38 / 43
38 出会い ミナ目線 1
しおりを挟む
清掃は辛い。辛いなんて言葉じゃ追いつかない。トイレの便器を磨き、山となった段ボールをたたみ、床を拭いていると、たまに本当に自分が消えてしまいそうに思える。
あのショッピング街にいるって思えなかった。
ショーウインドウに並ぶ色とりどりの服、ジュエリーショップのライト、焼き菓子の香り。どれもキラキラしていて、どれも私とは違う世界のものだ。
そして、ダイスケさんに声をかけられた。
段ボールがたくさん出た日だった。店が入れ替わるとかで、大量の段ボールが裏通路に積まれていて、誰もやりたがらない仕事が、自然と私に回ってきた。
汗が額を流れて、首にまとわりつく髪が気持ち悪くて、泣きそうになりながら、必死で動いていたとき。
「オヤ?」
その声は、段ボールの影からふいに聞こえた。
顔を上げると、そこに立っていたのが、ダイスケさん。
整った顔立ち、長い足。よく通る声。そのまま雑誌から抜け出してきたみたいな雰囲気で、最初は本当にショップ店員かと思った。
「君みたいなキラキラした娘が、どうしてこんなことを?」
息が止まるかと思った。
こんなこと。そう言われたのに、責められている感じはなかった。
むしろ、私の価値を拾い上げてくれたような、そんな声だった。
「いや、汗を流す姿も美しいが……どうして?何か目標が?」
まっすぐ見られて、うまく答えられなかった。
目標。そんな大げさなものはない。ただ、お金が必要だった。ローンを払いながら、少しでも綺麗にしていたくて、服を買ったり化粧品を揃えたり。
でもそんなことは言えない。
「仕事……です」
やっとの思いでそう言ったら、ダイスケさんは「なるほど」と柔らかく微笑んだ。
その笑い方が、あのショッピング街のどんなライトよりも眩しかった。
仕事の終わり、裏口で荷物をまとめていると、背中から声がした。
「また会えるなんて運がいいな」
振り返ると、また彼がいた。
「よかったら、食事に行かない?」
唐突な誘いに、心臓が跳ねた。
でもすぐ、冷たい汗が流れた。
「ごめんなさい。今、汗で……匂うと思うので……」
本音だった。
清掃の仕事の後、汗だくのまま、こんな素敵な人と食事なんて、恥ずかしすぎる。
すると彼は、肩をすくめて笑った。
「正直でいいね。でも、残念だ」
その「残念」が少しだけ甘く聞こえて、胸がじんわり熱くなった。
それから何度か、通路ですれ違うようになった。
彼が、偶然現れるたびに、胸が高鳴った。
「今日もイキイキしてるね」
「休みの日はいつ?」
次の休みの日を言うと、
「僕は仕事の日だけど、終わったら食事に行こうよ。店に迎えに来て。あぁ服を買えなんて言わないから」
そう言われて、思わず笑ってしまった。
その日、彼と別れた後、ロッカーで手が震えた。
嬉しさか、期待か、わからない。でも、確かに心が浮いた。
こんなふうに誰かに褒められたのは、いつ以来だろう。
今のトオルは、もうそんなこと言わない。昔は優しかったけれど、今はただ冷たい。
家賃やローンの話をするたびに暗い顔をして、わたしたちの部屋は広いのに、空気が狭くて、息が詰まる。
だからかもしれない。
ダイスケさんの言葉が、胸の奥まで染み込んでいった。
あのショッピング街にいるって思えなかった。
ショーウインドウに並ぶ色とりどりの服、ジュエリーショップのライト、焼き菓子の香り。どれもキラキラしていて、どれも私とは違う世界のものだ。
そして、ダイスケさんに声をかけられた。
段ボールがたくさん出た日だった。店が入れ替わるとかで、大量の段ボールが裏通路に積まれていて、誰もやりたがらない仕事が、自然と私に回ってきた。
汗が額を流れて、首にまとわりつく髪が気持ち悪くて、泣きそうになりながら、必死で動いていたとき。
「オヤ?」
その声は、段ボールの影からふいに聞こえた。
顔を上げると、そこに立っていたのが、ダイスケさん。
整った顔立ち、長い足。よく通る声。そのまま雑誌から抜け出してきたみたいな雰囲気で、最初は本当にショップ店員かと思った。
「君みたいなキラキラした娘が、どうしてこんなことを?」
