黙ってすっこんどいたら良かったのに

朝山みどり

文字の大きさ
16 / 43

16 輝く未来 ミナ目線

しおりを挟む
 家具屋の香りが好き。木の匂いとワックスの匂い、少し埃っぽいけど、新しい生活の匂いがする。
トオルと並んで歩きながら、わたしは何度も、
 「これ、いいね」と言った。
 トオルは控えめにうなずく。今日はちゃんとした家具を買う。二人で暮らす部屋を整えるために。

 トオルはわたしの部屋で新生活をしたいと言ったけど、わたしは向こうの部屋がいいと主張した。
 
 カオリ先輩が融通を効かせなかったので、新しく契約する羽目になった。本当に、根性が悪いんだから。
 家賃は半分ずつと言うことになった。これはケジメだから当たり前。大丈夫、そのうちなぁなぁになるから、その分オシャレに回すつもり。

 会社ではカオリ先輩のことがすっかり話題になっていた。
 写真の件だ。よりによって表紙に載ったしね。今、どれくらい拡散してるんだろう。例の“おじさん”と並んで写っている。高級そうなバーの外、腕を組んで歩いているやつ。
 あの人がまさかそんな格好で、そんなことをするなんて。あの服をあんな風に着こなしていたのも気にさわる。

 みんな驚いてたけど、わたしは心のどこかで「やっぱり」と思っていた。だって、あの人、いつも偉そうで、男を馬鹿にしてる感じだったもの。
 トオルをこっそり同棲相手にしてたくせに。

 トオルの部屋は、まだ生活感がない。カオリ先輩が家具を全部持っていってしまったから。
 だから、今日はその“あと”を二人で作る日。
 新しい家具で、わたしたちの家を作る。

「このソファ、どう思う?」
 深いグレーで、触ると柔らかく沈む。トオルが腰をかけて、軽く背中を預ける。
「いいんじゃないか。だけど支払いが、新生活って出費があるだろうから」とトオルが言っていると聞こえたのか、
 スタッフが近づいてきて、ニコニコしながら、
 「審査はすぐに出来ますよ」と言った。
 ローンなんて初めてだったけど、それもありなんだと思いながら、他も見て回った。

 とりあえずは、ソファとベッド。テーブルと椅子。

 普通は全部、トオルの名義でローンだろうけど、ここは出来る女を気取って、一番値段が安いテーブルはわたしの名義で買った。

 結果は、通った。通った瞬間、ちょっと誇らしかった。
「一緒に頑張りましょ」
「そうだね、一緒に苦労しよう」とトオルが冗談を返して来た。

 家具を買うって、恋人と未来を買うようなものだ。


 外に出ると風が冷たかった。
 わたしは腕を組んで、肩を寄せた。

 「二人の生活が始まるのね」
 「うん、苦労かけるけど」とトオルが謙虚に言う。
 あの部屋を維持して来た人なのに。
 「うん。……ねぇ、カオリ先輩のこと、ほんとに警察に言わなくていいの?」
 「もういいよ。あんなやつ、会社で勝手に自滅する」
 トオルの声は落ち着いていたけど、その奥に冷たさがあった。

 彼の横顔を見ながら思った。
 この人は優しいけど、時々すごく冷たい。
 けど、いいの。冷たいくらいがちょうどいい。情に流されない男ってかっこいい。
 それに、暴力を受けた被害者なんだし。


 夜は二人でピザを食べた。前にコンビニで買ったやつよりもずっとおいしい。
 ローンが通ったこともあって、なんだかお祝い気分だった。
 「これでさ、ちゃんとした家になるね」
 「そうだな。家具も揃うし、カオリの残り香も消える」
 「……うん」
 “残り香”って言葉が少し刺さった。でも我慢した。トオルが悪いわけじゃない。

 お風呂に入って、髪を乾かしながら鏡を見た。
 わたし、変わったかも。
 自信が出たというか、“勝った”気がする。
 カオリ先輩がどんなに怒っても、もう戻れない。
 わたしは勝者。トオルを手に入れたし、家具も、服も、未来も手に入れる。

