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第08話、季節はずれの肝試し
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新校舎から道を一本はさんだ旧校舎へと、俺と玲萌は並んで歩いていた。
「玲萌きのう、旧校舎なんて入ったの?」
物置と化した旧校舎なんて、普通用はないはずだ。
「生徒会の用事でね。学園祭で使う天幕を取りに行ったの。そしたら布で隠してある扉をみつけちゃってね。もしや七不思議の開かずの間かなって――」
旧校舎敷地へ足を踏み入れると庭の草木は伸び放題。古びた木造建築を覆い隠さんばかりにススキが生い茂っている。
「開かずの間?」
「旧校舎の開かずの間よ。旧校舎の地下には誰も立ち入ったことのない開かずの間があるって。王立魔道学院に伝わる七不思議のひとつなんだけど聞いたことない?」
「ねーな」
そーゆー話題って友達いねぇと無縁なんだよなあ。
「男子って七不思議とか疎いもんね」
おお玲萌、良好援助。
俺は壁のすすけた平屋建てを見上げる。
「そもそもこの建物に地下なんてあるのか?」
建物の下から見慣れぬつる草が地上へ這い出ているのがいかにも気味悪い。秋を迎えて枯れ草が多いなか、こいつらだけ妙に青々としている。
玲萌が門番に借りた鍵で旧校舎の戸をあけると、ほこりっぽい空気が鼻をついた。
両はしに砂の積もった廊下をミシミシ踏みながら進むと、突き当たりに色褪せた布がかかっている。
「あのうしろに扉があるってんだな」
天井から吊るされた布はところどころ破れ、そのうしろからのぞくのは金属だろうか? 周囲の板張りの壁と異なることは明らかだ。
「ねっ、怪しいでしょ! こんなのめくらずにいられないじゃない」
玲萌は意気揚々と布をつまみ上げた。
「蔵でもねえのに鉄製かよ」
鋲を打たれた重厚な鉄扉が俺たちを威圧する。
「木造の古い校舎にこんないかめしい扉、不釣り合いにもほどがあるわ。一体なにを隠してるのかしら」
扉には錆びた錠前が下がっている。
「開けるぜ」
「えっ?」
玲萌が二の句を継がぬうちに、俺は猫のような鉤爪を鍵穴にかざす。透明な爪の先がポウっと光った瞬間、カチっとかすかな音がした。
「鍵を開けたの!? すごいっ、一体どういう術?」
「ん? 鍵開けの術」
「……それは見りゃ分かるわよっ」
鍵を開けようという意図を持つとひらくのだ。魔術理論に詳しい創作魔術専攻の玲萌に問いつめられちゃぁたまらねえ。
冷たい扉に体重をかけると、それはゆっくりとひらいた。湿ったかび臭い空気が俺たちを抱きすくめる。
「階段……」
玲萌がぽつりと言った。
「ほんとにあったのか、地下室」
古い石段が薄闇に吸い込まれてゆく。俺は青白い手のひらを暗い天井に向けると、光を像影した。目前に魔力の明かりが出現する。
「呪文も唱えずに魔術が使えるって便利よね」
確かに玲萌たち普通の人間は、明かりひとつ灯すにも火の精霊に呼びかける呪文が必要なのだ。
「足もと気を付けてな」
一段降りて振り返ると、玲萌はうなずいて俺の手をにぎった。さっきまで好奇心できらきらしていたのに、いまは少し表情がこわばっている。
一足ごとに石段の先がくずれ、パラパラとかけらの落ちる音がする。俺は慎重に歩を進めた。
ガタン!
