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孤児院編

027 今日もどこかで企みを

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「公妃殿下。急な面会に応じて頂き、ありがとうございます」

 この国で最も権威のある建物の中で、一目見ても美しいとハッキリと断言出来る程の女性が、一室に入ると共に挨拶をする。

 挨拶の相手は、公妃。コールウィン公国で現在2番目に権力を持っている人物だ。

「サフィーア。今日は私的な用で伺いたいと聞きました。ここはわたくしの私室です。昔どおりに話しなさい」

「はい。お姉様」

 互いに挨拶を済ませた2人は、姉妹という間柄のせいか、とても良く似ている。
 透き通るように白い肌。長くても整えられた髪は、美しい以外の表現が出来ないほどであった。

「今日の用向きを聞きましょう」

 姉妹という間柄であっても、片や公妃。片や公爵夫人という立場の為か、一般的な姉妹の物言いとは些か違う。

「第1公子を廃する為に用意した娘の選別が確定しました」

「そう、意外に早かったわね」

「はい。本日、案の提案者と直接接触をして貰い、提案者から合格のお言葉を頂きました」

「前に聞いた時よりも、協力的な方のようですね」

 話題に出ていた第1公子という人物は、公妃の実子に当たる。
 自分の息子を廃する計画を企てる母親である公妃に、戸惑いの様子は見られず、淡々と話が進む。

「機会があったので、ご本人には無断で面会頂きましたが、その男性を誑かす手腕と共に、見抜かれてしまいました」

「その上で、合格とおっしゃったというわけですね」

「はい。お姉様」

「サフィーアの言うとおり、とても頭の良い方のようですね」

 今まで無感情のような声色だった会話が、ここに来て少し様子を変える。

「一度、ご本人にお会いする事は出来るかしら? この美容薬のお礼もしたい事ですし」

「お姉様。それは難しいと思います。本人に権力欲もなく、一般男性のような女性に対する欲望もありません。その為か、権力を持つ者とは距離をおこうとされております」

「それは、無理やり呼びつけると姿を消す恐れがあるという事かしら?」

「はい。金銭に関しても、いくら与えても必要最低限しか消費致しませんので、搦め手を使って呼びつけるのも難しいでしょう」

 部屋に溜息の声だけが響く。

「お会いするのは諦めるとして、計画の方は進めて構わないわ」

「はい。学園が始まる残り2ヶ月の間は、候補者たちの教育に努めます」

「ふふふっ。公妃教育よりも楽しそうね」

「そうですね。甥を篭絡させる相手を教育する事になるなんて、思ってもみませんでしたわ」

 微笑み合う2人の様子で、話の本題が終わったのだと分かる。

「それでお姉様の御用とは、どのような事でしょう?」

「話にありました案の提案者に、妹がいらっしゃったというお話を聞いた事があると思うのですが、その者について確認をしたいと思いまして」

「はい。確かマーガレットという名前です」

「あら。可愛らしいお名前ね」

 2人は世間話をするような口調だが、表情は互いに引き締めているのがその部屋の空気で分かる。

「ふぅ。これはまだお兄様にも内緒にして欲しいことなのですが………」

 そう前置きをした上で、公妃が口を開く。

「この首都の周辺で、10日ほど前から魔物被害が確認されなくなりました」

「………それは、話題に出たマーガレットという娘が『聖女』の可能性が高いという事でしょうか?」

「恐らくは」

 短い会話のやりとりで、再び部屋に沈黙が訪れる。

「最初は兄のクロムウェルが『聖人』と疑いを持っておりましたが、魔法が使えるという事で疑いが消えました」

「確かに聖女の雫の栽培の可能な人物であれば、疑い程度はお持ちになるとは思いますが………」

「貴女には内緒にしておりましたが、わたくしも聖女の雫を種から秘密裏に栽培を始めました」

「………それで、芽すら出なかったという事ですか?」

「えぇ。オルフォース公爵家と同じ結果と捉えて頂いて間違いないわ」