 翌週、会社では相変わらずカオリ先輩が倉庫に回されていた。
 お昼休み、休憩室で噂を聞いた。
 「今日のおやつ、マカロン食べてた」
 「生意気よね。でも図々しく会社に来てるよね。泥棒なのに」
 キヨミが笑って言った。わたしも笑った。
 「おい、これって」とう言うと殿方が二人慌てて部屋を出て行った。

 何があったんだろう。

 そしたら、聞いてびっくりのことが起こっていた。

 なんとカレンとナガヤマ課長のツーショット写真が会社のwebページの表紙に載ったらしい。

 すぐに削除したらしいけど、拡散中らしい。だって前にやらかしていたから密かウォッチされていたみたいで・・・
 
 わたしも回って来た写真を見た。なんとベッドでツーショットだった。呆れた。

 二人は週末を入れて有給をとっていた。これって丸わかりよね。週明けが楽しみ!

 週末は家具が届く。新しい部屋で、新しいシーツの上で、トオルと寝るの。

 スマホを手に取り、SNSを眺める。
 またカオリ先輩の写真が拡散されていた。
 おじさんと写ってるやつ。あの時と同じ写真だけど、誰かが加工して「副業?」「天職」とか書き込んでいる。
 コメント欄には笑い絵文字が並んでいた。
 気の毒……とは思わなかった。
 だって自業自得。

 電気を消して、ベッドに横になる。
 トオルが隣でスマホをいじっている。
 「家具届いたら、俺、配置考えるよ」
 「ほんと?うれしい」
 「ソファの横に観葉植物とか置こう。落ち着く空間にしたい」
 「ね、観葉植物って風水的にもいいんだって。お金も入るし」
 「お金?」
 「うん。ちゃんとした家具を買うと、運気も上がるんだって。だから大丈夫。お金なんてどうにでもなる」
 トオルは笑って「ミナらしいな」と言った。

 ミナらしい、か。
 そう言われると、嬉しいような、ちょっと怖いような気もした。
 でももう戻れない。
 カオリ先輩みたいに“反省文”なんて書かされる立場にはならない。
 あんなふうに泣く女にはならない。
 だって、わたしは選ばれた側なんだから。

 

 ローンは二十回払い。
 それでも、未来は一括払いで手に入れたつもりだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

いつまでも変わらない愛情を与えてもらえるのだと思っていた

奏千歌
恋愛
 [ディエム家の双子姉妹]  どうして、こんな事になってしまったのか。  妻から向けられる愛情を、どうして疎ましいと思ってしまっていたのか。

能ある妃は身分を隠す

赤羽夕夜
恋愛
セラス・フィーは異国で勉学に励む為に、学園に通っていた。――がその卒業パーティーの日のことだった。 言われもない罪でコンペーニュ王国第三王子、アレッシオから婚約破棄を大体的に告げられる。 全てにおいて「身に覚えのない」セラスは、反論をするが、大衆を前に恥を掻かせ、利益を得ようとしか思っていないアレッシオにどうするべきかと、考えているとセラスの前に現れたのは――。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

“いつまでも一緒”の鎖、貴方にお返しいたします

ファンタジー
男爵令嬢エリナ・ブランシュは、幼馴染であるマルグリット・シャンテリィの引き立て役だった。 マルグリットに婚約が決まり開放されると思ったのも束の間、彼女は婚約者であるティオ・ソルベに、家へ迎え入れてくれないかというお願いをする。 それをティオに承諾されたエリナは、冷酷な手段をとることを決意し……。 ※複数のサイトに投稿しております。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

(完)人柱にされそうになった聖女は喜んで死にました。

青空一夏
恋愛
ショートショート。早い展開で前編後編で終了。バッドエンド的な展開で暗いです。後味、悪いかも。

包帯妻の素顔は。

サイコちゃん
恋愛
顔を包帯でぐるぐる巻きにした妻アデラインは夫ベイジルから離縁を突きつける手紙を受け取る。手柄を立てた夫は戦地で出会った聖女見習いのミアと結婚したいらしく、妻の悪評をでっち上げて離縁を突きつけたのだ。一方、アデラインは離縁を受け入れて、包帯を取って見せた。

処理中です...