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10 厄災の終焉

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 ぽっかりと開いた鍵穴を見ていたロイクが、ゆっくりと俺たちを振り返った。その顔は絶望に満ちている。

 俺は痛いほどにロイクの気持ちが分かった。

 竜の痣のせいで虐げられてきた人生。俺以外、皆嫌な思いをしてきた。

 暗黒竜ガークを倒す為に集められて一緒に戦うようになって、ロイクもオリヴィアもクロードも、ようやく笑うとはどういうことかを知った。

 やっとこれから、人並みの人生が待っているというのに。世界に虐げられてきた自分らが、世界を救う為に犠牲にならないといけないのは何故なのか。疑問に思って当然だろう。

 ロイクが、重い口を開く。

「……オリヴィアはだめだ。最後まで結界を張り続ける必要がある」
「く……っ」

 オリヴィアが悔しそうに唇を噛むと、俯いた。結界を張り続けている手はブルブルと震え、限界が近付いていることが分かる。

 ロイクは俺を見ると、愛しそうに目を細めた。

「……ファビアンはまだ若い。沢山のものを失ったファビアンは、これから先の未来を生きていく義務がある」
「ちょ、ちょっと待ってよロイク……!」

 ロイクが静かな目でクロードを見る。クロードも静かにロイクを見つめ返していた。

「オレかロイクかどっちかってことを言いたいんだろ」
「……ああ」

 悔しそうに俯くロイク。俺はすぐ近くのクロードの手首を掴むと、俺に注意を向けさせる。

「だめだよ! 俺が人柱になるから!」
「……馬鹿! 何言ってんだ!」
「そうだ! ファビアンはだめだ! だめだだめだ!」

 ロイクの叫びには、多分に個人的感情が含まれていた。嬉しいなあ。俺は微笑むと、二人に伝える。

「だってさ、俺は竜の痣で皆みたいに嫌な思いはしなかったもんな。それに俺には家族も戻る場所もないし」
「馬鹿! それは俺も一緒だ!」

 クロードが怒鳴る。

「ファビアン!」

 ロイクの目から、涙が溢れた。

「俺、皆に会えてよかったよ。ロイクは王様になる人なんだから、立派な王様になってくれよな」
「ファビアン! 君はダメだ! いやだ、絶対だめだ!」

 ロイクは駄々っ子のように首を振り続けた。涙が遠心力で飛び散る姿すら様になる。俺もあんな風に男っぽくなってみたかったな。

 今度はクロードを見る。

「クロードはさ、俺の代わりに墓を作ってくれたら嬉しいなあ」
「待て! オレは嫌だ!」

 クロードも目が潤んでいた。へへ、泣くようにもなったんだなあと思うと、純粋に嬉しい。だってこれは、俺は家族はいなくなっちゃったけど、俺の為に泣いてくれる人はできたってことじゃないか。

 俺、結構いい人生だったかも。そう思えた。まさか男に、しかも勇者に抱かれまくるとは思ってもなかったけど。

「よいしょ……っうわっ」

 立ち上がろうとしたけど、足の怪我が酷くて無理そうだ。

 すると、クロードが俺に向かって手を翳す。

「ちょっと待て。ロイクと話してくる」
「え」

 クロードは立ち上がると、泣いているロイクの元へと向かった。

「ロイク。お前は王様になるんだろ」
「クロード……」
「それにな、お前が人柱になろうとすると、ファビアンが気を遣ってなろうとしちまう」

 ロイクの目が見開いて、俺を見る。俺はブルブルと首を横に振った。

 いや、気を遣ったんじゃないよ。だって俺は王様にはならないし、王様って凄い仕事じゃないか。何もない俺なんかより、余程大事なことだろ。

「クロー……」
「オレはファビアンを死なせたくはない。でもな、俺はお前がやったことを許す気はない」

 ロイクの顔面が蒼白に変わった。きっと俺のも一緒だ。……やっぱり気付かれてたんだ。

 咄嗟にオリヴィアを振り返ると、オリヴィアは首を傾げている。少しだけホッとした。
 
「だからこれは契約だ。耳を貸せ」

 クロードはロイクの胸ぐらを掴んで引き寄せると、俺には聞こえない小声で何かを喋り始める。ロイクの顔は驚愕に染まり、口がガクガクと震え始めた。

 ――やがてロイクが、渋々といった様子で小さく頷く。

 すると、クロードが何か呪文を唱え始めた。……何してるんだろう。

 クロードから出た青く光る古代文字が、ロイクの周りをクルクルと周り始める。ロイクの身体の中に、ゆっくりと沈んでいった。……ええと。

 何アレ。気になるじゃないか。まあ、もう死ぬんだけど。

 それを見届けたクロードがくるりと俺を振り返ると、俺の前にしゃがんだ。

 にっこりと俺に向かって笑う。……待って、それってどういう意味だよ。

 俺はふるふると首を横に振ると、クロードを捕まえようと手を伸ばす。

 するとクロードは俺の手を握った。

「ファビアン。いつかまた会えるから、オレを忘れないで」
「待って、クロード……! クロードまさかっ!」

 クロードのもう片方の手が、いつかの様に俺の銀髪を撫でる。優しい撫で方に、俺の目から涙がぼたぼた溢れてきた。やだ、いやだよ、他の人が死んじゃうのは耐えられない!

「待っていて。必ず会いに行くから」
「クロー……!」

 ふ、と視界がかげったと思うと、クロードの唇が俺の唇に触れていた。……え? ええ!?

 何も反応できなくてただクロードを見ていると、クロードはにこりと笑って立ち上がる。

「皆、楽しい旅だった。さよなら」
「……クロード!」

 俺たちが反応できない間に、クロードは竜の形をした鍵穴にするりと入って行ってしまった。

「やだ! 嫌だよクロード!」

 足、動けよ! 俺が泣き叫ぶと、クロードは振り返って手を振った。

「いやよ!」
「……待て! クロード!」

 オリヴィアとロイクが叫んだ直後。

 龍の鍵穴の壁から鋭い牙が無数飛び出し、クロードの身体を串刺しにする!

「うああああああっ!」

 クロードの断末魔が鳴り響いた後、オリヴィアの放つ結界が突然純白に輝く。

「うわあっ!」
「な、なにこれえ!」

 視界を奪われた俺たちは気を失い、再び目を覚ますと。

「……クロード……ッ」

 目の前には巨大な暗黒龍ガークもクロードの姿もなく、雷雲が渦巻いていた空は綺麗に晴れ渡っていた。

 こうして、四英傑の賢者の尊い犠牲を以て、暗黒龍ガークの厄災は終焉を迎えたのだった。
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