 姉妹と言えど、立場の違いがあり、互いにこの程度は許容の範囲のようで、特に重苦しい空気にはならなかった。

「確かにそれでしたら、栽培している本人が『聖人』である事は考えられますね。わたくしは、人柄を聞いていましたので、その考えには至りませんでした」

「歴代の『聖人』は女性にだらしない方々ばかりでしたからね。それも仕方がないと思います」

 2人は自身の容姿のせいで、男性たちから向けられていた視線を思い出して、身震いをする。

「ご本人は、誠実な方であるのは間違いありませんわ。まあ、年頃の男性特有の感情はお持ちのようでしたが、自身を律する強い心もお持ちでした」

「サフィーアがそう評価するなんて、珍しいわね」

「えぇ。私たちの旦那様と違って女性にだらしない方ではありませんね」

 今度はお互いの夫の事を思い出したのか、また2人で楽しそうに微笑み合う。

「話を戻しますが、兄のクロムウェルは成人して魔法が使えるという事は、教会で成人の儀を行なったという事です」

「はい。お姉様。その状況であれば、アメジスト教が『聖人』である事を見逃さないという事ですね」

「そうです。そして、マーガレットの方は、成人しておりません。年齢的にも『聖女』として、既に覚醒して聖女の雫の栽培に影響を表していると考えています」

 公爵夫人は、話を聞いて思案を重ねている。公妃はそんな妹を黙って見つめ、静かな時間が流れる。

「お姉様。マーガレットを取り込もうという事でしたら、難しいと思われます」

「それはどうしてかしら?」

「妹のマーガレットは、なんというか、私たちのお兄様と同じように兄妹に並々ならない愛情をお持ちの様子だと、うちの執事長が申しておりました」

「そ、それは、確かに取り込むのは難しそうね」

 今までは、余裕を持った態度だった公妃が、初めてその態度を崩す。

「まだ『聖女』と決まったわけではございませんので、とりあえず護衛の数を増やしましょう」

「えぇ。お願いしますわ。あの兄妹の価値は聖女の雫がある限り、他に変えられない価値がありますから」

「………お姉様。それはアメジスト教との交渉が成立がしたと思って宜しいのですか?」

「アメジスト教は司教を我が国に派遣して下さる事を決定して下さいました。これで我が国と共和国の力関係が一気に我が国へ傾く事になるでしょう」 

 公妃の言った言葉の意味を正しく理解した公爵夫人は、姉妹同士ではない、貴族の顔で微笑む。

「これで、我が国の跡継ぎがまともな方に決まれば、共和国を切り崩す事も出来ますわね。公妃殿下」

「えぇ、だからこそ、何としても馬鹿息子を舞台から引き摺り降ろすように力を貸して頂戴。くれぐれも、孤児院についても宜しくね。オルフォース公爵夫人」

 お互いの立場と役目を再確認した2人は、また姉妹の仮面を捨てて、互いの日常へ戻っていった………。



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「へっくしゅん!」

「奥様。ここにいて何かあっては大変でございます。すぐにお部屋へお戻り下さい」

 既に何度も見かけるようになったロック2号が余計な事を言って、ベティによって外へ放り出され、それを毎回、私によって回収されている。
 今回は、偶々、ロック2号が、母の前を通過したタイミングでくしゃみをしてしまった。

 当然、マリーが母を退避させる。

 ………前に見た事のあるようなシチュエーションだ。

「クロム様。お手数ですが、その駄犬をもう一度外へ捨てて来て頂けますでしょうか?」

 いや、違った。前よりも悪化している。

「マリー。部屋にカギを掛けて放り込んでおく事で許してくれないか?」

 そんな会話を聞いて震えているロック2号を、新しい家族たちが揃って残念なものを見るような目で見ていた。

 他のみんなは既にマリーの怖さを理解しているぞ?
 当然、その事を理解出来ないロック2号の立場は、孤児院内の序列は最下層に位置している。

 そんなロック2号を部屋の中に放り込んだ私は思った。


 ヘタレはマリーを怒らせないと気がすまない呪いでも掛かっているのか? と………。

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