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高校進学編

新ステージ 貴船高校

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夏が終わり秋が来て冬が過ぎた。
 俺は高校二年生になり、弟は高校生になった。
「我が貴船高校は、1790年に開館した郷校・貴船館に起源を持つ伝統校として、約200年もの歴史の中で、優れた人材を排出してきました」
 薄暗い講堂の中で、新入生向けの説明を聞き流す。学内の取り組みやら部活動の実績やら。俺含めた上級生が半目で聴き流すそれに、新入生達は輝きに満ちた表情で耳を澄ましている。
「そして何より。我が校を語る上で欠かせないのは、その教育環境にあります。都内から南方1000kmの洋上に位置する貴船島。その400haにわたる広大な自然の中に、旧校舎含む教育施設、農業施設、商業施設が完備されています。恵まれた環境の中で、伸びやかに学問に専念することができます」
 絶海の孤島。島全体が学園施設となる、巨大なクローズドサークル。
 そんな、建築関連法を筆頭とした諸法規に唾を吐きかけるようなこの施設は、少なとも俺の知る『日本』という国には存在しなかった物である。
 
 『降霊ゲーム』。
 執拗なまでに世間から隔絶され、閉ざされた名門男子校。その中で起こる一夏の惨劇を描いた、小説の世界。一度25年の人生に終止符を打った俺は、そんな世界の、真犯人となる男の兄に転生してしまったのだ。
 自らの不条理な現状を再確認して、もはやなんだか気分が悪くなってきて。
 無意識に視線を巡らせれば、暗闇の中で、柔い翠眼と視線がかち合う。2つ通路を挟んだ新入生席。その席に座る弟が、薄っぺらい笑みを貼り付けたままこちらを見ていた。
 ぎこちない笑みを返して、こめかみを揉みほぐす。目を閉じても、黒い星みたいな瞳孔がまだ眼裏に残っているようだった。

***

「おーい、高倉。カッケー方の高倉来てる!」
 クラスメイトのそんな呼びかけに、読んでいた小説を閉じる。相貌を引き攣らせながら教室の入り口を見遣った。
 緩くウェーブした栗色の猫毛に、常にやわこく撓んだ穏やかな翠眼。垂れ気味の柳眉も相まって、優しげイケメンと呼ばれる枠に分類されるであろう立ち姿。パーツは同じはずなのに、どうしてこうも違うのだろうと同級はからかい半分で嘆いていたが、全くもってその通りだと思う。
『カッケー方の高倉』こと、高倉明希が、そこに佇んでいた。

「ごめん、兄貴。電子辞書忘れちゃってさ」
「またかよ、お前」
 半目で言えば、弟はいとも簡単に敷居を跨いで教室へと入ってくる。教室が俄かにざわ着くが、一月もすればそんな反応も薄れる事を俺は知っている。こいつが、俺の外堀を埋めるときの常套手段であるからして。
「寮近いんだから取り帰れよ」
「冷たくない?兄貴の教室のが近いんだから良いでしょ?」
「お兄ちゃんも辞書使うかも!とか考えねぇのか」
「化学で辞書使うの?」
「お前はどうして俺のクラスの時間割を把握してるの?」
「あと自分のことお兄ちゃんって呼ぶ癖、マジで直したほうが良いよ」
 滑らかな声音に似つかわしくない刺々しい言葉に、下唇を突き出す。
「なんで」
「キモいもの」
 俺は眉を寄せ、目を見開いたまま歯茎を剥き出した。弟を指差しながら、隣の席の園田くんへと助けを求めると、園田くんは俺を一瞥。
「キモいな」
「キモいわ」
 そのさらに隣の席の栗松くんも、謎に共鳴してくる。俺はこのクラスでやっていけるのだろうか。
「…………はいどうぞ」
「わあ、ありがとう兄貴!だぁい好き!」
 諦めて剣を下ろせば、弟が抱きつくように擦り寄ってくる。俺は冷や汗が止まらない。滑らかな頬をすり寄せてくるたびに、柔らかな猫毛が頬を撫でる。男所帯らしからぬ芳香に、思わず弟を二度見した。
 目があった。
「優しい兄貴にもう一個お願いがあるんだけど」
「嫌だ」
「まだ何も言ってないけど」
「嫌です本当に許して勘弁してください」
 この表情をするときの弟は、碌なことを考えていないのだ。
 半泣きで許しを乞うも、弟は止まらない。
「学校のこと案内して?俺に」
「なんのために?」
「だめなの?」
 捨てられた子犬のような表情で、圧をかけてくる。周りから、冷やかしを含む非難の声が噴出した。主に俺に対する。あんまりである。こっちは半泣きなんだぞ。
「口実だよ。話したいこともたくさんあるし。ね、兄弟水入らずでさ」
「…………」
「こうでもしなきゃ、兄貴は捕まらないし」
 最後の言葉は、ほぼ囁きのような物だった。俺にしか聞こえていないのだろう。
 この男は俺と話すためだけに剛を煮やして教室を強襲、衆目の面前で吊し上げを行ったのだと云う。
 その天災のような行動力と衝動性は、紛れもなく俺の部屋と頭蓋をバールでカチ割ろうとした物と同じだった。けれどもその言葉に滲んだ哀愁に、俺の反抗心はゴリゴリと削られていて。
 頭痛と共に頷いた俺に、謎の拍手が巻き起こった。気持ち悪ィクラスだな、マジで。
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