浮気な証拠を掴み取れ

望月 或

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8.物申すと決めました

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 生徒会長に引き摺られてホテルに向かっている間、私はつい先程起こった怒濤の展開についていけずに固まっている頭を回復させる為に、今日一日をゆっくりと思い返してみた。



 朝起きて、ご飯を食べて変装をして。
 母に化粧を手解きして貰って。
 虎次郎の言動がいちいち可愛くて。もう本当に可愛くて。
 家を出たら春友にバッタリ出くわしてしまって。
 一緒に生徒会長達を尾行することになって。
 あんパンを奢って貰って映画館に入って……あ! 私の分のチケット、春友に払って貰ったままだった! 後日、返しに行こう……。

 ……それでえっと、映画が終わってホテル街に向かって……そう、春友がいきなりヘンなことを言ってきたんだ。今まで私に対して女扱いなんて全然してこなかったのに。
 でもそれが演技だと分かって納得いったけど。
 けれど迫真過ぎて怖かったから、後でメールで「演技でも今度あんな真似したら切腹の刑を処する」って送っておこう。

 そしてその迫真の演技のお蔭で、私達の前に生徒会長達が現れて。
 春友が、副会長に色々聞いてくれて。
 副会長、生徒会長にデートの仕方を教えてたって――


 そこまで思い返して、ようやく私の脳は正常に動き始めたみたいだ。
 冷静に物事を考えられるようになると、胸の奥から何とも言い表せない気持ちがグツグツと湧いて出てくる。

 どうしてデートの仕方を教わらなきゃいけないの?
 スムーズにデートをこなして格好つけたかったのなら、それは大きな間違いだ。
 初めてだっていいじゃないか。私も初めてなんだからお互い様だよ。
 私達が行きたい所へ行って、ご飯だってお店が決められなかったら、どこか適当に入った所でもいいんだ。
 何もすることがなければ、公園とかブラブラ歩いてるだけでもいいんだ。
 好きな人同士、一緒に過ごせることに意義があると私は思うんだ。
 それなのに、私の意見も何も聞かずに勝手に副会長に頼んじゃって……

 ……もしかして、私が喋らないから勝手に決めちゃったの? もしそうだったらすごく悲しい。
 私にだって意志はあるんだ。お人形なんかじゃないんだ。

 ……そうだ。告白された時もそうだった。
 私の返事も聞いていないのに、付き合ってることになってて。

 保健室での出来事もそうだ。勝手にその……承諾もなしにキスしてきて! 生徒会長のお家でも、無断で胸やお尻や太ももを……。まぁ……正直、気持ち良かったけれど……それとこれとは話は別っ!


 今更何言ってるんだ、と自分でも思う。
 けど、こうやって冷静に考え出してみて、私がいかに流されてきたのかを痛感した。
 流されてきたからこそ、自分の気持ちを顧みることが出来なくて、ちょっとずつ生まれてきていた「生徒会長が好き」という気持ちに気付けなかったのかもしれない。
 気付いてみたら、「好き」という気持ちが私の中にこんなに育まれていた。

 ――生徒会長は、私が生まれて初めて好きになった男の人なんだ。

 でも、好きな人だからといって、今日の生徒会長の行動は許されるべきものじゃない。
 義理の妹にデートの仕方を学んだと言っても、中身はデートの内容なんだから、結局はデートしていたことに変わりないじゃないか。

 それに、告白に保健室やお家でのことも。
 私の返事を聞かずに事を進めちゃダメだよ。
 そういう重要なことは、お互いの同意を得てから先に進めるべきなんだ!


 私は、生徒会長に対して素直になると決めた。
 だから、この不満や憤りも生徒会長にぶつけて、私の気持ちを分かって貰うんだ!!


「着きましたよ」


 心の中でぐっと握り拳を作っていると、いつの間にかホテルの部屋に到着したようだ。
 部屋に入った私は、黒オーラを未だに纏っている生徒会長の手を振り解くと、踵を返してキッと彼を睨み付けた。

「……文香さん?」

 困惑した表情を浮かべる生徒会長に、私はゴクリと唾を飲み込み、息を吸い込むと思い切って口を開いた。


「……副会長と、デートの仕方? 何で!? 私、どこでもいい! 生徒会長となら! 二人で決めて、ブラブラでいい! それに、告白も、保健室も! お家でも!! 勝手、ダメ! 私の気持ち、無視! ダメ!!」


 ……うわあぁっ! 見事なくらいの片言出ちゃったあぁーーっ!!
 これじゃ全っ然意味分からないよ!?
 折角思い切って言ったのに、こんなんじゃ全然通じないよおぉーー!!

