黙ってすっこんどいたら良かったのに

朝山みどり

文字の大きさ
42 / 43

42 ミナの新しい道

しおりを挟む
 ショッピング街の清掃は、想像とはぜんぜん違っていた。
 キラキラした街で働くって、わたしもキラキラになれるって、どこかで信じていた。だけど現実は、冷たく湿ったモップの手触りと、トイレの匂いと、段ボールで擦れた指先だった。

 汗が背中をつたうたび、「わたし、何してるんだろう」と胸の奥が重く沈んだ。

 そんな日でも、ダイスケさんに声をかけられるとホッとした。まだ終わってないんだと思った。

「ミナちゃん、今日も頑張ってるね」

 声が優しすぎて、その瞬間に泣きそうになった。
 わたしなんかに、そんなふうに言ってくれる人が、この世界にいるんだって思ってしまう。

「食事している時、紹介したい仕事があるけど、ミナちゃんの家、親がきびしいんだよね。残念だな」

「いい仕事って?親は内容次第かな?」

「向いてると思うよ。簡単に言うとね、お客様と一緒に買い物に行って、服とか雑貨とか、選ぶのを手伝うんだよ。お客さんは美人を連れて歩くのが嬉しいんだって。で、うちの服を着てもらえれば、お店の宣伝にもなるしさ」

 わたしが口を開く前に、スタッフの女の人がウインクした。

「ミナちゃん、向いてるよ。お客さんと話す時は店員も一緒だから、安全だし」

「でね、報酬はお客さんが、直接ミナちゃんに払うんだよ。手数料を取られないから、お得だよ」


「要は、一人親方! 社長とも言うのかな?かっこよくない?」

 社長?わたしが?嘘みたいだ。でも、かっこいいと言われると悪い気はしない。

「僕も詳しいことは、よく知らないから、はっきりしたことは言えないけど。おおよそはこんな感じ。詳しくは事務所で聞けばいいしね。紹介したい。絶対向いてる」

「そう?」
「そうだよ。うちの服をあれだけ着こなせる娘は向いてるって」

「もし、面接に行くなら、内緒でうちの服貸すから着ていけばいいよ」

 その日、部屋に帰ったらトオルは相変わらず、難しい顔をしてPCで何か見ていた。機械的に

「おかえり」
「ただいま」だけの会話。

 次の休みに事務所に行って見ることにした。

 朝、お店にいくとダイスケが用意していた服から、一番似合うと言われた服を借りて、ダイスケと一緒に事務所に行った。

 わざわざ、半休をとってくれていた。

 紹介されたコンパニオン会社の事務所は、小さくて静かだった。
 
 責任者という人がドアを開けてくれた。ダイスケが丁寧に挨拶していたのだ、わたしも丁寧に、口惜しいけど、カオリさん風に挨拶した。

 仕事の説明はほとんど、ダイスケの言った通りだった。

 お客様の買い物同行。これが美術館とかお寺、神社になることもある。
 カフェでの会話。これも流行のカフェを積極的に紹介するといい。
 お店ではスタッフがいるから、任せておけるけど、美術とか芸術方面は自分で勉強して欲しい。 

 最後に、
「ミナさんは、お顔立ちがはっきりしていて、笑うと柔らかい雰囲気になる。お客様に喜ばれますね」と話を締め括った。

 それからは、分厚い資料をそばに置いて、テキパキ事務的な調子になって

「これからは、大事なギャラの話をします。当社とは雇用契約ではありません。各自が事業主となって、お客様の依頼に対応していただきます。当社はあくまで紹介です。当社へは年に一度登録料を払って下さい」

「個人事業主なんですよね」

「それは、ミナさんが決めることですね」

「自分で決められるんですか?」

「それはおいおいと説明しましょう。ここで働いていただけると嬉しいですが、働いていただけますか?」

「はい」
「よかったぁ」とダイスケさんが呟いて、
「よかったぞ。ダイスケ。こんな娘を紹介してくれて」


 それから、時間がないダイスケさんと一緒にショップに戻った。試着室で着替えた。

「どうする?ミナさん。仕事着がいるでしょ?よかったら一着買っちゃう? これでもいいし、週末、新しいのが来るから、見てから決めるといいよ」とダイスケさんが言った。

 帰りに清掃会社の事務所に寄って退職の意向を伝えた。

「うん、そうか残念、じゃあ、片付けたらロッカーの鍵を持って来てね」

 引き止められるかと思ったけど、あっさり了承された。



 部屋に戻ると珍しくトオルがこちらを見た。

「おかえり」

「ただいま」

「話したいことがある。着替えたら来て」

「うん、待ってて」

 ちょうどよかった。 


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

いつまでも変わらない愛情を与えてもらえるのだと思っていた

奏千歌
恋愛
 [ディエム家の双子姉妹]  どうして、こんな事になってしまったのか。  妻から向けられる愛情を、どうして疎ましいと思ってしまっていたのか。

能ある妃は身分を隠す

赤羽夕夜
恋愛
セラス・フィーは異国で勉学に励む為に、学園に通っていた。――がその卒業パーティーの日のことだった。 言われもない罪でコンペーニュ王国第三王子、アレッシオから婚約破棄を大体的に告げられる。 全てにおいて「身に覚えのない」セラスは、反論をするが、大衆を前に恥を掻かせ、利益を得ようとしか思っていないアレッシオにどうするべきかと、考えているとセラスの前に現れたのは――。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

“いつまでも一緒”の鎖、貴方にお返しいたします

ファンタジー
男爵令嬢エリナ・ブランシュは、幼馴染であるマルグリット・シャンテリィの引き立て役だった。 マルグリットに婚約が決まり開放されると思ったのも束の間、彼女は婚約者であるティオ・ソルベに、家へ迎え入れてくれないかというお願いをする。 それをティオに承諾されたエリナは、冷酷な手段をとることを決意し……。 ※複数のサイトに投稿しております。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

(完)人柱にされそうになった聖女は喜んで死にました。

青空一夏
恋愛
ショートショート。早い展開で前編後編で終了。バッドエンド的な展開で暗いです。後味、悪いかも。

包帯妻の素顔は。

サイコちゃん
恋愛
顔を包帯でぐるぐる巻きにした妻アデラインは夫ベイジルから離縁を突きつける手紙を受け取る。手柄を立てた夫は戦地で出会った聖女見習いのミアと結婚したいらしく、妻の悪評をでっち上げて離縁を突きつけたのだ。一方、アデラインは離縁を受け入れて、包帯を取って見せた。

処理中です...