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第53話、巫女の治癒術はキモチイイ!?
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生徒会室の戸を開けると、さきに来ていた夕露が笹団子をほおばる横で、生徒会長の凪留が書類になにやら書き込んでいる。
「夕露、凪留、おつかれ」
声をかけると顔を上げた凪留が、
「ああ樹葵くんたち。いま食べ物係の屋台申請に許可を出しているところです」
「それじゃあ橘さま、その間に治癒の術をおかけしましょうか?」
「ああ惠簾、頼むわ」
適当な座布団を引き寄せて座る。
「ここんとこ―― 足首からふくらはぎにかけてなんだけど……」
「あっ、傷になってますわね。それにしても雪のように白いうろこが整然と並んで美しい……はぁはぁ」
「ちょっ……惠簾、なんか鼻息荒いけどだいじょぶか?」
「な、なんてことありませんわ! このくらい」
口もとを片手でおおって惠簾は視線をそらした。が、その両眼はらんらんと輝いている。
「ひふみ よいむなや こともちろらね――」
歌うように祝詞をくちずさみ手のひらをかざすと、俺の脚がやわらかい光につつまれる。骨の中心からじんわりと発熱するように、傷ついた部分があたたまってゆく。
「治癒力を高めるために経絡の流れを整えていきましょう」
俺にはよくわからねえ専門的なことを言うと、細い指を俺の脚にすべらせた。くるぶしからゆるやかに、ひざのほうへ上がってゆくやさしい手の感触に、寝てしまいそうになる。ひざまわりをほぐしていた指が、するりと上へ移動する。
「あっ、惠簾、もうそのへんでいいよ……」
「遠慮なさらないでくださいまし。ささ、お体をらくになさって――」
なめらかな手のひらが内ももをすべる気持ちよさに、腰のあたりがゾクゾクする。なおも足の付け根へと迫ってくる指先に、
「そんなとこっ、ちょっ…… やめ――」
つい声が高くなる。長半纏のすそをおろして惠簾の手をはばんだ。
「これは治療のために必要なことですから。鼠径部をほぐすことが肝要ですのよ」
そ、そけいぶ? ってどこだっけ?? 惠簾の声は冷静なままだ。とにかく落ち着け俺。ここで彼女の調子に流されちゃいけねえ。俺は半纏のすそを片手でおさえたまま惠簾の耳元に口を近づけた。「こういうこたぁ二人っきりのときにしてぇもんだぜ」
「うふっ、空き教室に移動します?」
ささやき返した惠簾の声が聞こえたのか、玲萌が勢いよく立ち上がった。
「ちょっとそこぉっ! さっきからなにやってんのよ!?」
まだナニはしてないぜ、とふざけようと振り返った俺は口を閉じた。玲萌がめちゃくちゃ怖い顔してやがる。となりの凪留は書類を凝視するふりしてかたまっている。向かいの夕露は―― まだ笹団子に夢中だった。
「ケガしたのはふくらはぎなのに、なんでそんな上の方までまさぐってるのよ!?」
まさぐってるって表現やめろ。
惠簾はこれっぽっちも動じず、ふんわりとした笑みを浮かべた。「玲萌さんもこちらにいらっしゃいな。いっしょにかわいらしい龍神さまをあがめましょうよ」
「それいいわね」
乗っかるな。
「――じゃなぁぁぁい!」
自分でツッコミ入れる玲萌。「惠簾ちゃんあんたね、龍神さまとかうまいこと言ってるけど、人ならぬ姿をしている彼の中身が普通の男の子だって分かってやってるでしょ!?」
「それを言うのでしたら、わたくしだって巫女装束に身を包み、千年に一度の神通力ともてはやされても、中身は普通の女の子ですわ」
「…………」
玲萌は沈黙した。教室の中に、夕露が笹団子を食べる音だけが響く。いつまで食ってんだあいつは。
「わたくしは幼いころ、自分の一生は神様に捧げると決めましたから、いつも周りの女の子たちをバカにしていたのです。まさか自分がそのうち、年頃の娘になるなんて想像もせずに」
巫女の神通力は神様から愛されているゆえのもので、現実の男との婚姻により処女性を失うと弱まるという説を聞いたことがある。魔力の場合そんな制限はないので事実かどうか怪しいと思うのだが、微妙な話題なので男の俺からは訊きにくい。
玲萌はめずらしく、うまい言葉を探せずに戸惑っているようだ。
「あー玲萌、とりあえずあんたもこっちに来て座りねえ」
立ち尽くす玲萌がかわいそうになって、右手でたたみをぽんぽんとたたく。玲萌は素直にやってくると、ちょこんと正座した。俺は足を投げ出して座っているせいで玲萌の方が座高が高くなる。着物のすそをつかんだ左手はしっかり防御したまま、右手で玲萌の肩を引き寄せようとすると、彼女は俺の頭を自分の胸にかき抱いた。
「樹葵、たいしたケガしなくてよかった。絶対きみが勝つって信じてたけど、ほんのちょっとだけ怖かったの」
さっきまで鬼の形相だったのに、いまや泣きそうな声を出す玲萌が、やっぱりいとおしくなる。襟元から甘い香りが匂い立つ。――のだが彼女やせっぽちなので、鼻先が胸に触れそうで触れないなあ。
惠簾が、ふふっと笑ったのが聞こえた。
「玲萌さん安心してくださいね。わたくし、小さい頃からの夢を捨てるつもりはありませんから」
「えっ、安心って!? いや、ん、なんで!?」
挙動不審になる玲萌。
凪留が大きなため息をついて、