息が止まるかと思った。
こんなこと。そう言われたのに、責められている感じはなかった。
むしろ、私の価値を拾い上げてくれたような、そんな声だった。
「いや、汗を流す姿も美しいが……どうして?何か目標が?」
まっすぐ見られて、うまく答えられなかった。
目標。そんな大げさなものはない。ただ、お金が必要だった。ローンを払いながら、少しでも綺麗にしていたくて、服を買ったり化粧品を揃えたり。
でもそんなことは言えない。
「仕事……です」
やっとの思いでそう言ったら、ダイスケさんは「なるほど」と柔らかく微笑んだ。
その笑い方が、あのショッピング街のどんなライトよりも眩しかった。
仕事の終わり、裏口で荷物をまとめていると、背中から声がした。
「また会えるなんて運がいいな」
振り返ると、また彼がいた。
「よかったら、食事に行かない?」
唐突な誘いに、心臓が跳ねた。
でもすぐ、冷たい汗が流れた。
「ごめんなさい。今、汗で……匂うと思うので……」
本音だった。
清掃の仕事の後、汗だくのまま、こんな素敵な人と食事なんて、恥ずかしすぎる。
すると彼は、肩をすくめて笑った。
「正直でいいね。でも、残念だ」
その「残念」が少しだけ甘く聞こえて、胸がじんわり熱くなった。
それから何度か、通路ですれ違うようになった。
彼が、偶然現れるたびに、胸が高鳴った。
「今日もイキイキしてるね」
「休みの日はいつ?」
次の休みの日を言うと、
「僕は仕事の日だけど、終わったら食事に行こうよ。店に迎えに来て。あぁ服を買えなんて言わないから」
そう言われて、思わず笑ってしまった。
その日、彼と別れた後、ロッカーで手が震えた。
嬉しさか、期待か、わからない。でも、確かに心が浮いた。
こんなふうに誰かに褒められたのは、いつ以来だろう。
今のトオルは、もうそんなこと言わない。昔は優しかったけれど、今はただ冷たい。
家賃やローンの話をするたびに暗い顔をして、わたしたちの部屋は広いのに、空気が狭くて、息が詰まる。
だからかもしれない。
ダイスケさんの言葉が、胸の奥まで染み込んでいった。
86
あなたにおすすめの小説
“いつまでも一緒”の鎖、貴方にお返しいたします
柊
ファンタジー
男爵令嬢エリナ・ブランシュは、幼馴染であるマルグリット・シャンテリィの引き立て役だった。
マルグリットに婚約が決まり開放されると思ったのも束の間、彼女は婚約者であるティオ・ソルベに、家へ迎え入れてくれないかというお願いをする。
それをティオに承諾されたエリナは、冷酷な手段をとることを決意し……。
※複数のサイトに投稿しております。
いつまでも変わらない愛情を与えてもらえるのだと思っていた
奏千歌
恋愛
[ディエム家の双子姉妹]
どうして、こんな事になってしまったのか。
妻から向けられる愛情を、どうして疎ましいと思ってしまっていたのか。
能ある妃は身分を隠す
赤羽夕夜
恋愛
セラス・フィーは異国で勉学に励む為に、学園に通っていた。――がその卒業パーティーの日のことだった。
言われもない罪でコンペーニュ王国第三王子、アレッシオから婚約破棄を大体的に告げられる。
全てにおいて「身に覚えのない」セラスは、反論をするが、大衆を前に恥を掻かせ、利益を得ようとしか思っていないアレッシオにどうするべきかと、考えているとセラスの前に現れたのは――。
売られたケンカは高く買いましょう《完結》
アーエル
恋愛
オーラシア・ルーブンバッハ。
それが今の私の名前です。
半年後には結婚して、オーラシア・リッツンとなる予定……はありません。
ケンカを売ってきたあなたがたには徹底的に仕返しさせていただくだけです。
他社でも公開中
結構グロいであろう内容があります。
ご注意ください。
☆構成
本章:9話
(うん、性格と口が悪い。けど理由あり)
番外編1:4話
(まあまあ残酷。一部救いあり)
番外編2:5話
(めっちゃ残酷。めっちゃ胸くそ悪い。作者救う気一切なし)
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる