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15.幼馴染のケアリー

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店内にカランとベルの音が響き、綺麗な亜麻色の長い髪を三つ編みにした女の子が店内に入ってきた。腕には大きめの籠を持っている。

「ママ、今日の分の配達が終わったわ」

「ケアリー、お帰りなさい。ロビーが来てるわよ」

どうやらマーフィー夫人の娘のようだ。
少女はパッと此方を振り向くと、急ぎ足でロバートの側へと近付く。

外の空気が冷たいせいかしら? 
少女の頬は愛らしい薄桃色に染まっている。

「ロビー、来てたのね!  今日は休みじゃなかったの?」

「いや、今日は仕事で来たんじゃないんだ。 ケアリー、ちょうど良かった。
彼女はカサンドラ。『丘の上の天使』。
カサンドラ、この子はケアリー・マーフィー。僕の幼馴染みなんだよ」

いい加減、そのおかしな噂を持ち出すのは止めにして欲しい。

思わず眉を潜めそうになったが、分別を働かせたカサンドラは何時もの如くにっこりと微笑んだ。
そして今日一日でもう何度目かも分からない程に繰り返した挨拶をする。
まるで社交パーティーのようだ。これが最後の挨拶である事を願いたい。

「初めまして、カサンドラですわ」

「ケアリー・マーフィーです‥‥」

私よりも幾分か背丈が低いので最初は幼い少女かとも思ったが、しっかりした物言いや大人びた表情から見るに、私と同じくらいの年齢かもしれない。

カサンドラはこの地で女性の友達が出来るかもしれないと喜びで胸を高鳴らせ、そしてすぐに唇を噛んで自分を戒めた。

違うわ。私は友達を作る為に此処へ来た訳じゃないでしょう。
誰の手も借りない。そう決めたじゃないの!

どことなくケアリーもこの状況に戸惑っている様子だったが、それでも彼女は礼儀正しくカサンドラに微笑んで見せた。

「カサンドラ、会えて嬉しいわ。ぜひ話してみたいと思ってたの。
あのゴーストハウスに住んでるって本当?」

「ケアリー!!」

「ゴーストハウスって?」

思わず口を滑らせたらしきケアリーをロバートが慌てて遮るが、カサンドラにはしっかりと聞こえていた。とても興味深い内容だ。

「そうよ。あのお屋敷は昔からそう言い伝えられてるの」

「姿を見た人は居るのかしら?」

「さぁ‥、それは聞いた事無いわ‥。
でも、嵐の日にはゴーストの怒りの叫びが聞こえたって言う人も居るんだから」

私と言い合いをしている時って、ロイスの声が外に聞こえて居るのかしら?

‥‥‥今更気が付いたけれど、私は屋敷で独り言を話し続けているように見えるって事?

「なんて恐ろしいのかしら‥‥」

「全部言い伝えだよ。 きっと風の音と聞き間違えたんだ。
ケアリー、わざと恐がらせる言い方をしちゃダメだろ」

「興味が湧いちゃったんだもの。それに大して恐くないでしょ」

ロバートに嗜められたケアリーは軽く肩を竦めるだけで小言を受け流す。
幼馴染み同士、本当に仲が良さそうだ。 気心知れた穏やかな雰囲気が感じられる。

「そもそもあの屋敷には、もう長い間人が住んでいないらしいんだ。
そんなに年月が経っていたらゴーストだって流石に消えてるさ」

いいえ、今も居るわよ。やかましいゴーストが一人だけ。

そう話しているとマーフィー夫人の呼ぶ声がし、包んで貰ったパンとお菓子を受け取った。

「それじゃあまたね、カサンドラ。ジンジャーブレッドが気に入ったなら、クリスマスまでに来るのよ!」

「えぇ、そうしますわ。どうもありがとう」

マーフィー夫人とケアリーに挨拶をして店を出ると、私が抱えていた包みをロバートが持ってくれた。

「他に必要な物は?」

「えぇと‥‥、もう全て揃ったと思うわ」

「それは良かった。 屋敷に戻る前に僕の家へ寄ってお茶を飲んでってよ」

「どうもありがとう。 でも私‥‥」

「エミリーがカサンドラに会いたがってるんだ。 妹は随分と君の事が好きらしい」

「まぁ、本当に?  嬉しいわ」

昔からカサンドラには同年代か年上の友人が多いので、年の離れたエミリーと過ごすのはとても新鮮で楽しかった。
それにエミリーも私も本を読むのが好きなので、読んだ物語について議論を始めてしまうとお互い夢中になってしまう。


「君は人を惹き付ける天才みたいだよ」

「えっ?」

「君を知ったら、好きにならずには居られないんだろうね」

「なんの話をしているの?」

カサンドラには意味が分からず眉を潜めた。そんな私の様子を見てロバートはいたずらっぽく笑うと、また私の手を取って自分の腕に掛けさせる。

「いいんだ、気にしないで。町の人はみな君に夢中ってだけさ」

「好かれているようには見えないけれど」

「気付いていないかもしれないけど、皆カサンドラに視線が釘付けだったよ」

「貴方の考え過ぎじゃないかしら」

私にという訳ではなくて、他所者がどんな人間か見極めようとしているだけだろう。

今日これほど頑張って愛想よくににこやかに沢山挨拶をこなしたのだから、少しは『挨拶にも来ない礼儀知らず』という汚名はすすがれていると良いけれど




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