 ……あぁあ……。もう頭を抱えて蹲りたい気持ちで一杯だ……。


 がっくりと膝をつきそうになったその時、ふわりと温かな腕に包まれた。
 顔を上げると、黒オーラが消え去り元に戻った生徒会長が、すごく辛そうな顔で……唇を血が滲むくらいきつく噛み締めながら、私を抱きしめていた。


「アナタに辛い思いをさせてしまったのに、俺の汚い感情で今また同じことを繰り返すところでした……。文香さんの仰る通りです。俺は……何て愚かなことをしてしまったんだ。アナタの気持ちが一番大事なのに――」


 ……ええぇーーっ!?
 私の原始人的言語が通じちゃってるよ!?
 生徒会長……あなた何者っ!?


 心底驚いている私に気付かず、生徒会長は私の肩に顔を伏せながら、独り言のように呟いていく。


「告白した時、顔を赤くしたアナタを見て、承諾を得たなんて勝手に思い込んで舞い上がって。アナタに初めてキスをした時も、アナタの可愛らしさに本当に我慢できなくなって……。終わった時、頬を染めて俯いたアナタに、嫌じゃなかったんだと嬉しくなって突っ走って。アナタを傷つけていたことも知らずに。俺は……なんて大馬鹿者なんだ……」


 ……生徒会長……。
 案外、思いこみが激しいお人でした。
 そう言えば私、生徒会長のお部屋で迫られた時も、アワアワして顔を赤くしてたような……。それがイエスと捉えられていたんだな。
 誤解される素振りを見せた私も悪かったんだ。

 過去の振り返りに気を取られていた所為で、次に取った生徒会長の行動を、私は止めることが出来なかった。


「本当にすみません、文香さんっ!」


 何と生徒会長がその場で両手を床につき、ガバリと土下座してきたのだ!


 ヒイィィーーッ!?
 生徒会長に土下座させちゃったよ!? いや、当初の目的はそれだったんだけど! 目的達成されたわけだけど! 実際にやられてみると……非常にいたたまれない!!
 そ、それにこの光景……。まさに浮気した亭主が奥さんに土下座して謝る図になっちゃってる!?

 私は大パニックになり、アタフタしながら何とか生徒会長の頭を上げさせようとした。
 けれど生徒会長は床に頭をつき、その状態でピクリとも動いてくれない。


「俺の行動で、文香さんを沢山傷つけてきてしまいました。謝って済む問題じゃないと分かっています。けど、俺はアナタと別れたくない。アナタにだけは嫌われたくないんだ……!!」


 生徒会長の声が震えていた。
 ひどく、切羽詰まった声音で。
 ……どうして? 私なんかに土下座までして、どうしてそんなに……?


「嫌いに、なんか……」
「いいえ。完璧じゃないと、嫌われてしまうんです。完璧でいないと、誰にも相手にされないんです。だから、文香さんとの最初のデートも完璧でありたかった。本やインターネットで調べても、ただ見聞きしただけだから、本番で失敗してしまうかもしれない。それが恐くて、訳を話して美子さんに頼んで……。文香さんに嫌われたくなかったから……」


 私は生徒会長の言葉に違和感を感じた。
 彼は、何故か異様に『完璧』に拘っている。
 生徒会長の性格? それとも、誰かにそう言われた?


「何度も、完璧……。そんなに、どうして?」
「母がよく俺にそう言っていました。今の母ではなく、前の母なんですが」

 そして、ポツリポツリと生徒会長は自分のことを話してくれた。
 もちろん、その前に土下座は強制終了! ベッドの端に座らせて話を聞くことにする。
 土下座させたまま話をするなんて、鉄の心を持っていない限り私には絶対ムリッ!


 ――聞き終えた生徒会長の話は、私にひどく憤りを感じさせるものだった。




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