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11 愛と悲しみのアシャンタ

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「最初は何も伝わってきませんでした。なにせジェス領は王都から遠い。しかしあの王太子を誑かした女狐がヘルガ・ヴィオレ公爵令嬢に全ての悪事を明るみにされ、アージェスタ嬢の罪が全て取り消され……そしてフレデリック殿の仕事ぶりが伝わったのです……その頃は既に悲しみの内に沈まれていましたな」

「はぁ……」

 何にも知らなかった……。

「愛と悲しみのアシャンタという歌劇はアージェスタ嬢をモチーフにしたとまことしやかにささやかれておりますな、ごらんになりましたか?あの歌劇でアシャンタ嬢と結婚するフォデリックはとても色男ですよ」

「フォ、フォデリック!?」

「ええ、金色の髪に水色の瞳のフォデリック・ディス子爵です。さて、誰がモデルなんだか??」

「ま、まさか……?」

「オホホ、一度歌劇を見に行かれてみては?」

 ファール伯爵夫人が口元を扇で隠しながら上品に微笑むけれど、私は嫌な予感しかしないぞ。も、もしかして……わ、私ぃ!?私とアージェの事が歌劇!?

「5年ほど前から今でもずっと人気のタイトルですわよ、フレデリック・ジェス子爵?」

「なんてことだ……」

 それでか!それでなのか!うすうす気が付いてはいたんだ、貴族のご婦人方が私を見てひそひそと噂をするのを。最初はあまりに田舎者すぎて笑いものになっているのかと思っていた。まあそれならば仕方がないと思った、だって本当に田舎者だし、礼儀やマナーに疎い。
 しかし、違うのだ。蔑んだ瞳ではなく、まるで何か美しいものを愛でるような……そう、前世で言うところのテレビに出ているアイドルを見つけて遠巻きにキャアキャア言うようなそんな気がしたんだ。自意識過剰すぎると自重したんだけれどそれだったのか……。

「ファール伯爵……なんだかとても恥ずかしくなってきました……もう帰りたい」

「はは、もう少しは居られないと。あまりに早く退出されるとカルセニア伯爵に睨まれますぞ」

「うう~……なんてことだ……どこか隠れる場所はないものでしょうか……」

 まずい、あまりに恥ずかしくて顔が真っ赤になっている気がする。ていうか完全に真っ赤だろうな、変な汗まで出て来た気がする。

「確か……休憩用に何部屋か用意していると聞いていますから……ああ、君。少し尋ねたいのだが……」

 ファール伯爵は給仕の男性に声をかけた。すると男性は微笑んで

「ご案内致します」

 と、パーティ会場から休憩用に開けているという部屋の一つに案内してくれた。少し喧騒から離れて一息つける。ああ、そんなことになっていたなんて、アーヴァインもカイラスも教えてくれれば良かったのに!

「お戻りになる道順は大丈夫そうですか?」

「ああ、そう遠い場所じゃないから、問題ないよ」

 それでは失礼いたします、と出て行く。流石伯爵家の使用人は礼儀正しいなあ、我が家は執事はいるけれど、メイドがちょびっと。うん身の丈って大事だ。

「あーーびっくりした。歌劇ってなんだよ、なあ?アージェ」

 私の心の中で微笑むアージェに話しかける。少し嬉しかった……皆がアージェが無実だと知っていてくれたんだ。そして今でもアージェを忘れないでくれていて、好意的な目で見てくれているんだ。

「ヘルガ義姉上にも挨拶に行かなきゃな……」

 体を伸ばしたくてジャケットを脱いで行儀悪くベッドの上に転がった。堅苦しい礼服を一枚脱ぐだけで体のコリが少しほぐれる気がする。アージェの二つ上の姉であるヘルガは妹が大好きなちょっと過激なお姉様だ。

「フン、見てくれだけは合格よ!」

 一番最初に声をかけられた台詞がそれだったから、私はヘルガ義姉上には絶対に逆らわないようにしていた。ヘルガ義姉上の言いつけを守らなかったのはただ一つ。

「そんな貴方の姿を見たらアージェが悲しむでしょう!シャンとしなさい、それでも私の義弟なの!?」

 アージェを喪った後叱りつけられたけれど、私はその声に応じることはなかったんだ……。

「早く叱られに行かなきゃな……」

 そして少しだけ目を閉じた。夜会はとても疲れる、でも甥たちの為に出来ることをすると心に決めたんだ。



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