗末だけど、まあこれはこれで楽しいぞ」
「湯が貰えるだけ有り難い。川の水も少し冷たく感じていたところだ」
部屋に入ったのでフードを取り、浴槽を運ぶのを手伝った。本当は衝立をたてて浴槽は部屋の端に寄せ、部屋を仕切って使うらしいのだが、気にする間柄でもない。浴槽は部屋の真ん中にドンと置かれた。それからヴィンセントは一つしかない大きな桶を手に階下へ降りて行ってしまった。
待ってろ、と言われたのでベッドに座って大人しくしておく。フードは外してしまったし、色を変える魔法も解いた。実は長い金髪は旅の中では邪魔にしかならず、洗うのも大変なので切ろうと思ったのだが、ヴィンセントに泣いて止められた。
面倒なら俺が洗うから、後生だから切らないでくれと哀願されては何も言えない。俺の髪は、世界樹の宿主としての不老の効果でもう伸びないから、切ったら短いままになるはずだ。凄く楽になると思うのだが、ヴィンセントはイヤだと言う。
この髪に頬ずりしたりぎゅっと顔を埋めて眠るのが至福の時なのだからと。確かヴィンセントは俺の胸に顔を埋めて寝るのも、俺の尻を枕にして寝るのも至福だと言っていた気がするが。とにかく俺の身体はどこも弄らないでほしいという事らしい。
……特に髪は。ああ、恐らく過去の記憶を見たのだろう。兄が俺の髪に執着して、ことあるごとに切り落とすせいで不揃いでみっともない髪型を幼い頃はしていた。
「クロード、準備出来たぞ。髪から洗うか?」
「ヴィンセントが用意したのだから先にヴィンセントが入るべきじゃないか」
「俺はお前をまるっと洗ってから入る」
「そんな従者のようなことをしなくても……」
手間をかけさせてばかりのような気がする。口籠もって俯いていると、ヴィンセントはベッドにいた俺をひょいと抱き上げてしまった。そのままのしのしと浴槽へ近づいていく。ヴィンセントの背から生えた触手が寄ってきて、瞬く間に俺の旅の装備を脱がせてしまった。
「従者じゃねぇだろ。これは伴侶の特権な」
「……と、特権?」
「そーそー。こんな綺麗な足に、腕に、髪に自由に触れて洗えるのは、俺にとっちゃご褒美だ」
全裸の状態でゆっくりと湯に沈められた。足の甲にヴィンセントの唇が触れて、びくんと身体が震えた。
柔らかい綿のような魔道具で、ヴィンセントは丁寧に俺の身体を洗ってくれる。これは研究所にいた時そのままで、洗う魔道具もアレンから貰ってきた物らしい。
髪にもたっぷりと泡を揉み込まれて湯で流された。そうしているうちに浴槽の中は泡だらけになってしまう。これではヴィンセントが使う頃には汚れきってしまうのではないか。俺は慌てて魔術の検索をはじめ、洗浄と浄化の魔法をごく小さな範囲で展開した。
ぽわ、と湯が一瞬で透明になり冷めかけていた温度も適温に戻る。驚いたように瞬きしたヴィンセントは、『また汚れるぞ』と笑っていた。
すっかり俺を洗い終えたヴィンセントは自分も服を脱いで湯に入ってきた。
荒っぽくガシガシと頭を洗う両腕に、身体を洗う触手が六本。
俺のことは時間をかけて洗ったのに、自分はものの数秒で洗い終えてしまった。濡れて色の濃くなった赤い髪が、逞しい背の筋肉に絡んで湯に滑り落ちていく。それに目を奪われて手を伸ばすと、ヴィンセントは笑いながら俺の腕を引いた。
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