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1.君との出会いは偶然だった

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「おはようございます」
「おう」

 熊谷さんは僕のほうをちらりと見て、短く返事をすると、すぐに机の上の書類に目を落とす。反応は薄いけど、感じのいい人だということは昨日一日過ごしてなんとなくわかった。背を向けて、更衣室の扉に手をかける。

「何か、いいことあったか」

 振り返ると、熊谷さんは目尻と口元にほんの少し皺を作って、笑っているように見えた。わずかな差だけれど、昨日より柔らかい表情だと感じた。

「うーんと……友達? ができました」

 猫の、とは言わなかった。熊谷さんは「そうか」と言うと、また手もとに視線を戻した。

「ここの奴らは、いい奴ばかりだからよ。うまくやれてるならよかった」

 熊谷さんがぼそりと呟いたその言葉に曖昧に頷く。たしかに、ここの人たちは皆いい人そうだ。だけど。だからこそ、必要以上に親しい関係になりたいとは思えなかった。


 黒猫に出会ってからすでに一週間が経とうとしていた。毎朝猫缶を与えるのがすっかり習慣になっている。黒猫のほうも僕が来ることをわかっているようで、あの路地に入るとすでに行儀よく座って待っている。ショルダーバッグの中から缶詰を取り出し、蓋を開けようとしたそのとき――。

「おい、お前か。その猫に餌やってるのは」

 大きな怒鳴り声がした。振り返ると、白いTシャツに半ズボン姿のおじさんがサンダルを引っかけてこちらに近づいてきていた。

「おれは黒猫ってのが大嫌いなんだ。縁起が悪いからな。見たくねぇんだ。どこから来たのか知らねぇけどよ、お前が餌なんかやるからここに居ついちまったじゃねえか。そんなに餌やりてぇならお前が飼えよ。ほら、さっさと連れて帰れ。いいか? 今すぐ保健所に連絡してこいつを処分してもらったっていいんだ」
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