【完結】異類婚姻マッチングセンター~蜘蛛が大嫌いな私と蜘蛛の神様が、遺伝子レベルで好相性なんて何かの間違いですよね!?~

鬼ヶ咲あちたん

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5話

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「こちらのヘルメットを被って、シートベルトの装着をお願いします」



 いよいよヘリコプターに乗り込み、土蜘蛛のいる山へ向かう。

 今後の会話は、ヘルメットに内蔵されたヘッドセットによって行うと、鶴岡から説明を受けた。

 

「けっこうな速度が出ますから、気分が悪くなったら教えてください」

「鶴岡さんは慣れているんですね」



 手早く支度を整える姿が頼もしい。

 体に振動が伝わるほどの轟音に、おっかなびっくりのサエとは大違いだ。



「人外さまは交通の便が悪い場所にいらっしゃることが多いので、ヘリコプターはよく使うんです。わたくしは空を飛ぶのは平気なのですが、海が苦手でして……」



 胸あたりをさすっているところを見ると、鶴岡は船酔いする性質なのだろう。

 海方面の人外さまの案内役には、亀川という男性の担当者がいるのだそうだ。



 いよいよヘリコプターの飛行が始まった。

 ふわりと浮く瞬間だけは緊張したが、それほどの恐怖は感じない。

 足元に広がる景色を楽しんでいるうちに、所々、緑が多くなってきた。

 遠くに視線をやると、樹々に覆われた山へとそれが続いている。



「この辺り一帯の連山が、すべて土蜘蛛さまの縄張りになります」



 サエが見ていた真正面の山だけでなく、見渡す限りの山々が土蜘蛛の管轄らしい。

 

「広すぎませんか?」

「数日おきのパトロールが、大変だという話は聞きました。土蜘蛛さまは真面目なので……」

 

 鶴岡の言葉を解釈するなら、他の人外は頻繁に見回りをしないのだろう。

 なんとなく土蜘蛛の好感度が、サエの中で上がった。



 大木が生い茂る山には道などなく、想像していた通りの景色が続く。

 

「アンテナは見当たらないですけど、ネットが繋がるんですよね?」

「そこは頑張らせてもらいました。人外さまにコンタクトできなくては、ご要望の聞き取りも出来ませんから」

 

 大昔は、因習村に住む一族が、その役目を担っていた。

 花嫁として若い娘を捧げ、細やかにもてなし、神様が荒ぶるのを抑え、あやかしの怪異を防ぐ。

 その現代版が、異類婚姻マッチングセンターということだ。



「幸い、ほとんどの人外さまは、こちらの都合に理解を示してくれます。これも時代の流れだと納得されたり、新しい技術に興味を示されたり。長命なだけあって、基本的にはおおらかなんです」

「長命……土蜘蛛さまもですか?」

「あやかしだった土蜘蛛さまは、このたび300歳を迎えられて、めでたく神格化されました。それで、これから共に生きる花嫁を探しておられたのです」

「300歳!?」

「サエさまも嫁がれてしばらくしたら、神格化すると思います。その後は土蜘蛛さまと同じく、悠久のときを生きるでしょう」



 サエが想像できない世界だった。

 鶴岡からもたらされる情報に耳を傾けていると、ヘリコプターの速度が落ちてきた。

 どうやら目的地が近いらしい。

 ホバリングするヘリコプターの風圧で、木の葉が舞う。

 ゆっくり高度が下がっていくと、地表からこちらを見上げている土蜘蛛と目が合った。

 タブレットで見せてもらった着流しではなく、今日はきちんと羽織をまとっている。

 にこりと微笑まれたのが、機内のサエにも分かった。

 ドキドキする心臓を抑えて着陸を待つ。

 無事にヘリコプターが接地すると、風にあおられながらサエは降機した。



「ようこそ、サエ」



 出迎える土蜘蛛の4本の腕は、着物の中に隠されている。

 サエが思っていたよりも、土蜘蛛はうんと長身だった。

 見上げた顔には2枚の絆創膏が貼られ、6個の目も封じられていた。

 サエとの約束を守ろうという、真摯な姿勢を感じる。



「初めまして、山上サエです」



 緊張しながら、サエがお辞儀をする。

 こうしたお見合いの場に、どういった服装で行けばいいのか分からず、取りあえずスーツを着て来た。

 そんなサエの足元に土蜘蛛は視線を落とし、ヒールの高さを確認したようだ。

 

「屋敷までの道は整備してあるが、起伏がある。よかったら抱いて行こうか」

 

 サエを心配して両手を差し出した土蜘蛛に、鶴岡から指摘が入った。



「土蜘蛛さま、サエさまはまだ花嫁ではありません。身体への接触はお控えください」



 手を引くのも駄目か? と鶴岡へ質問している土蜘蛛に、サエはくすぐったい思いがした。

 そんなに気遣われるような暮らしは、今までにしたことがない。



 カランコロンと下駄を鳴らす土蜘蛛について行くと、古き良き日本家屋へと辿り着く。

 瑞々しい青さをたたえた庭園には、ときおり鹿威しの音が響いていた。

 苔むした枯山水と、澄んだ鳥のさえずりは、ここが現代であることを忘れさせる。



「美しいですね」



 わびさびの世界にサエが感嘆すると、土蜘蛛は嬉しそうにはにかんだ。

 きっと一生懸命、手入れしてくれたに違いない。

 

 広い和風の客間へと案内され、土蜘蛛が手ずからお茶を淹れる。

 勧められるままにお菓子もいただき、ひと心地ついたところで鶴岡が口火を切った。



「このたびは、土蜘蛛さまとサエさまのお見合いを、セッティングさせていただきましたが――」



 ぴっとサエは背筋を伸ばす。



「実際に会ってみての感想はどうでしょう? わたくしには、おふたりはとてもお似合いに思えます」



 そういう鶴岡の表情は柔らかい。

 異類婚姻マッチングセンターで対面したときは、できるバリキャリといった風情だったが、それは一変していた。



「私はすぐにでも、サエを迎え入れたい」



 土蜘蛛はその意見に、喜色満面で賛成する。

 サエは望まれて嬉しい反面、ネットで見てしまった事実がチラチラと頭を過る。



(私でなくとも、若い娘であれば、誰でもいいのかもしれない。鶴岡さんは遺伝子レベルで最適な花嫁候補を検索したと言っていたけど、ここで私が拒否したら、次にマッチングされる女性がいるのよね……)



 決して土蜘蛛が悪いわけではない。

 むしろ実物を見てしまったから、沸いた疑心なのだと思う。

 ルックスが良いだけでなく、優しくて誠実な土蜘蛛には、もっと多くの選択肢があるはずだ。

 サエでなくとも、花嫁になりたがる女性はいるだろう。



(土蜘蛛さまは選べる立場なのに、こんなにも私によくしてくれる。なんだか申し訳ないわ……)

 

 サエの中で、気持ちの落としどころが見つからない。

 ここまできて悶々としてしまう自分に、嫌気がさす。

 サエの迷いを敏感に感じ取った土蜘蛛が尋ねる。



「何か、心配事があるのだろうか」

「……私でいいんでしょうか?」



 思い切って、サエは胸中を口にした。
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