黙ってすっこんどいたら良かったのに

朝山みどり

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16 輝く未来 ミナ目線

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 家具屋の香りが好き。木の匂いとワックスの匂い、少し埃っぽいけど、新しい生活の匂いがする。
トオルと並んで歩きながら、わたしは何度も、
 「これ、いいね」と言った。
 トオルは控えめにうなずく。今日はちゃんとした家具を買う。二人で暮らす部屋を整えるために。

 トオルはわたしの部屋で新生活をしたいと言ったけど、わたしは向こうの部屋がいいと主張した。
 
 カオリ先輩が融通を効かせなかったので、新しく契約する羽目になった。本当に、根性が悪いんだから。
 家賃は半分ずつと言うことになった。これはケジメだから当たり前。大丈夫、そのうちなぁなぁになるから、その分オシャレに回すつもり。

 会社ではカオリ先輩のことがすっかり話題になっていた。
 写真の件だ。よりによって表紙に載ったしね。今、どれくらい拡散してるんだろう。例の“おじさん”と並んで写っている。高級そうなバーの外、腕を組んで歩いているやつ。
 あの人がまさかそんな格好で、そんなことをするなんて。あの服をあんな風に着こなしていたのも気にさわる。

 みんな驚いてたけど、わたしは心のどこかで「やっぱり」と思っていた。だって、あの人、いつも偉そうで、男を馬鹿にしてる感じだったもの。
 トオルをこっそり同棲相手にしてたくせに。

 トオルの部屋は、まだ生活感がない。カオリ先輩が家具を全部持っていってしまったから。
 だから、今日はその“あと”を二人で作る日。
 新しい家具で、わたしたちの家を作る。

「このソファ、どう思う?」
 深いグレーで、触ると柔らかく沈む。トオルが腰をかけて、軽く背中を預ける。
「いいんじゃないか。だけど支払いが、新生活って出費があるだろうから」とトオルが言っていると聞こえたのか、
 スタッフが近づいてきて、ニコニコしながら、
 「審査はすぐに出来ますよ」と言った。
 ローンなんて初めてだったけど、それもありなんだと思いながら、他も見て回った。

 とりあえずは、ソファとベッド。テーブルと椅子。

 普通は全部、トオルの名義でローンだろうけど、ここは出来る女を気取って、一番値段が安いテーブルはわたしの名義で買った。

 結果は、通った。通った瞬間、ちょっと誇らしかった。
「一緒に頑張りましょ」
「そうだね、一緒に苦労しよう」とトオルが冗談を返して来た。

 家具を買うって、恋人と未来を買うようなものだ。


 外に出ると風が冷たかった。
 わたしは腕を組んで、肩を寄せた。

 「二人の生活が始まるのね」
 「うん、苦労かけるけど」とトオルが謙虚に言う。
 あの部屋を維持して来た人なのに。
 「うん。……ねぇ、カオリ先輩のこと、ほんとに警察に言わなくていいの?」
 「もういいよ。あんなやつ、会社で勝手に自滅する」
 トオルの声は落ち着いていたけど、その奥に冷たさがあった。

 彼の横顔を見ながら思った。
 この人は優しいけど、時々すごく冷たい。
 けど、いいの。冷たいくらいがちょうどいい。情に流されない男ってかっこいい。
 それに、暴力を受けた被害者なんだし。


 夜は二人でピザを食べた。前にコンビニで買ったやつよりもずっとおいしい。
 ローンが通ったこともあって、なんだかお祝い気分だった。
 「これでさ、ちゃんとした家になるね」
 「そうだな。家具も揃うし、カオリの残り香も消える」
 「……うん」
 “残り香”って言葉が少し刺さった。でも我慢した。トオルが悪いわけじゃない。

 お風呂に入って、髪を乾かしながら鏡を見た。
 わたし、変わったかも。
 自信が出たというか、“勝った”気がする。
 カオリ先輩がどんなに怒っても、もう戻れない。
 わたしは勝者。トオルを手に入れたし、家具も、服も、未来も手に入れる。

 翌週、会社では相変わらずカオリ先輩が倉庫に回されていた。
 お昼休み、休憩室で噂を聞いた。
 「今日のおやつ、マカロン食べてた」
 「生意気よね。でも図々しく会社に来てるよね。泥棒なのに」
 キヨミが笑って言った。わたしも笑った。
 「おい、これって」とう言うと殿方が二人慌てて部屋を出て行った。

 何があったんだろう。

 そしたら、聞いてびっくりのことが起こっていた。

 なんとカレンとナガヤマ課長のツーショット写真が会社のwebページの表紙に載ったらしい。

 すぐに削除したらしいけど、拡散中らしい。だって前にやらかしていたから密かウォッチされていたみたいで・・・
 
 わたしも回って来た写真を見た。なんとベッドでツーショットだった。呆れた。

 二人は週末を入れて有給をとっていた。これって丸わかりよね。週明けが楽しみ!

 週末は家具が届く。新しい部屋で、新しいシーツの上で、トオルと寝るの。

 スマホを手に取り、SNSを眺める。
 またカオリ先輩の写真が拡散されていた。
 おじさんと写ってるやつ。あの時と同じ写真だけど、誰かが加工して「副業?」「天職」とか書き込んでいる。
 コメント欄には笑い絵文字が並んでいた。
 気の毒……とは思わなかった。
 だって自業自得。

 電気を消して、ベッドに横になる。
 トオルが隣でスマホをいじっている。
 「家具届いたら、俺、配置考えるよ」
 「ほんと?うれしい」
 「ソファの横に観葉植物とか置こう。落ち着く空間にしたい」
 「ね、観葉植物って風水的にもいいんだって。お金も入るし」
 「お金?」
 「うん。ちゃんとした家具を買うと、運気も上がるんだって。だから大丈夫。お金なんてどうにでもなる」
 トオルは笑って「ミナらしいな」と言った。

 ミナらしい、か。
 そう言われると、嬉しいような、ちょっと怖いような気もした。
 でももう戻れない。
 カオリ先輩みたいに“反省文”なんて書かされる立場にはならない。
 あんなふうに泣く女にはならない。
 だって、わたしは選ばれた側なんだから。

 

 ローンは二十回払い。
 それでも、未来は一括払いで手に入れたつもりだった。

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