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第46話、模擬戦
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「あやつは巨大な蜘蛛じゃったな」
くもぎりちゃんは人差し指をこめかみに当てると、記憶の糸をたぐりよせるように目を閉じた。
ざっばーん!!
「おわっ」
突然の水しぶきに思わず両腕を目の前に上げる。
「いや、ここまででっかくねぇだろ!?」
雲のつり橋の下から姿を現したのは、ニ十尺(≒六メートル)近くある巨大な水のかたまりだ。よく見れば足も六本ついている。
「あいつ七尺くらいだったぜ?」
「むかしのことでよく覚えていないのじゃよ」
言い終わらぬうちにつり橋の欄干へ飛び乗ったかと思うと、水の大蜘蛛へとひらりと舞い降りた。巨体の頭にちょこんと立って、
「鬼さんこーちら、手の鳴るほーうへ」
と歌いながら手をたたく。俺は雲を編んだ欄干から身を乗り出し、
「きみがそこに乗ってたら斬れないだろーっ」
と大きな声で返す。
「ぬしさまさきほど、攻撃の瞬間はつるぎが水に戻るのを見たじゃろ?」
あどけないしぐさでちょこんと首をかげる。「へたれてないで修行じゃ、修行じゃ!」
「へたれてねーよ」
俺は自分だけに聞こえる声で言った。「ったく、子供の姿で挑発しやがって」
ふところから紐を一本取り出すと、背中の翼にかかる銀髪をひとつにまとめて気合を入れる。つるぎを目前に掲げみつめると、その刀身が虹色に輝きだす。その途端、橋の下からものすごい速さで迫ってきた何かが、発光する刀身にからみついた。
「糸も使えるのかよ」
それは雲で撚った糸だった。雲なんざぁ水滴のかたまりのくせに、両手でつるぎを振ってもびくともしない。
「破っ!」
俺は気をはいた。つるぎに力を通すことを意図して。
蒸発するように糸が霧散したと思ったら、今度は大きな水のかたまりが飛んできた。
――結界!
反射的に張った結界にあたって水弾はただの水に戻った。
「ぬしさまーっ つるぎを使ってほしいのじゃー!」
だだっこのような声に橋の下を見れば、蜘蛛のうえでくもぎりちゃんが飛び跳ねながら叫んでいる。「つるぎがなくても、ぬしさまがじゅうぶん強いのは承知しておる。が、つるぎを振っているぬしさまを見たいのじゃ!」
俺は背中の羽を使って舞い上がると欄干をこえ、くもぎりちゃんの近くまで降下した。
「攻撃に転じろってぇことか?」
「それもあるが…… いまの水弾もつるぎを使って、はたき落としてほしかったのじゃ!」
わがままなガキのようにほっぺたをふくらませて、難易度の高い注文をつけてくる。すごい速さで迫りくるもん、こんなほっそい刀身にあてられるかよ。ンなこまけぇことするより結界張った方が確実だっつーの。
「訓練再開なのじゃ!」
それじゃ、
――結界。
水弾と雲糸を繰り出してくるが、どちらも結界にあたって散ってゆく。だが本物の土蜘蛛は炎弾を放つせいで結界越しにも熱が伝わってくるから、こんな簡単にはいかないはずだ。などと思っていたら――
「それなら特大じゃ!」
さけぶや否や、俺の全身を包み込む大波が襲いかかってきた。こんなものに当たったら結界ごとぶっとばされちまう。
「つるぎよ、目覚め給え!」
結界を解き、すべての気をつるぎに集中させる。いよいよ強い光を帯びたそれは、大波を割り、襲い来る触手のごとき糸をすべて薙ぎはらい、水で形成された巨大な蜘蛛に迫る。
「うわぁぁぁっ」
蜘蛛の上に立つ少女が大声でさけんだ。俺は背中の羽さえ動かさず、自然落下にまかせて落ちてゆく。
ばっしゃぁぁぁんっ!!
予想通り、つるぎは少女の頭上に触れた瞬間水にもどり、さらには巨大な蜘蛛までが形を失い俺たちははるか下の湖面に投げ出された。
「ぬしさまっ」
もみじのような小さな手が、俺の水かきのついた白い手をにぎったと思ったら、体がふわりと浮き上がった。羽ばたいてもいないのに俺は宙に浮いていた。
「ぬしさま、お強い! やはりわらわがあるじにと選んだお方なのじゃ」
水の城の正面で虚空に浮かんだまま、くもぎりちゃんは満面の笑みを浮かべて俺の胸に頬をよせた。春の空のようにやわらかい水色の髪をなでながら、
「ありがとな、修行につきあってくれて」
「現の国に戻っても、いまの感じを忘れずにわらわを使ってほしいのじゃ」
「やってみるよ」
実際の戦いでは空を飛べるわけではないが、土蜘蛛はこれほど大きくないし、惠簾の神通力に守られた玲萌や夕露の援護射撃も期待できる。たとえまた土蜘蛛が復活しても、やつの治癒能力を封じるというこの神剣があれば、勝算はじゅうぶんにある。
「ではぬしさま、そろそろ現の世へ」
くもぎりちゃんの衣がふうわりとたなびき、俺たちは雲のつり橋に降り立った。
くもぎりちゃんは人差し指をこめかみに当てると、記憶の糸をたぐりよせるように目を閉じた。
ざっばーん!!
「おわっ」
突然の水しぶきに思わず両腕を目の前に上げる。
「いや、ここまででっかくねぇだろ!?」
雲のつり橋の下から姿を現したのは、ニ十尺(≒六メートル)近くある巨大な水のかたまりだ。よく見れば足も六本ついている。
「あいつ七尺くらいだったぜ?」
「むかしのことでよく覚えていないのじゃよ」
言い終わらぬうちにつり橋の欄干へ飛び乗ったかと思うと、水の大蜘蛛へとひらりと舞い降りた。巨体の頭にちょこんと立って、
「鬼さんこーちら、手の鳴るほーうへ」
と歌いながら手をたたく。俺は雲を編んだ欄干から身を乗り出し、
「きみがそこに乗ってたら斬れないだろーっ」
と大きな声で返す。
「ぬしさまさきほど、攻撃の瞬間はつるぎが水に戻るのを見たじゃろ?」
あどけないしぐさでちょこんと首をかげる。「へたれてないで修行じゃ、修行じゃ!」
「へたれてねーよ」
俺は自分だけに聞こえる声で言った。「ったく、子供の姿で挑発しやがって」
ふところから紐を一本取り出すと、背中の翼にかかる銀髪をひとつにまとめて気合を入れる。つるぎを目前に掲げみつめると、その刀身が虹色に輝きだす。その途端、橋の下からものすごい速さで迫ってきた何かが、発光する刀身にからみついた。
「糸も使えるのかよ」
それは雲で撚った糸だった。雲なんざぁ水滴のかたまりのくせに、両手でつるぎを振ってもびくともしない。
「破っ!」
俺は気をはいた。つるぎに力を通すことを意図して。
蒸発するように糸が霧散したと思ったら、今度は大きな水のかたまりが飛んできた。
――結界!
反射的に張った結界にあたって水弾はただの水に戻った。
「ぬしさまーっ つるぎを使ってほしいのじゃー!」
だだっこのような声に橋の下を見れば、蜘蛛のうえでくもぎりちゃんが飛び跳ねながら叫んでいる。「つるぎがなくても、ぬしさまがじゅうぶん強いのは承知しておる。が、つるぎを振っているぬしさまを見たいのじゃ!」
俺は背中の羽を使って舞い上がると欄干をこえ、くもぎりちゃんの近くまで降下した。
「攻撃に転じろってぇことか?」
「それもあるが…… いまの水弾もつるぎを使って、はたき落としてほしかったのじゃ!」
わがままなガキのようにほっぺたをふくらませて、難易度の高い注文をつけてくる。すごい速さで迫りくるもん、こんなほっそい刀身にあてられるかよ。ンなこまけぇことするより結界張った方が確実だっつーの。
「訓練再開なのじゃ!」
それじゃ、
――結界。
水弾と雲糸を繰り出してくるが、どちらも結界にあたって散ってゆく。だが本物の土蜘蛛は炎弾を放つせいで結界越しにも熱が伝わってくるから、こんな簡単にはいかないはずだ。などと思っていたら――
「それなら特大じゃ!」
さけぶや否や、俺の全身を包み込む大波が襲いかかってきた。こんなものに当たったら結界ごとぶっとばされちまう。
「つるぎよ、目覚め給え!」
結界を解き、すべての気をつるぎに集中させる。いよいよ強い光を帯びたそれは、大波を割り、襲い来る触手のごとき糸をすべて薙ぎはらい、水で形成された巨大な蜘蛛に迫る。
「うわぁぁぁっ」
蜘蛛の上に立つ少女が大声でさけんだ。俺は背中の羽さえ動かさず、自然落下にまかせて落ちてゆく。
ばっしゃぁぁぁんっ!!
予想通り、つるぎは少女の頭上に触れた瞬間水にもどり、さらには巨大な蜘蛛までが形を失い俺たちははるか下の湖面に投げ出された。
「ぬしさまっ」
もみじのような小さな手が、俺の水かきのついた白い手をにぎったと思ったら、体がふわりと浮き上がった。羽ばたいてもいないのに俺は宙に浮いていた。
「ぬしさま、お強い! やはりわらわがあるじにと選んだお方なのじゃ」
水の城の正面で虚空に浮かんだまま、くもぎりちゃんは満面の笑みを浮かべて俺の胸に頬をよせた。春の空のようにやわらかい水色の髪をなでながら、
「ありがとな、修行につきあってくれて」
「現の国に戻っても、いまの感じを忘れずにわらわを使ってほしいのじゃ」
「やってみるよ」
実際の戦いでは空を飛べるわけではないが、土蜘蛛はこれほど大きくないし、惠簾の神通力に守られた玲萌や夕露の援護射撃も期待できる。たとえまた土蜘蛛が復活しても、やつの治癒能力を封じるというこの神剣があれば、勝算はじゅうぶんにある。
「ではぬしさま、そろそろ現の世へ」
くもぎりちゃんの衣がふうわりとたなびき、俺たちは雲のつり橋に降り立った。
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