妖精の園

華周夏

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【第45話】徐々に取り戻していく日常

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目を開けると少し切ない以前のようなレガートの瞳にぶつかる。
フィルはレガートに抱きついて、レガートの胸の中で大声で、
泣きながらレガートをなじった。



一言一言フィルが言う度に、レガートはフィルの髪を撫で『すまない』と繰り返す。レガートは包むような、けれど臆病な腕でフィルを抱きしめた。

『怖いか?』
「……うん」
『震えてる……すまない』
「謝らないでいいよ。レガートも震えてる。どうして?」
『フィルを……傷つけそうで、怖い』
「もう間違えないで。僕以外のひとに、触らないで。……お願い」
    
フィルは背伸びをしてレガートに口づける。
身長差が悔しい。
レガートはフィルを抱きしめながらフィルの口唇を味わうように絡ませる。
フィルは両手をレガートの背中に這わす。

レガートは震える手でフィルを確かめるように頬に触れた。
温かな、いとしいひとの匂いがする。



何気なく、硝子のドアを見ると、テラス席の王様がお茶を飲みながらニコニコ笑っている。

『兄上!』
「王様!」

恥ずかしさに二人で赤くなる。手招きする王様に不思議に思いながら二人で室内に入る。

『これは、廃棄していいな?フィル』

人間の世界への、回帰の分厚い書類を王様は見せた。もう、ここにいると決めた。

「はい。お願いします」

それと……と言い王様は二人に目を向けた。

『その様子だとレガートとの婚約解消は無しだろう?フィルの婚約解消陳述書も破棄したところだ。フィルは前々からお前との婚約解消を考えていたみたいだな』




    
レガートは、隣のフィルを見つめた。フィルは俯き、レガートから目を逸らした。

フィルは王様の休憩室のベッドに無言で横になる。レガートは傍らの椅子に腰掛けじっとフィルを見つめた。

「ごめん」

フィルは一言そう言い、レガートに背を向けた。レガートの声音は責めるわけでもなく、労るようなものだった。

『何となくは、解っていた。「もう決めてるから」とフィルが言った時点で覚悟はしていた』

レガートが安心させようと背を撫でようとし、フィルに触れると、フィルはビクッと震え、小さく丸まり、反射のように縮まり頭を庇って、

「も、申し訳けございません」

と言った。レガートの時が止まる。レガートは、改めて消えることのないフィルの傷の深さを見た気がした。気まずい沈黙が流れた。

口を開いたのはレガートだった。穏やかにフィルに話しかける。

『……今日は、疲れさせて悪かった。それに謝る必要はない。何もフィルは悪くない。
悪くないんだ。

怖い思いを、させてきてすまなかった。こんなに怯させて……すまない。フィル、さっき髪は平気だったが、髪を撫でてもいいか?』

    フィルはレガートに背を向けたまま小さく頷いた。金色の髪。昔の輝きのままだ。艶やかな煌めきも、黄金のような光も。

けれどフィルの、はじけるような笑顔や、レガートの名前を呼んで駆け寄るようなことはない。ただ、控えめに微笑むだけだ。

意識では受け入れてくれても、傷ついた心の奥が拒否をしている。レガートはそう考えた。癒える日は来るのか。いつの間にか眠るフィルにレガートは妖精の気を送った。

朝起きて、レガートの姿はない。淋しいとフィルは思った。ベッドにも、ソファにもレガートの気配はない。昨日レガートが持ってきた大きめな籠。規格外のタカタカの実を手に取った。

「美味しいね、レガート」
『ああ。フィルと一緒だからいつもより美味しい』
『風邪を引いたか?寒いだろう。温まるからこれも飲むといい』
「いい香りの紅茶だね」
『引きはじめの風邪はタカタカの実のジャムを入れた紅茶で治す。ほら、温かいか?』
  
    何度も何度も吐きそうになりながら大きな三個のタカタカの実を食べ終えた。

木の実ひとつにもレガートの想い出がたくさんありすぎて胸が苦しい。

籠には紙が敷いてある。
紙をめくると、甘い香ばしい匂いがした。
不格好な小さなドーナツが二つあった。


手に取り食べたら泣けてきた。こんなこと、似合う人じゃないのに。

    ずっと放置してリトの犬にあげていたレガートのフルーツの籠にも、このドーナツは入っていたのだろうか。




たぶん、きっと。

あのひとならそうする。
毎日、欠かさずドーナツをしのばせていたと思う。捨てられるのがわかっていても、それでも、いつか、気づいてくれれば、と。


「レガート……ごめん。ごめんね」

呟きは朝の孤独な部屋に溶けた。ここに居て欲しいと思った。抱きしめて欲しいとも。

今、あの広い胸が恋しい。口唇が恋しい。
レガートが、いとしい。
あのひとだけ。レガートだけだ。
こんなに切なく誰かを思う気持ちにさせるのは。

それから一ヶ月経った。朝はレガートがフィルを起こしに来る。大抵フィルは早起きで魔術の本などを読みながら温かい蜂蜜湯を飲んでいる。

「おはよう、レガート」

最初の一週間はぎこちない雰囲気だったけれど、もう馴れた。王様は執務室で仕事をするので、あまりここにはいない。おばあちゃんは王様の補佐だ。


朝御飯はレガートと一緒にテラスで食べる。フィルは栄養価の高いフルーツとナッツとおばあちゃん特製の薬膳スープ、

それとレガートに
「毎日出来れば持ってきて欲しい」
と頼んだ大きなタカタカの実。

デザートとして二人で分けて食べる。会話は多くはないが、満ち足りている。

「美味しいね」
『ああ。みずみずしい』
  
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