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30 破綻
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家賃が落ちていないと連絡が来た。通帳を開くと、残高はわずか。
ローンの引き落としで口座が空になっていた。
トオルになんと言おう。あれ以来同じ部屋にいても口も聞かない、目も合わせないわたしたち、どう切り出そう。
本当だったら、ごめんちょっと使い込んじゃったの。って手を合わせれば、
「仕方ないなぁ」って笑って貰えるはずだったのに。無理だよね。
キッチンの椅子に座っていると、寝室のドアが開いた。
トオルが出てきた。髪は整っていない。目の下には濃い影。
「あの」って声をかけると面倒そうにわたしを見た。
「あの、家賃が」と通帳を見せた。家賃の引き落とし用に口座を作って二人で振り込むようにしていたのだ。トオルはきちんと毎月振り込んでいて、わたしは振り込んでいない。振り込めない時の為に、トオルが定期にしていたものが使われて、マイナスになっていた。
「入金してないのか、今出来るか?」
「いえ」と首を振った。
トオルは、スマホをいじっていたが、
「チキショウ」と言ってわたしを見た。
「今月はこれでいいが、来月はどうなのか?」
その声にびくっとして、思わず口ごもった。
「その、給料から払います」
「そうだな」
「仕事は辞められないな」
「そんな・・・」
「仕方ないだろ。辞めなければ、給料は出る」
「いやよ・・・」
「甘いことを考えた。人を馬鹿にした。だから・・・」
「この部屋が先輩の部屋って言ってくれたら、家具だって」
「そうだな。俺が悪いか」
「そうよ、トオルが悪いのよ。悪いのよ」
そう言いながら、トオルの背中を拳で叩いた。叩きながら泣いた。
「もう、気が済んだかな?」とトオルが言った。冷たい声だった。
「僕は明日から仕事に行く。君はどうする?」
「・・・・・行くわ」
トオルは黙ったまま、インスタントコーヒーを作ろうとして、
「飲むか?」と聞いた。
「お願い」と答えた。
スプーンでかき混ぜて、一口飲み、同時にため息をついた。
彼はカップを流しに置いて、上着を手に取った。
「ちょっと出てくる」
それだけ言って、玄関のドアを閉めた。
冷たい音がして、空気が止まった。
家賃。ローン。
通帳の数字が頭の中をぐるぐる回る。
あの頃、わたしは勝ったと思っていた。
カオリ先輩を追い出して、トオルと暮らして、新しい家具に囲まれて。
あの大きなテレビを見ながら、笑い合うはずだったのに。
部屋は広いのに、息が詰まる。何もかもが、音を失っていた。
翌朝、わたしたちは早く家を出た。
誰もいないオフィスで、PCの電源を入れた。
メッセージが来ていた。社長の部屋へ来るようにと。
そこの部屋の前でトオルと並んで待っていた。始業時間に秘書が、少し遅れて専務氏が出勤して来た。
「やぁおはよう来たね」と明るく声をかけられた。
「おはようございます」とトオルが直角になって挨拶した。わたしも遅れて挨拶した。
部屋に入って椅子に座った所で専務氏が話始めた。
「どうするか?退職する?あぁまずマツダさんに質問。退職する?」
「いいえ、仕事を続けます」
「はい」
「フクヤマさんは?」
「・・・・・」声が出なかった。だけど仕事にしがみつかなくては、必死で、
「は」と声を出した。
「続けるってことかな?」うなずいた。
「それで、ここで働く?辛いようなら、関連会社に行って貰うけど」
「関連会社ですか?」とトオルがすがるように聞いた。
「うん、都内だよ。えーーと蓋を開けたら郊外ってこともない。ショッピング街だ」
「あそこですか?」とミナも声が明るくなった。
「あぁ今、紹介出来る所はそうだな。嫌ならここで働いて貰う。清掃会社が募集中だ。給料は悪くないと思う」
「清掃ですか?」
「一人で出来るのはいいと思うが、最初、要領を覚えるまでが大変だが」と専務氏は真面目に言った。
「ショッピング街はなんの仕事ですか?」
「そこも清掃だ」
「そこで、ショップに移動は?」とミナが身を乗り出した。
「それはわからない。評価するのは別の者だから」
そして、専務氏は秘書さんを見た。するとお茶のペットボトルと饅頭が載った皿が出てきた。
「この間の地主のヤマモトさんのお土産だ。どうぞ」と専務氏は言うと
「三十分ほど、考えて決めて下さい」と言って秘書を一緒に部屋を出て行った。
「ねぇどうする?ショッピング街の清掃をするよね」とわたしはすぐにトオルに声をかけた。
「いや、俺はここの清掃をする」
「どうして?笑い者よ」
「ショッピング街は大勢の者が使う場所の清掃だ。汚れ具合が違う。清掃を考えればここの方が楽だ。それに面と向かって何か言ってくる者はいないだろう」
「でも・・・彼方の方が、華やか」
「掃除だぞ。華やかもクソもないだろ」とトオルが言った。
「部屋は、引っ越す金もないし、分けて使おう。帰って話し合おう」とトオルは言うとスマホをチェックした。