うしろからひときわ大きな音と、
「きゃぁ!!」
玲萌の叫び声はほとんど同時に響いた。
振り返った俺の目の前に玲萌の姿がおおいかぶさる。
「うわあぁっ!!」
重心がうしろに倒れる。かかとが石段を離れ、身体が宙に浮く。
心臓がはねあがった瞬間、魔力光が消えた。
「いやぁああぁぁぁっ」
叫ぶ玲萌を抱きとめ、俺は心の中でひとこと念じた。
――空よ――
俺の意志に答えるように二人の身体が空中で制止する。
重力が消えた暗闇の中ゆっくりと、俺は玲萌のあたたかい背中に手を回したまま階段の下に背中から着地した。
「無事か?」
闇の中で声をかける。
「ごめん樹葵っ」
泣き出しそうな玲萌の声。
気をゆるめると空間の重力が平常に戻る。途端に玲萌のやわらかい胸の感触が着物ごしに伝わってくる。やせっぽちだと思ってたけど意外と―― 俺は平静をよそおって、
「俺はなんともねえよ。玲萌、どこかケガしてねえか?」
そっと彼女の背中をなでる。一寸先も見えぬ闇の中、手のひらに曲線美を感じる。
「あ、あたしは平気っ」
落ち着いたのでもう一度、魔力光を出現させると玲萌がちょっと顔を赤らめている。「ごめんね」
とまた謝って身体を起こした。彼女の触れていたところが熱い。
俺も思わず、いや悪ぃ、と答えそうになって口をつぐんだ。
ここは密着しちまったことなど気付かねぇふりしたほうが、玲萌に恥ずかしい思いをさせずにすむんじゃねえか?
「まったく歩くだけで崩れてくるってなぁ危ねえ階段だな」
俺は立ち上がって話を変える。
「そうとう長い間、誰も使ってなかったのね」
「だろうな。そしてまた怪しい扉のお出ましだぜ」
階段の下には何重にも板を打ち付けた古い木戸がたたずんでいた。
「何人たりとも立ち入るべからず、か――」
戸に貼られた黄ばんだ紙に魔力光を近づけ、俺は書かれた言葉を読み上げる。
「今度はあたしにまかせてっ」
まだちょっと頬を赤らめている玲萌が、照れ隠しのように大きな声を出した。一歩下がって右手を上方に、左手を下方に構え、封じられた扉と対峙する。
「翠薫颯旋嵐、刃となりて森羅万象切り裂き給え!」
ばしゅぅぅぅううっ
風の刃が鋭い音を立てて、表面に打ち付けられた板ごと木の扉を寸断した。その奥にあらわれたのは、がらんと広い土間のような空間。積みあがった木材をまたいで足を踏み入れると、ひんやりとした空気が腕を舐めるようだ。
「なんだ、あの大きな岩は」
「何か封印されてるの……?」
玲萌が震え声で言った。部屋の突き当りに、古いしめ縄が張られた巨大な岩が壁をふさぐように鎮座していた。
「玲萌きのう、旧校舎なんて入ったの?」
物置と化した旧校舎なんて、普通用はないはずだ。
「生徒会の用事でね。学園祭で使う天幕を取りに行ったの。そしたら布で隠してある扉をみつけちゃってね。もしや七不思議の開かずの間かなって――」
旧校舎敷地へ足を踏み入れると庭の草木は伸び放題。古びた木造建築を覆い隠さんばかりにススキが生い茂っている。
「開かずの間?」
「旧校舎の開かずの間よ。旧校舎の地下には誰も立ち入ったことのない開かずの間があるって。王立魔道学院に伝わる七不思議のひとつなんだけど聞いたことない?」
「ねーな」
そーゆー話題って友達いねぇと無縁なんだよなあ。
「男子って七不思議とか疎いもんね」
おお玲萌、良好援助。
俺は壁のすすけた平屋建てを見上げる。
「そもそもこの建物に地下なんてあるのか?」
建物の下から見慣れぬつる草が地上へ這い出ているのがいかにも気味悪い。秋を迎えて枯れ草が多いなか、こいつらだけ妙に青々としている。
玲萌が門番に借りた鍵で旧校舎の戸をあけると、ほこりっぽい空気が鼻をついた。
両はしに砂の積もった廊下をミシミシ踏みながら進むと、突き当たりに色褪せた布がかかっている。
「あのうしろに扉があるってんだな」
天井から吊るされた布はところどころ破れ、そのうしろからのぞくのは金属だろうか? 周囲の板張りの壁と異なることは明らかだ。
「ねっ、怪しいでしょ! こんなのめくらずにいられないじゃない」
玲萌は意気揚々と布をつまみ上げた。
「蔵でもねえのに鉄製かよ」
