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38 出会い ミナ目線 1
清掃は辛い。辛いなんて言葉じゃ追いつかない。トイレの便器を磨き、山となった段ボールをたたみ、床を拭いていると、たまに本当に自分が消えてしまいそうに思える。
あのショッピング街にいるって思えなかった。
ショーウインドウに並ぶ色とりどりの服、ジュエリーショップのライト、焼き菓子の香り。どれもキラキラしていて、どれも私とは違う世界のものだ。
そして、ダイスケさんに声をかけられた。
段ボールがたくさん出た日だった。店が入れ替わるとかで、大量の段ボールが裏通路に積まれていて、誰もやりたがらない仕事が、自然と私に回ってきた。
汗が額を流れて、首にまとわりつく髪が気持ち悪くて、泣きそうになりながら、必死で動いていたとき。
「オヤ?」
その声は、段ボールの影からふいに聞こえた。
顔を上げると、そこに立っていたのが、ダイスケさん。
整った顔立ち、長い足。よく通る声。そのまま雑誌から抜け出してきたみたいな雰囲気で、最初は本当にショップ店員かと思った。
「君みたいなキラキラした娘が、どうしてこんなことを?」
息が止まるかと思った。
こんなこと。そう言われたのに、責められている感じはなかった。
むしろ、私の価値を拾い上げてくれたような、そんな声だった。
「いや、汗を流す姿も美しいが……どうして?何か目標が?」
まっすぐ見られて、うまく答えられなかった。
目標。そんな大げさなものはない。ただ、お金が必要だった。ローンを払いながら、少しでも綺麗にしていたくて、服を買ったり化粧品を揃えたり。
でもそんなことは言えない。
「仕事……です」
やっとの思いでそう言ったら、ダイスケさんは「なるほど」と柔らかく微笑んだ。
その笑い方が、あのショッピング街のどんなライトよりも眩しかった。
仕事の終わり、裏口で荷物をまとめていると、背中から声がした。
「また会えるなんて運がいいな」
振り返ると、また彼がいた。
「よかったら、食事に行かない?」
唐突な誘いに、心臓が跳ねた。
でもすぐ、冷たい汗が流れた。
「ごめんなさい。今、汗で……匂うと思うので……」
本音だった。
清掃の仕事の後、汗だくのまま、こんな素敵な人と食事なんて、恥ずかしすぎる。
すると彼は、肩をすくめて笑った。
「正直でいいね。でも、残念だ」
その「残念」が少しだけ甘く聞こえて、胸がじんわり熱くなった。
それから何度か、通路ですれ違うようになった。
彼が、偶然現れるたびに、胸が高鳴った。
「今日もイキイキしてるね」
「休みの日はいつ?」
次の休みの日を言うと、
「僕は仕事の日だけど、終わったら食事に行こうよ。店に迎えに来て。あぁ服を買えなんて言わないから」
そう言われて、思わず笑ってしまった。
その日、彼と別れた後、ロッカーで手が震えた。
嬉しさか、期待か、わからない。でも、確かに心が浮いた。
こんなふうに誰かに褒められたのは、いつ以来だろう。
今のトオルは、もうそんなこと言わない。昔は優しかったけれど、今はただ冷たい。
家賃やローンの話をするたびに暗い顔をして、わたしたちの部屋は広いのに、空気が狭くて、息が詰まる。
だからかもしれない。
ダイスケさんの言葉が、胸の奥まで染み込んでいった。
あのショッピング街にいるって思えなかった。
ショーウインドウに並ぶ色とりどりの服、ジュエリーショップのライト、焼き菓子の香り。どれもキラキラしていて、どれも私とは違う世界のものだ。
そして、ダイスケさんに声をかけられた。
段ボールがたくさん出た日だった。店が入れ替わるとかで、大量の段ボールが裏通路に積まれていて、誰もやりたがらない仕事が、自然と私に回ってきた。
汗が額を流れて、首にまとわりつく髪が気持ち悪くて、泣きそうになりながら、必死で動いていたとき。
「オヤ?」
その声は、段ボールの影からふいに聞こえた。
顔を上げると、そこに立っていたのが、ダイスケさん。
整った顔立ち、長い足。よく通る声。そのまま雑誌から抜け出してきたみたいな雰囲気で、最初は本当にショップ店員かと思った。
「君みたいなキラキラした娘が、どうしてこんなことを?」
息が止まるかと思った。
こんなこと。そう言われたのに、責められている感じはなかった。
むしろ、私の価値を拾い上げてくれたような、そんな声だった。
「いや、汗を流す姿も美しいが……どうして?何か目標が?」
まっすぐ見られて、うまく答えられなかった。
目標。そんな大げさなものはない。ただ、お金が必要だった。ローンを払いながら、少しでも綺麗にしていたくて、服を買ったり化粧品を揃えたり。
でもそんなことは言えない。
「仕事……です」
やっとの思いでそう言ったら、ダイスケさんは「なるほど」と柔らかく微笑んだ。
その笑い方が、あのショッピング街のどんなライトよりも眩しかった。
仕事の終わり、裏口で荷物をまとめていると、背中から声がした。
「また会えるなんて運がいいな」
振り返ると、また彼がいた。
「よかったら、食事に行かない?」
唐突な誘いに、心臓が跳ねた。
でもすぐ、冷たい汗が流れた。
「ごめんなさい。今、汗で……匂うと思うので……」
本音だった。
清掃の仕事の後、汗だくのまま、こんな素敵な人と食事なんて、恥ずかしすぎる。
すると彼は、肩をすくめて笑った。
「正直でいいね。でも、残念だ」
その「残念」が少しだけ甘く聞こえて、胸がじんわり熱くなった。
それから何度か、通路ですれ違うようになった。
彼が、偶然現れるたびに、胸が高鳴った。
「今日もイキイキしてるね」
「休みの日はいつ?」
次の休みの日を言うと、
「僕は仕事の日だけど、終わったら食事に行こうよ。店に迎えに来て。あぁ服を買えなんて言わないから」
そう言われて、思わず笑ってしまった。
その日、彼と別れた後、ロッカーで手が震えた。
嬉しさか、期待か、わからない。でも、確かに心が浮いた。
こんなふうに誰かに褒められたのは、いつ以来だろう。
今のトオルは、もうそんなこと言わない。昔は優しかったけれど、今はただ冷たい。
家賃やローンの話をするたびに暗い顔をして、わたしたちの部屋は広いのに、空気が狭くて、息が詰まる。
だからかもしれない。
ダイスケさんの言葉が、胸の奥まで染み込んでいった。
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