そこにノックの音がして、秘書が戻って来た。
ローンの引き落としで口座が空になっていた。
トオルになんと言おう。あれ以来同じ部屋にいても口も聞かない、目も合わせないわたしたち、どう切り出そう。
本当だったら、ごめんちょっと使い込んじゃったの。って手を合わせれば、
「仕方ないなぁ」って笑って貰えるはずだったのに。無理だよね。
キッチンの椅子に座っていると、寝室のドアが開いた。
トオルが出てきた。髪は整っていない。目の下には濃い影。
「あの」って声をかけると面倒そうにわたしを見た。
「あの、家賃が」と通帳を見せた。家賃の引き落とし用に口座を作って二人で振り込むようにしていたのだ。トオルはきちんと毎月振り込んでいて、わたしは振り込んでいない。振り込めない時の為に、トオルが定期にしていたものが使われて、マイナスになっていた。
「入金してないのか、今出来るか?」
「いえ」と首を振った。
トオルは、スマホをいじっていたが、
「チキショウ」と言ってわたしを見た。
「今月はこれでいいが、来月はどうなのか?」
その声にびくっとして、思わず口ごもった。
「その、給料から払います」
「そうだな」
「仕事は辞められないな」
「そんな・・・」
「仕方ないだろ。辞めなければ、給料は出る」
「いやよ・・・」
「甘いことを考えた。人を馬鹿にした。だから・・・」
「この部屋が先輩の部屋って言ってくれたら、家具だって」
「そうだな。俺が悪いか」
「そうよ、トオルが悪いのよ。悪いのよ」
そう言いながら、トオルの背中を拳で叩いた。叩きながら泣いた。
「もう、気が済んだかな?」とトオルが言った。冷たい声だった。
「僕は明日から仕事に行く。君はどうする?」
「・・・・・行くわ」
トオルは黙ったまま、インスタントコーヒーを作ろうとして、
「飲むか?」と聞いた。
「お願い」と答えた。
スプーンでかき混ぜて、一口飲み、同時にため息をついた。
彼はカップを流しに置いて、上着を手に取った。
「ちょっと出てくる」
それだけ言って、玄関のドアを閉めた。
冷たい音がして、空気が止まった。
家賃。ローン。
通帳の数字が頭の中をぐるぐる回る。
あの頃、わたしは勝ったと思っていた。
カオリ先輩を追い出して、トオルと暮らして、新しい家具に囲まれて。
あの大きなテレビを見ながら、笑い合うはずだったのに。
部屋は広いのに、息が詰まる。何もかもが、音を失っていた。
翌朝、わたしたちは早く家を出た。
誰もいないオフィスで、PCの電源を入れた。
メッセージが来ていた。社長の部屋へ来るようにと。
そこの部屋の前でトオルと並んで待っていた。始業時間に秘書が、少し遅れて専務氏が出勤して来た。
「やぁおはよう来たね」と明るく声をかけられた。
「おはようございます」とトオルが直角になって挨拶した。わたしも遅れて挨拶した。
部屋に入って椅子に座った所で専務氏が話始めた。
「どうするか?退職する?あぁまずマツダさんに質問。退職する?」
「いいえ、仕事を続けます」
「はい」
「フクヤマさんは?」
「・・・・・」声が出なかった。だけど仕事にしがみつかなくては、必死で、
「は」と声を出した。
「続けるってことかな?」うなずいた。
「それで、ここで働く?辛いようなら、関連会社に行って貰うけど」
「関連会社ですか?」とトオルがすがるように聞いた。
「うん、都内だよ。えーーと蓋を開けたら郊外ってこともない。ショッピング街だ」
「あそこですか?」とミナも声が明るくなった。
「あぁ今、紹介出来る所はそうだな。嫌ならここで働いて貰う。清掃会社が募集中だ。給料は悪くないと思う」
「清掃ですか?」
「一人で出来るのはいいと思うが、最初、要領を覚えるまでが大変だが」と専務氏は真面目に言った。
「ショッピング街はなんの仕事ですか?」
「そこも清掃だ」
「そこで、ショップに移動は?」とミナが身を乗り出した。
「それはわからない。評価するのは別の者だから」
そして、専務氏は秘書さんを見た。するとお茶のペットボトルと饅頭が載った皿が出てきた。
「この間の地主のヤマモトさんのお土産だ。どうぞ」と専務氏は言うと
「三十分ほど、考えて決めて下さい」と言って秘書を一緒に部屋を出て行った。
「ねぇどうする?ショッピング街の清掃をするよね」とわたしはすぐにトオルに声をかけた。
「いや、俺はここの清掃をする」
「どうして?笑い者よ」
「ショッピング街は大勢の者が使う場所の清掃だ。汚れ具合が違う。清掃を考えればここの方が楽だ。それに面と向かって何か言ってくる者はいないだろう」
「でも・・・彼方の方が、華やか」
「掃除だぞ。華やかもクソもないだろ」とトオルが言った。
「部屋は、引っ越す金もないし、分けて使おう。帰って話し合おう」とトオルは言うとスマホをチェックした。
そこにノックの音がして、秘書が戻って来た。
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