30 / 36
30. 代償
しおりを挟む金色の髪の女を、メイヴィスはとっくに見失っていた。森へ入ってから数十分は経っている。流石に走り続けることはできないので、今はゆっくりと木の下を歩いている。
森の奥は日当たりが悪く、日陰が多い。そのおかげでまだ動くこともできるが、後のことなど何も考えずに飛び出してきたメイヴィスが、帰り道などわかるはずもなく。
「無謀すぎたわ……クリスタ様も見失うし」
あれが本当にクリスタだったのか、確信はない。だが確かにあの瞬間、誰かがそこにいたのだ。
方向もわからぬまま歩いていると、太陽がよく当たる開けた場所が見えた。そこには大樹が立ち、葉が風に揺れている。
「クリスタ様?」
その前に誰かが立っていた。後ろ姿だが、髪型は間違いなくクリスタのものであった。落馬して治療を受けているはずの彼女がなぜ、たった一人でこんな森の奥にいるのか。メイヴィスは理解に苦しんだ。
クリスタはじっと大樹を見上げ、やがて離れた。声をかけるなら今だと、メイヴィスは口を開く。
「クリスタ、さ……?」
突然、体の力が抜けた。声も最後まで音にならず途切れ、メイヴィスは受け身も取れずに地面に倒れる。クリスタはメイヴィスの声が聞こえていなかったのか、そのまま立ち去ってしまった。
メイヴィスはしばらく動けずにいた。手足に力が入らない。起き上がりたいのに、起き上がれない。意識はあるのに、何もできない。
どうしてこんなことに、とメイヴィスは考える。が、答えは出ない。
「動くなって言ったのに動き回るから、体が限界を迎えたんだよ。ったく、何してんだよ」
置いてきたはずの精霊の声がした。コーディはどこからともなく現れ、倒れて身動きの取れないメイヴィスの顔を覗き見る。
「こっ」
「喋るな喋るな。熱出すぞ」
ふとコーディの視線がメイヴィスから外れる。そして目を見開いたかと思うと、コーディは飛び退いた。
「……?」
頭の横で草を踏み締める音がした。コーディのものではない。誰かがいる。
首どころか目も動かせないメイヴィスは、身構えた。誰かの靴が目の前に降ってきて、次に膝が地面をついた。
「そなたはここで何をしている」
いつぞやの時も同じセリフを聞いたような、とメイヴィスは思った。倒れていることについては特に疑問はないらしい。
(クリスタ様の姿が消えて、慌てて追いかけてきた、と)
「……」
クリスタのことを伝えようと口を開くが、声が出ない。サイラスはため息をついて、メイヴィスの体と地面の間に腕を滑り込ませた。
浮遊感に気持ち悪さを覚えたメイヴィスは、抵抗せずに目を閉じる。サイラスは抱えたメイヴィスを大樹の下まで運んでやった。葉の茂った木陰は涼しく感じられ、ややパニックに陥ったメイヴィスの気持ちを落ち着かせた。
乱れた息を整え、飛びそうな意識を掴みながら、メイヴィスは再び口を開く。その数分間、サイラスは何も言わずにメイヴィスを見守っていた。
「クリスタ様が、あちらへ」
ここでようやく体が動いてくれたので、クリスタが消えた方を指差す。サイラスはそちらをチラリと見た後メイヴィスに視線を戻した。
「殿下がいらしたのなら、私は先に、戻ります。クリスタ様を、どうかよろしく、お願いします」
できる限り頭を下げ、視界に見えるサイラスの靴がそのまま立ち去るのを待つ。しかし、いつまで経っても去る気配はなかった。
不思議に思って顔をあげると、サイラスが突然メイヴィスの足を掴んだ。メイヴィスを睨みつけている。
「これは?」
少し持ち上げられた足は、裸足で歩いてきたことで出血していた。道は草が生えている場所だけではない。日の届かない小径は小石だらけで、草を掠ったかすり傷だけではなく、足裏も傷ができていた。痛みがなかったせいで気が付かなかったのだ。だが、咎めるほどでもない。
「これは、慌てて飛び出してきたので」
そこで初めてメイヴィスはサイラスに抵抗し、足をスカートの下に隠す。
「お見苦しいものをお見せして、申し訳ありません。私は一人で戻れますので、早くクリスタ様を」
それでもサイラスはじっとメイヴィスを見つめ続けている。だが、これ以上話すことは何もない。
視線が痛いメイヴィスは何とか立ち上がって、帰り道であろう方角へ駆け出す。そうして、無理矢理会話を終わらせた。
「侯爵令嬢、また倒れるぞ」
サイラスの視界から外れる場所まで足早に歩いていると、胸元から声が聞こえた。
「あなた……どこにいるの?」
足を止めて細木に捕まり、尋ねる。胸元が光り、コーディが現れた。
「うわっ、一体どこから」
「ブローチだよ。さっき触った時に細工を施した」
