精霊王の番

為世

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第二章 神の手に阻まれる幼き日の夢

第54話

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「やった、みてぇだな」
「うむ。 その様じゃ」

 アイビス達の戦いを遠巻きに見ていたローブスが呟き、フーズがそれに頷く。

「……凄まじいの」
「あぁ。 俺も砂漠を旅した経験はそこそこあるつもりだが、あれ程の霊獣を見るのは初めてだ。 何と言うか、とにかくヤバかったな」

 ローブスは強力な霊獣に対する衝撃から、語彙力を失っていた。

「それもそうじゃが、ううむ。 あの若者、凄まじい実力じゃった」

 フーズは感嘆の声を漏らす。彼がアイビスの戦闘を見るのは、これが初めてである。アイビスは表立って賊との戦闘にも加わらなかった上に、村人の前で守護霊を出す事もしなかった。故郷の街ですら近しい人間にしかその姿を見せていなかったのだから、当然と言えば当然である。

「あぁ。 アイツは霊獣狩りのスペシャリストなのさ。 だから負けるこたねぇと思ってたが、ヒヤヒヤしたぜ」

 ローブスはフーズに、仲間の素性などは伝えていない。アイビスは当然それを嫌ったし、フーズ自身が求めなかったためである。だから敢えてボカした説明を加えた。

「黒い守護霊とはのぉ」

 フーズはアイビスとその守護霊の異質さに驚いていた。それは、初めて見るものに対するそれではなく、極めて珍しいものを目にした時のそれであるとローブスは読み取った。

「悪いが、フーズ。 詮索はするな」
「うむ。 心得ておるよ。 お主らの背景については問うまい」

 ローブスはこのフーズに対し、少なくない信頼を寄せていた。だからこそ、彼の言葉が嘘ではないと理解出来た。

「ありがとよ。 したら、フーズ。 村人を集めてくれ。 素材を回収しよう」
「そうするかの、ケイト。 大人達を呼んで来てくれんか」
「は、はい」

 ケイトは新手の霊獣が現れてからというもの、ただ呆然と景色を眺めているだけであった。優れた霊視能力を持たない彼には、戦闘の様子すらまともに見えていなかったであろう。ただ霊獣の強さ、その恐ろしさだけが彼の脳裏に焼き付いていた。

 放心状態であった彼は、フーズの言葉で気を取り直し、村へと駆け出していった。

「俺はアイツらを迎えに行く。 ハルは歩けそうに無いからな。 悪いが、フーズはここに居てくれ」
「うむ」

 そう言葉を残し、ローブスは仲間の元へと歩き出した。

「……背後に付き従い、精霊の行使に伴ってのみ宿主の前に出るのが本来の守護霊であるはずじゃ」

 フーズは今見た景色と自身の知識を照らし合わせていく。

「何ものにも染まらぬ漆黒の肌。 雌雄合わせ鏡の様に並び立つその姿。 ううむ……」

 そして、自身の見出した結論を口にする。

「あれが神話に語り継がれる、”精霊王の番”、……という事じゃろうか」



「今度こそお別れだ、フーズ。 世話になったな」
「いや、礼を言うのはこちらの方じゃよ。 賊も霊獣も、討ち払ったのはお主達じゃ。 一度ならず二度までも、誠にありがとうの」

 ローブスは二度目の別れの挨拶を村の指導者に告げる。

 砂漠に積み上げられた霊獣の骸の山、”肉の壁”は既に村人によって回収され、取り払われていた。
 戦いの痕跡として残っているのは、そこかしこに散らばった骸の残りかすと砂に沁みた血の跡、そして間隔を開けて聳える大中小三本の木のみである。

「おい! お前ら!」

 旅立ちを控えた一行のもとに、一人の男が走り寄る。

「おう、ケイトか。 村人集め、ありがとな」
「……こっちこそ、ありがとう」

 ローブスの礼に対し、ケイトは呟きで答える。

「最初会った時は、その、悪かったな。 アンタらのおかげで村は生き残った」
「別に、俺達のおかげって訳じゃないさ」

 ローブスは微笑みの表情で応える。

「賊の時はお前も戦っただろ?」

 ケイトは賊との戦いに加わっていた。弟を傷つけられた恨みもあったのだろう、実力で見れば明らかに格上の賊に対して臆す事なく向かっていった。

「いや、それでも何も出来なかった」

 ケイトの言葉は事実である。彼が奮戦したところで、せいぜい時間稼ぎが関の山だっただろう。カルロ、そしてハルが参戦しなければ彼の命は無かったはずである。

「だから、礼を言わせて欲しい。 ありがとう」

 言って、ケイトは深々と頭を下げた。

「そうか。 ……じゃあ俺達は行くぜ」
「待てローブス」
「なんだアイビス、忘れもんか?」

 その言葉にアイビスは待ったをかけた。

 アイビスはカルロと共に、霊獣の素材を荷車に積み込む作業をしていた。それが片付いたのか、フーズ達のもとに来て会話に割って入ったのだった。

「出る前に話しておくべき奴が居る」
「他に挨拶のいる奴なんか居たか? ……まぁ仕方ねぇ。 それなら俺も同行しよう」
「いや、良い」

 ローブスはアイビスの表情から何かを察し、同行を申し出る。しかし、アイビスはそれを断った。何か考えがあるのだろう、そうローブスは思い、頷く。

「わかった。 ここで待てば良いか?」
「あぁ。 そうしてくれ」

 言って、アイビスは歩き出す。砂漠において、場違いな程青々とした緑を目指して。



「やぁ奇遇だね、また会うなんて」

 白髪の青年はそう言って手を振る。彼は初めて会った時と同様に、砂漠に似合わない緑を日傘に読書をしていた。

「そうか。 俺はまた会うだろうと思ってたけどな」
「へぇ。 それは君の”霊占”ってやつかな?」

───バリッ
「誤魔化すなよ」

 アイビスは漆黒の守護霊を傍に召喚し、白髪の青年に詰め寄る。

「ネタバラシだ。 手短に答えろ」
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