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高校進学編
新クエスト 弟の相談ごと
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ここは第一図書室。ミステリ同好会の活動拠点だ。『ミステリは学問』をモットーに活動をしているので、仮説から実証までやる。要は犯罪者予備軍の巣穴だ」
「ここは第二化学室。化学部の連中が根城にして、日々、『花火』という名称の独自爆発物の組成を働いている」
「ここは資料準備室兼、将棋部の部室。生身の人間を駒に詰将棋を始める頭のおかしい奴らばかりなので、話しかけられてもまともに取り合わないように」
「ここは3年b組。数学部と物理部がたむろしているので近付かないように」
廊下を歩きながら、淡々と説明していく。「何かここまでで質問は」と問えば、弟は困ったように眉根を下げた。
「兄貴は、人を貶めるときの語彙が無駄に豊かだよね」
「質問はないんだな?」
「どうして数学部と物理部に近付いてはいけないの?」
「?数学部と物理部に近づいちゃいけないのは常識だろ……」
「………………貴船高校は悪の組織なの?」
「違うけど、危険集団なのは否めない……」
「わあ……」
「治外法権なんだよ、比喩抜きで」
1時間以内に駆けつけられる法の執行機関が、島の外れにある小さな交番一つ。綺麗な目をした狂人どもは、日々伸び伸びと狂気を増長させている。ヤツらの跳梁跋扈ぶりは、つい最近3桁を更新した校則の変動ぶりに推して測るべし。
「怖い人たちがいっぱいいるんだね」
「ああ」
お前を筆頭としたな。
なんて言った日には本当に殺されるので、曖昧に微笑んでおく。常々、サスペンスのためだけに用意されたような環境だと思う。こいつのような異常者にとって、さぞ居心地の良い場所だろう。
怯えたような表情をして見せる弟の白々しさに、仄暗い反抗心が首をもたげて。
「それで?」
思いの外、冷たい声が出た。弟は困惑したような表情でこちらを見た。
「兄弟水入らずで話したいことって?」
「…………とにかく、たくさんだよ」
「友達居ないの、お前」
「ええ……普通に居るよ。でもそれが、兄貴と話さない理由にはならないでしょ?兄弟ってそう云う物じゃないよね」
高倉明希が、目的意識の無いコミュニケーションに興じる筈がない。だから、単刀直入に尋ねたのだが。薄寒い正論で打ち返してくるあたり、まだ腹の底を見せるつもりは無いらしい。
「……それに」
「『それに』?」
「あるでしょ、その。……同学年に話しにくいことだって」
片眉を吊り上げた俺に対して、弟は気まずげに視線を外す。どこか作り物じみた弟の感情の中で、意外にも、人間味の感じられる物だった。
踵を返し正面から向き合うと、広い肩が揺れた。
「相談事か?」
「…………」
「言ってみろよ。聞くだけ聞くから」
溜息を吐く。
俺とて不本意だが、得られるとき情報を得ないと、取り返しのつかない事になるのも事実。
首を突っ込んだら突っ込んだで面倒に巻き込まれるのは必至だが、見て見ぬふりをした時は、最凶の怪物に成長した理不尽が向こうから襲いかかってくる。(R.2年度 高倉明希取扱者試験問題 問2)
資料室を指して顎をしゃくれば、邪気の無い翠眼が見開かれた。
***
カビ臭い椅子に腰掛けて向き合う。埃のこびり着いた室内灯が、弟の白い相貌を仄暗く浮かび上がらせている。
「……この前、学校で告白されたんだ」
神妙な面持ちで切り出された言葉に、俺は今度こそ天を仰いだ。
我らが貴船高校は男子校である。
「ここは第二化学室。化学部の連中が根城にして、日々、『花火』という名称の独自爆発物の組成を働いている」
「ここは資料準備室兼、将棋部の部室。生身の人間を駒に詰将棋を始める頭のおかしい奴らばかりなので、話しかけられてもまともに取り合わないように」
「ここは3年b組。数学部と物理部がたむろしているので近付かないように」
廊下を歩きながら、淡々と説明していく。「何かここまでで質問は」と問えば、弟は困ったように眉根を下げた。
「兄貴は、人を貶めるときの語彙が無駄に豊かだよね」
「質問はないんだな?」
「どうして数学部と物理部に近付いてはいけないの?」
「?数学部と物理部に近づいちゃいけないのは常識だろ……」
「………………貴船高校は悪の組織なの?」
「違うけど、危険集団なのは否めない……」
「わあ……」
「治外法権なんだよ、比喩抜きで」
1時間以内に駆けつけられる法の執行機関が、島の外れにある小さな交番一つ。綺麗な目をした狂人どもは、日々伸び伸びと狂気を増長させている。ヤツらの跳梁跋扈ぶりは、つい最近3桁を更新した校則の変動ぶりに推して測るべし。
「怖い人たちがいっぱいいるんだね」
「ああ」
お前を筆頭としたな。
なんて言った日には本当に殺されるので、曖昧に微笑んでおく。常々、サスペンスのためだけに用意されたような環境だと思う。こいつのような異常者にとって、さぞ居心地の良い場所だろう。
怯えたような表情をして見せる弟の白々しさに、仄暗い反抗心が首をもたげて。
「それで?」
思いの外、冷たい声が出た。弟は困惑したような表情でこちらを見た。
「兄弟水入らずで話したいことって?」
「…………とにかく、たくさんだよ」
「友達居ないの、お前」
「ええ……普通に居るよ。でもそれが、兄貴と話さない理由にはならないでしょ?兄弟ってそう云う物じゃないよね」
高倉明希が、目的意識の無いコミュニケーションに興じる筈がない。だから、単刀直入に尋ねたのだが。薄寒い正論で打ち返してくるあたり、まだ腹の底を見せるつもりは無いらしい。
「……それに」
「『それに』?」
「あるでしょ、その。……同学年に話しにくいことだって」
片眉を吊り上げた俺に対して、弟は気まずげに視線を外す。どこか作り物じみた弟の感情の中で、意外にも、人間味の感じられる物だった。
踵を返し正面から向き合うと、広い肩が揺れた。
「相談事か?」
「…………」
「言ってみろよ。聞くだけ聞くから」
溜息を吐く。
俺とて不本意だが、得られるとき情報を得ないと、取り返しのつかない事になるのも事実。
首を突っ込んだら突っ込んだで面倒に巻き込まれるのは必至だが、見て見ぬふりをした時は、最凶の怪物に成長した理不尽が向こうから襲いかかってくる。(R.2年度 高倉明希取扱者試験問題 問2)
資料室を指して顎をしゃくれば、邪気の無い翠眼が見開かれた。
***
カビ臭い椅子に腰掛けて向き合う。埃のこびり着いた室内灯が、弟の白い相貌を仄暗く浮かび上がらせている。
「……この前、学校で告白されたんだ」
神妙な面持ちで切り出された言葉に、俺は今度こそ天を仰いだ。
我らが貴船高校は男子校である。
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