鋲を打たれた重厚な鉄扉が俺たちを威圧する。
「木造の古い校舎にこんないかめしい扉、不釣り合いにもほどがあるわ。一体なにを隠してるのかしら」
扉には錆びた錠前が下がっている。
「開けるぜ」
「えっ?」
玲萌が二の句を継がぬうちに、俺は猫のような鉤爪を鍵穴にかざす。透明な爪の先がポウっと光った瞬間、カチっとかすかな音がした。
「鍵を開けたの!? すごいっ、一体どういう術?」
「ん? 鍵開けの術」
「……それは見りゃ分かるわよっ」
鍵を開けようという意図を持つとひらくのだ。魔術理論に詳しい創作魔術専攻の玲萌に問いつめられちゃぁたまらねえ。
冷たい扉に体重をかけると、それはゆっくりとひらいた。湿ったかび臭い空気が俺たちを抱きすくめる。
「階段……」
玲萌がぽつりと言った。
「ほんとにあったのか、地下室」
古い石段が薄闇に吸い込まれてゆく。俺は青白い手のひらを暗い天井に向けると、光を像影した。目前に魔力の明かりが出現する。
「呪文も唱えずに魔術が使えるって便利よね」
確かに玲萌たち普通の人間は、明かりひとつ灯すにも火の精霊に呼びかける呪文が必要なのだ。
「足もと気を付けてな」
一段降りて振り返ると、玲萌はうなずいて俺の手をにぎった。さっきまで好奇心できらきらしていたのに、いまは少し表情がこわばっている。
一足ごとに石段の先がくずれ、パラパラとかけらの落ちる音がする。俺は慎重に歩を進めた。
ガタン!
うしろからひときわ大きな音と、
「きゃぁ!!」
玲萌の叫び声はほとんど同時に響いた。
振り返った俺の目の前に玲萌の姿がおおいかぶさる。
「うわあぁっ!!」
重心がうしろに倒れる。かかとが石段を離れ、身体が宙に浮く。
心臓がはねあがった瞬間、魔力光が消えた。
「いやぁああぁぁぁっ」
叫ぶ玲萌を抱きとめ、俺は心の中でひとこと念じた。
――空よ――
俺の意志に答えるように二人の身体が空中で制止する。
重力が消えた暗闇の中ゆっくりと、俺は玲萌のあたたかい背中に手を回したまま階段の下に背中から着地した。
「無事か?」
闇の中で声をかける。
「ごめん樹葵っ」
泣き出しそうな玲萌の声。
気をゆるめると空間の重力が平常に戻る。途端に玲萌のやわらかい胸の感触が着物ごしに伝わってくる。やせっぽちだと思ってたけど意外と―― 俺は平静をよそおって、
「俺はなんともねえよ。玲萌、どこかケガしてねえか?」
そっと彼女の背中をなでる。一寸先も見えぬ闇の中、手のひらに曲線美を感じる。
「あ、あたしは平気っ」
落ち着いたのでもう一度、魔力光を出現させると玲萌がちょっと顔を赤らめている。「ごめんね」
とまた謝って身体を起こした。彼女の触れていたところが熱い。
俺も思わず、いや悪ぃ、と答えそうになって口をつぐんだ。
ここは密着しちまったことなど気付かねぇふりしたほうが、玲萌に恥ずかしい思いをさせずにすむんじゃねえか?
「まったく歩くだけで崩れてくるってなぁ危ねえ階段だな」
俺は立ち上がって話を変える。
「そうとう長い間、誰も使ってなかったのね」
「だろうな。そしてまた怪しい扉のお出ましだぜ」
階段の下には何重にも板を打ち付けた古い木戸がたたずんでいた。
「何人たりとも立ち入るべからず、か――」
戸に貼られた黄ばんだ紙に魔力光を近づけ、俺は書かれた言葉を読み上げる。
「今度はあたしにまかせてっ」
まだちょっと頬を赤らめている玲萌が、照れ隠しのように大きな声を出した。一歩下がって右手を上方に、左手を下方に構え、封じられた扉と対峙する。
「翠薫颯旋嵐、刃となりて森羅万象切り裂き給え!」
ばしゅぅぅぅううっ
風の刃が鋭い音を立てて、表面に打ち付けられた板ごと木の扉を寸断した。その奥にあらわれたのは、がらんと広い土間のような空間。積みあがった木材をまたいで足を踏み入れると、ひんやりとした空気が腕を舐めるようだ。
「なんだ、あの大きな岩は」
「何か封印されてるの……?」
玲萌が震え声で言った。部屋の突き当りに、古いしめ縄が張られた巨大な岩が壁をふさぐように鎮座していた。
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