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第07話、無尽蔵の魔力

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「師匠が相手すればいいじゃない」

 玲萌レモが気軽な調子で提案した。

「えええええっ!?」

 俺より先に思いっきりのけぞったのは師匠のほう。「嫌ですよぉ。私は汗かくの嫌いなんですから」

 おお。このおっさん気が合いそうだ。

「あー俺も芸術家アーティストなんで楽器より重いものは持てないんです」

「ちょっと樹葵ジュキまでなに言ってんのよ。たいていの楽器ならつるぎの方が軽いんじゃない?」

 玲萌レモが正論で返しやがった。それから俺の耳元に唇を近づけて、

「瀬良師匠ってちっとも強そうに見えないけど、若くして大王おおきみ近衛組このえぐみ顧問を務めたほど優秀だったんだって。でも策略がうずまくまつりごとの世界はしょうにあわなくて、魔道学院の先生になっちゃったのよ。っていう経歴から考えると、若作りだけど四十近いおっさんだと思うの!」

 本人は小声で話しているつもりなんだろうが、玲萌レモの声はあいにく良く通る。

「れ、玲萌レモさん…… 私の心は永遠の二十歳はたちです」

 案のじょう、瀬良師匠が涙ながらにうったえた。

 玲萌レモはけろっとした様子で、

「ねっ、本当に若い人は絶対あんなこと言わないでしょ!」

 自信満々である。師匠は大きなため気をついて、

「ではたちばなくん、まず剣に魔力を通しましょう。自分の魔術剣と意思を通わせられれば、唱える言葉に制限はありません。私が例を見せましょう」

 師匠は自分の魔術剣へ静かに語りかける。「我が声を聞きたまえ、薫風くんぷう

 魔術剣の刀身が輝きだした。

 俺もまねしてつるぎを手に、

こたえたまえ――」

 魔術剣のごうは覚えている。が、十四歳の時に考えた名前なんて知られたくねえんだけど―― 俺は小声で、

こたえたまえ、狐能華このか

 とささやいた。

樹葵ジュキったら自分の魔術剣に燦燦名キラキラネーム付けてる!」

 玲萌レモのやつめ…… だから言いたくなかったんだよっ

「良いじゃないですか。斜め上を行く感性で素晴らしいです」

 にこやかにほめたたえる師匠。いや、ほめてるのか?

 しかしちっとも反応しない俺のつるぎを見下ろし、まじめな顔になって、

「雑念が入るようでしたら言葉を口に出す必要はありません。心で語りかけてください」

 と助言した。

 俺は目を閉じ、つかを握る両手に意識を集中する。体内にうずまく活源力エネルギーが刃へ移る像影イメージを強く持つ。

 俺のまわりに風が起こる。魔術剣を中心にうずをまき外套マントをはためかせ、俺の髪を揺らしているのが分かる。

 みんなが固唾かたずをのんで見守る中――

 パリンッ

 秋の庭にかたい音が響き渡った。

「つるぎが―― 割れた!?」

 学生のひとりが、おどろきの声をあげた。

 恐る恐る目をあけると、剣身けんしんがバラバラに折れて足元に散らばっている。

「俺の狐能華このかちゃんが!!」

 自分でもなにが起こったのかよく分からない。

「――なんと」

 前に立つ師匠が目を見開いている。「想像を絶する魔力量なのでしょう……」

樹葵ジュキの膨大な魔力が魔術剣の許容量をこえたのね!!」

 玲萌レモの解説に、学生たちが先ほどにも増してざわめきだす。口々に、まじかよ、とか、ありえねえ、などと騒いでいる。

「だって龍神さまですもの!」

 惠簾エレンは頬を上気させていた。おいおい、誤解を広げるなよ。

 師匠は魔術剣を鞘におさめると解説しはじめた。

「魔道医学のすいを極めた禁断の移植術により、たちばなくんは古代の聖獣である水龍の魔力をその身に宿すことになったのですから、二年前に学院で学んでいたころの感覚で魔力を流したら、通常の魔術剣では耐えられません」

 俺は納得した。「人間の身体だったころとは魔力の扱い方が違うのか」

 今後はうっかり山を爆発させないように気をつけよう。

 師匠の説明に惠簾エレンが感嘆のため息をもらした。「素敵ですわ。龍神さま―― 目もくらむばかりに白く美しい御身おんみに強大な魔力を宿していらっしゃるなんて」

 後半はあってるんだけど、前半! 龍神さまじゃないって今の話から明らかだよな!?

 俺はちょっと頭をかかえる。

たちばなくんが魔術剣を使うなら、みやこにいる天下一の刀鍛冶かたなかじに特注するべきですね。もしくは魔力制御コントロール を学んで私たち普通の人間水準 レベルの――きみにとってはごくわずかな魔力量――極細ごくぼその針に糸を通すような像影イメージで伝導する技法テクニックを身につけるか」

「ひえ~、めんどくせぇ」

 思わず本音をもらす俺。「ならいいや。魔術剣なんか使わなくて」

 武器などなくても、いまの俺はじゅうぶんすぎるほど強い。

「でもたちばなさまのたぐいまれな魔力を感じられて感動しましたわ!」

 惠簾エレンは両手をあごの下に組んで、興奮した声をあげる。「素晴らしいものを見せていただきました」

 うれしそうに言うと、パチパチと手をたたきだす。

「そうね! 天気まで操ってあたしたちみんなを救ってくれたし、ほんとにありがとう!」

 玲萌レモまでが手をたたくと、師匠も――さらにはつられてほかの学生たちも拍手しはじめる。

 かつて落ちこぼれ扱いだった俺は授業で注目をあびるなんて慣れていない。胃のあたりがソワソワしだした。

 玲萌レモがノリノリで、

「よっ、色男!」

 などとからかいやがった。俺は耳まで熱くなるのを感じて、

「やめてくれよ」

 と小声でささやくと玲萌レモの袖を引き、庭のすみにある大きなイチョウの木の下に避難した。

「どうしたのよ、みんな喜んでるのに」

 玲萌レモは平然としている。「みんなにほめられて注目あびるのって、めっちゃ気持ちよくない?」

 目を輝かせる様子を見て、俺はふっと笑った。

玲萌レモは目立ちたがり屋だからな」

 俺はなんだか疲れちまっていけねえ。

「そうかな? でも樹葵ジュキ――」

 玲萌レモは少しだけ背伸びすると、俺の耳元にそっと唇を寄せた。「かっこよかったよ!」

 そんなに身長差はないけれど、つま先立ちする玲萌レモがかわいらしく見える。

「ありがとな」

 素直に礼を言うと、玲萌レモはうれしそうに笑った。

 秋風がイチョウの枝をゆらし、玲萌レモの肩に黄色い葉をひとひら落としてゆく。足元に敷きつめられた黄金こがね色のじゅうたんが、また一段と厚くなる。

「そうだ、樹葵ジュキ。このあと時間ある?」

「あるよ。なんで?」

「ついてきてほしいところがあるんだけど」

 うしろ手を組んで、玲萌レモが上目づかいに見上げる。

「構わねえよ。どこに行くんだ?」

「いまは使われてない旧校舎なんだけど、きのう変な隠し扉をみつけたのよ――」

 彼女には似合わぬ真剣な表情だ。

「へえ、おもしろそうじゃん」

 俺はワクワクして身を乗り出した。
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