「毎年恒例の屋台申請は僕ひとりで許可を出しました。これからみなさんと各専攻の出し物申請の許可もしくは却下について話し合っていきたいのですが?」
と、生徒会長らしく場をまとめた。
「夕露、凪留、おつかれ」
声をかけると顔を上げた凪留が、
「ああ樹葵くんたち。いま食べ物係の屋台申請に許可を出しているところです」
「それじゃあ橘さま、その間に治癒の術をおかけしましょうか?」
「ああ惠簾、頼むわ」
適当な座布団を引き寄せて座る。
「ここんとこ―― 足首からふくらはぎにかけてなんだけど……」
「あっ、傷になってますわね。それにしても雪のように白いうろこが整然と並んで美しい……はぁはぁ」
「ちょっ……惠簾、なんか鼻息荒いけどだいじょぶか?」
「な、なんてことありませんわ! このくらい」
口もとを片手でおおって惠簾は視線をそらした。が、その両眼はらんらんと輝いている。
「ひふみ よいむなや こともちろらね――」
歌うように祝詞をくちずさみ手のひらをかざすと、俺の脚がやわらかい光につつまれる。骨の中心からじんわりと発熱するように、傷ついた部分があたたまってゆく。
「治癒力を高めるために経絡の流れを整えていきましょう」
俺にはよくわからねえ専門的なことを言うと、細い指を俺の脚にすべらせた。くるぶしからゆるやかに、ひざのほうへ上がってゆくやさしい手の感触に、寝てしまいそうになる。ひざまわりをほぐしていた指が、するりと上へ移動する。
「あっ、惠簾、もうそのへんでいいよ……」
「遠慮なさらないでくださいまし。ささ、お体をらくになさって――」
なめらかな手のひらが内ももをすべる気持ちよさに、腰のあたりがゾクゾクする。なおも足の付け根へと迫ってくる指先に、
「そんなとこっ、ちょっ…… やめ――」
つい声が高くなる。長半纏のすそをおろして惠簾の手をはばんだ。
「これは治療のために必要なことですから。鼠径部をほぐすことが肝要ですのよ」
そ、そけいぶ? ってどこだっけ?? 惠簾の声は冷静なままだ。とにかく落ち着け俺。ここで彼女の調子に流されちゃいけねえ。俺は半纏のすそを片手でおさえたまま惠簾の耳元に口を近づけた。「こういうこたぁ二人っきりのときにしてぇもんだぜ」
「うふっ、空き教室に移動します?」
ささやき返した惠簾の声が聞こえたのか、玲萌が勢いよく立ち上がった。
「ちょっとそこぉっ! さっきからなにやってんのよ!?」
まだナニはしてないぜ、とふざけようと振り返った俺は口を閉じた。玲萌がめちゃくちゃ怖い顔してやがる。となりの凪留は書類を凝視するふりしてかたまっている。向かいの夕露は―― まだ笹団子に夢中だった。
「ケガしたのはふくらはぎなのに、なんでそんな上の方までまさぐってるのよ!?」
まさぐってるって表現やめろ。
惠簾はこれっぽっちも動じず、ふんわりとした笑みを浮かべた。「玲萌さんもこちらにいらっしゃいな。いっしょにかわいらしい龍神さまをあがめましょうよ」
「それいいわね」
乗っかるな。
「――じゃなぁぁぁい!」
自分でツッコミ入れる玲萌。「惠簾ちゃんあんたね、龍神さまとかうまいこと言ってるけど、人ならぬ姿をしている彼の中身が普通の男の子だって分かってやってるでしょ!?」
「それを言うのでしたら、わたくしだって巫女装束に身を包み、千年に一度の神通力ともてはやされても、中身は普通の女の子ですわ」
「…………」
玲萌は沈黙した。教室の中に、夕露が笹団子を食べる音だけが響く。いつまで食ってんだあいつは。
「わたくしは幼いころ、自分の一生は神様に捧げると決めましたから、いつも周りの女の子たちをバカにしていたのです。まさか自分がそのうち、年頃の娘になるなんて想像もせずに」
巫女の神通力は神様から愛されているゆえのもので、現実の男との婚姻により処女性を失うと弱まるという説を聞いたことがある。魔力の場合そんな制限はないので事実かどうか怪しいと思うのだが、微妙な話題なので男の俺からは訊きにくい。
玲萌はめずらしく、うまい言葉を探せずに戸惑っているようだ。
「あー玲萌、とりあえずあんたもこっちに来て座りねえ」
立ち尽くす玲萌がかわいそうになって、右手でたたみをぽんぽんとたたく。玲萌は素直にやってくると、ちょこんと正座した。俺は足を投げ出して座っているせいで玲萌の方が座高が高くなる。着物のすそをつかんだ左手はしっかり防御したまま、右手で玲萌の肩を引き寄せようとすると、彼女は俺の頭を自分の胸にかき抱いた。
「樹葵、たいしたケガしなくてよかった。絶対きみが勝つって信じてたけど、ほんのちょっとだけ怖かったの」
さっきまで鬼の形相だったのに、いまや泣きそうな声を出す玲萌が、やっぱりいとおしくなる。襟元から甘い香りが匂い立つ。――のだが彼女やせっぽちなので、鼻先が胸に触れそうで触れないなあ。
惠簾が、ふふっと笑ったのが聞こえた。
「玲萌さん安心してくださいね。わたくし、小さい頃からの夢を捨てるつもりはありませんから」
「えっ、安心って!? いや、ん、なんで!?」
挙動不審になる玲萌。
凪留が大きなため息をついて、
「毎年恒例の屋台申請は僕ひとりで許可を出しました。これからみなさんと各専攻の出し物申請の許可もしくは却下について話し合っていきたいのですが?」
と、生徒会長らしく場をまとめた。
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