婚約解消しましょう、私達〜余命幾許もない虐遇された令嬢は、婚約者に反旗を翻す〜

望月 或

文字の大きさ
13 / 51

12.その見つめる先には

しおりを挟む



「ありがとうございました、ローラン先生。本当に助かりました……。いつもすみません……」


 魔術教室に入り、レヴィンハルトが扉を閉め鍵を掛けると、アーシェルは彼に深々と頭を下げた。


「何だか胸騒ぎがしてな。様子を見に行って正解だった。……大丈夫か?」
「はい……。エイリック様があんなに話の通じない人だったなんて……」
「話し合いで『婚約解消』は確実に無理だと分かったな。明日からは昼休み開始の鈴が鳴り、先生との礼が終わったらすぐに教室を出た方がいい。彼に捕まる前にな」
「はい、そうします……」


 心底疲れた顔のアーシェルの頭を労わるように優しく撫でると、レヴィンハルトは彼女に椅子に座るように促した。
 アーシェルはちょこんと椅子に腰を下ろすと、その隣の椅子にレヴィンハルトが座る。

 そして、アーシェルの片手位の大きさの、正方形をした箱のような物を机に置いた。
 その装飾された箱のような物の真ん中には、丸い綺麗なレンズが埋め込まれている。


「これが……?」
「あぁ、『写真機』だ。上の方に押せる突起のようなものがあるだろう? 魔力を込めながらそこを押すと、物体の像を記録出来るんだ。魔力を込め続ければ、連続で物体を記録出来る」
「すごい……っ! それに、思ったよりも小さくて驚きました。高性能なものだから、もっと大きいかと……」
「誰でも扱い易いようにこの形にしたそうだ。放課後、早速オルティスを張ろうか。昼休みの彼の言動に、パリッシュ嬢も思う所があっただろうからな。早々に証拠が取れそうな予感がする」


 そこで、アーシェルは両目を瞬かせながらレヴィンハルトを見上げた。


「え……? ローラン先生も一緒に……ですか?」
「当たり前だろう。この『写真機』は魔力を持った者でないと使えないからな。君は魔力が無いだろう?」
「あっ、そうでした……。す、すみません……先生には色々と本当に御迷惑とお手数を――」
「気にするな」


 フッと美麗に微笑うレヴィンハルトに、アーシェルは思い切って訊いてみた。


「あ、あの。どうして私なんかに、こんなに良くしてくれるんですか……? 私、何も返せていないのに……。返せるか分からないのに――」


 その問いにレヴィンハルトは軽く目を瞠ったが、すぐに表情が和らぎ、手を伸ばすと俯くアーシェルの眼鏡を外す。
 不思議に思って顔を上げると、微笑むレヴィンハルトと直接目が合い、アーシェルの鼓動が一気に速くなった。


「君を護りたいんだ」
「え……?」
「もうこの眼鏡はするな。その目を隠す必要は無い。それに、この眼鏡はオルティスから貰ったものだろう? そんな物も必要は無い」


 最後は何故か若干怒った口調で言ったレヴィンハルトに、アーシェルは小首を傾げたが、素直に頷いた。
 これを付けていると、周りから自分の目が見えなくなる分、視界がぼやけて見難くなるのだ。


(それで何度もぶつかったりこけたりしたから……。今改めて思い返すと、エイリック様は「気を付けてね」の言葉だけで、助け起こしたり心配なんてしてくれなかった……)


「その七色の目の所為で揶揄われたりしたら、俺にすぐ言ってくれ。先生の特権を使って、そんなふざけた真似が出来なくなる位しっかりと躾けてやる」
「ふふっ、職権乱用にならないように気を付けて下さいね? ……ありがとうございます」


(……こんな風に心から優しい言葉を掛けてくれたのは、セルジュとローラン先生だけ……)


 思わず瞳が潤みそうになりながらも、アーシェルは笑顔を浮かべてレヴィンハルトに礼を言った。
 レヴィンハルトはそんな彼女の目を見つめ、徐ろに口を開いた。


「……俺は、君の瞳が好きだ。吸い込まれそうな程に、君の七色に輝く目は綺麗だ」
「えっ……」


 その告白にも似た甘い囁きに驚き、アーシェルは顔を真っ赤にさせてレヴィンハルトを見返すと、彼は自分を見つめていたが、それは自分を超えて何処か遠くを見ているようで。


 まるで、自分の遥か向こうにいる“誰か”を見ているような――


「――わっ、私、お昼ご飯を買いに行ってきますね!」
「……あぁ。オルティスに見つからないように十分気を付けろよ。買ったらまたすぐにここに戻って来てくれ。今日はここで食べよう」
「は、はいっ。購買は食堂と離れているから大丈夫だと思いますが……気を付けます!」


 何故か無性に居た堪れなくなったアーシェルは、ワタワタと椅子から立ち上がると、振り返らずに鍵を開け教室から飛び出していったのだった……。




しおりを挟む
感想 113

あなたにおすすめの小説

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】 白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語 ※他サイトでも投稿中

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

孤独な公女~私は死んだことにしてください

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【私のことは、もう忘れて下さい】 メイドから生まれた公女、サフィニア・エストマン。 冷遇され続けた彼女に、突然婚約の命が下る。 相手は伯爵家の三男――それは、家から追い出すための婚約だった。 それでも彼に恋をした。 侍女であり幼馴染のヘスティアを連れて交流を重ねるうち、サフィニアは気づいてしまう。 婚約者の瞳が向いていたのは、自分では無かった。 自分さえ、いなくなれば2人は結ばれる。 だから彼女は、消えることを選んだ。 偽装死を遂げ、名も身分も捨てて旅に出た。 そしてサフィニアの新しい人生が幕を開ける―― ※他サイトでも投稿中

転生先がヒロインに恋する悪役令息のモブ婚約者だったので、推しの為に身を引こうと思います

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【だって、私はただのモブですから】 10歳になったある日のこと。「婚約者」として現れた少年を見て思い出した。彼はヒロインに恋するも報われない悪役令息で、私の推しだった。そして私は名も無いモブ婚約者。ゲームのストーリー通りに進めば、彼と共に私も破滅まっしぐら。それを防ぐにはヒロインと彼が結ばれるしか無い。そこで私はゲームの知識を利用して、彼とヒロインとの仲を取り持つことにした―― ※他サイトでも投稿中

お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です> 【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】 今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

邪魔者は消えますので、どうぞお幸せに 婚約者は私の死をお望みです

ごろごろみかん。
恋愛
旧題:ゼラニウムの花束をあなたに リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。 じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。 レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。 二人は知らない。 国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。 彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。 ※タイトル変更しました

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

処理中です...