さらりととんでもないことを宣う精霊に、メイヴィスはついていけない。
「ただこのブローチ、王家のものってだけあって意識移すので精一杯! 術なんか使えそうにない」
オルティエの初代女王が『男が触れると災いをもたらす』と残した言葉と何か関係があるのだろうか。
(コーディは人間じゃないけど、男にカウントされるのかな?)
女王の意向はメイヴィスには推し測れない。
「じゃあ、帰り道もわからない?」
「……そうだな。この森、複雑で道なんか覚えられん」
詰みだ。だが、メイヴィスは一人きりではないことに安堵していた。
「ごめん」
「謝るのは私の方よ。無計画に飛び出して、あなたを巻き込んだ」
「お前のせいだなんて思ってねえよ。一人にしておけなかったんだ」
「それでも、追いかけてきてくれて、ありがとう。私、あなたのおかげで寂しくないわ」
「……そうかい」
出会った当初、コーディは退屈だと不満を漏らしていた。そしてメイヴィスは、次の主人に願いを託せと返した。コーディにとって、メイヴィスは友人となったが、その生死は心底どうでもいいはずだ。メイヴィスがいなくなったところで、コーディも消えるわけではない。
だが、コーディは術が使えなくなってもメイヴィスを追いかけてきてくれた。その事実が、メイヴィスには嬉しかったのだ。コーディ本人が後悔していたとしても。
「喉が渇いたから、早く戻りたいわ」
「侯爵令嬢~、痛みがないからって動き回るなよ~」
メイヴィスは足元を見る。微々たるものではあるが、歩いてきた道に血痕が残されていた。
「痛くないって、素敵ね」
「答えになってねえよぉ……」
苦しくないわけではない。が、痛みを感じないというだけでメイヴィスの心は救われていた。
38
あなたにおすすめの小説
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
金の羊亭へようこそ! 〝元〟聖女様の宿屋経営物語
紗々置 遼嘉
ファンタジー
アルシャインは真面目な聖女だった。
しかし、神聖力が枯渇して〝偽聖女〟と罵られて国を追い出された。
郊外に館を貰ったアルシャインは、護衛騎士を付けられた。
そして、そこが酒場兼宿屋だと分かると、復活させようと決意した。
そこには戦争孤児もいて、アルシャインはその子達を養うと決める。
アルシャインの食事処兼、宿屋経営の夢がどんどん形になっていく。
そして、孤児達の成長と日常、たまに恋愛がある物語である。
まあ、いいか
棗
ファンタジー
ポンコツ令嬢ジューリアがそう思えるのは尊き人外である彼のお陰。
彼がいれば毎日は楽しく過ごせる。
※「殿下が好きなのは私だった」「強い祝福が原因だった」と同じ世界観です。
※なろうさんにも公開しています。
※2023/5/27連載版開始します。短編とはかなり内容が異なります。
※2026/01/08ジャンル変更しました。
【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります
すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。
なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!
冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。
ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。
そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
私たちの離婚幸福論
桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。
しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。
彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。
信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。
だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。
それは救済か、あるいは——
真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる