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追加話編
1 リハルト子爵家の復興
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「私は帰っても良いとのことで……ノイシュが……あの子が残されました」
「な、何故ノイシュが?あの子はヴェルクレー家になんの縁もゆかりも……」
「人質ですよ!私達がエラを逃がさないか!またおかしなことをしないか!旦那様!あなたの浅はかな思い付きで、私達の可愛い息子を、公爵家に差し出さなければならなかったのですよ!」
「う、嘘だろ……う?私そっくりの、私の顔を良く受け継いだ賢く美しいノイシュを……?」
私はがっくりと膝をついた。私はただ、嫁がせることが出来る娘が増えれば、結納金や支度金を貰えると思っただけだったのに……。
ノイシュ!私のノイシュ!三人の子供たちの中で一番可愛らしい私のノイシュ!
「ナターシャ……ガウェン……リーシェン……お前たちは何故そんな平然とした顔をしていられるのだ!私達のノイシュが、人質にされておるのだぞ!」
妻と二人の子供を見る。お前たちはノイシュが可哀想ではないのか!?
「……お黙りください、旦那様。ノイシュは……あの子は全て承知で私と共に公爵家に行くと言ってくれたのです。ノイシュの覚悟をくだらない憐憫で汚さないでください」
妻、ナターシャの重く冷たい声に私は「ひっ」と短く悲鳴を上げてしまった。
「……お母様、私達はこれで失礼します」
長男のガウェン、長女のリーシェンはどこに出しても恥ずかしくない完璧な礼で、各々の部屋に戻って行った。
「な、なんと冷たい子供達なのであろうか……可愛いノイシュが人質となったのに……ブベッ!」
な、なんだ!?私は顔を思いっきり引っぱたかれたのか!?この私の顔を!?目の前には妻のナターシャが泣きそうな顔で手を振り上げていた。
「貴方はっ!あなたは本当に顔だけです!その自慢の顔ももう見飽きました!人前で泣かぬよう、貴族としての躾をしっかり守っている子供達を冷たい!?ふざけるのもいい加減にして!」
何度も何度もナターシャに引っ叩かれる!痛い!痛い!
「た、助けて、助けて!じい!痛いよーーー!」
「わ、若様!?奥様おやめくださいませ、若様が泣いてしまいます!」
「子供達が我慢して親である貴方が泣くなど、許されることではありません!それにロット!貴方が旦那様を甘やかすからこのような事態に陥るのです!」
「ひいい!」
「本日より、このリハルト家はガウェンが成人し、家を継ぐまでわたくしが管理致します!旦那様、二度と勝手なことはなさいませんよう!しかと肝に銘じなされませ!!」
「ううう……分かりました……」
全ての決裁権限をナターシャに取り上げられ、私はその日から執事のロットと共に子供達よりも長く机にかじりつかされることになってしまった……。
お出かけもなし、夜会もなし……気晴らしになるようなことは一つも許されない息が詰まるような日々。
「まさかとは思いますが、ノイシュが必死で耐えているのに、貴方は遊びに出かけようなどと考えておられませんよね?」
「ま、まさか……」
そうだった……つい忘れそうになるが、ノイシュはまだヴェルクレー家から戻る事が許されていない。それどころか手紙一つも来やしない……ノイシュ、それは冷たいんじゃないのか……?
ぽつりとこぼすとまたナターシャに往復ビンタを食らった!痛い!
「何故!何故旦那様は阿呆なのですか!!ノイシュは手紙を書くことすらできぬ状態だと、何故気づいてやれぬのですか!子供達は皆耐えているのですよ!」
「そ、そんな訳ないだろう?人質だぞ、それなりの待遇は……」
「たかが子爵家の次男を公爵家が大切に扱うとお思いなのですか!?だから頭がおめでたいと言われるのです!」
「そ、そんなひどい扱い、まさか……」
「それも承知でノイシュは行くと言ったのですよ!貴方のくだらない思い付きのせいで!!貴方が、貴方がノイシュの幸せを奪ったんです!」
「わ、私が……ノイシュを不幸にした……」
その日から私は、ナターシャのいう事全てに従う事にした。本を読んでもいまいちよくわからなかったので、素直に
「ナターシャ、いくら勉強しても分からぬのだ」
というと
「分かりました」
と、マナーだけは完璧になるよう厳しい指導を受けた。
「もう、旦那様の頭の中身は諦めます。外見だけで何とかなさって貰います」
酷い言われようだが、私にできることはそれくらい。ナターシャが行けという夜会は顔を出し、ナターシャが仲良くしろという貴族とにこやかに会話をし、ヴェルクレー公爵に深々と頭を下げる。余計な口は一切開くな、と言われているので、上辺だけの美辞麗句が上手になった。
「完璧ですわ、旦那様。見た目は」
「ありがとう、ナターシャ。君のお陰で、私も少しはリハルト家の役に立てる」
ノイシュが守ってくれた家を私がまた足を引っ張る訳にはいかない。エラという娘がどうなったか、それを考えることは全くなかった。
冬が終わり春になりかけた頃、エラが学園から追い出され、いずこかへ処分されたと聞いた。
「……私があの娘の人生をも変えてしまったのだな。本当に浅はかであった」
「そうですね」
ナターシャは慰めてはくれないし、私も許されると思ってもいない。まだノイシュから連絡は一つも来ないのだから。
春になり、ノイシュの一つ下のリーシェンが学園に入学した。エラが、いや私が起こした騒動で肩身の狭い思いをさせてしまうのが、申し訳なかったが
「良く学んで欲しい」
私のようにはなるなよ、と声には出さなかったが、賢いリーシェンは分かってくれているようだった。家の全てをナターシャに任せた事によって、リハルト家は豊かになっていくが、私達の心は温かくはなってくれない。ノイシュは今どうしているだろうか、泣いていないだろうか。
そして突然リハルト家に届いた手紙に、私達は驚くことになる。
「け、結婚!?」
「は?ヴェルクレー……セリウス・ヴェルクレー様と!?あの騎士団の!?」
「ノイシュお兄様!?」
バタバタとあわただしく、久しぶりにノイシュは我が家に戻って来た。セリウス・ヴェルクレー様と一緒に。ついでに腕にものすごく可愛らしい赤ん坊まで抱っこして。紫の目がとても美しいノイシュそっくりな子供だった。
ナターシャが慌てふためきながらセリウス様を案内している。公爵家の方が家にいらっしゃるなんて前代未聞のことだから。
私は、顔色も良く、ニコニコと笑っているノイシュにどうしても一言だけ聞きたいことがあった。余計なことは言わなくていい!いつも言われているが、これは余計な事じゃないし、どうしても。なんだ。
「ノイシュ」
「なんでしょう?お父様」
ああ、お前はこの愚かな私をまだ父と呼んでくれるのだね。なんと素晴らしい息子なんだろう!
「お前は今、幸せかい?」
ノイシュは一瞬きょとんとしてから、綻ぶ花のようにふんわりと笑った。
「ええ、とても」
そうか、そうか!もう私から言う事は何もないよ、ノイシュ。お前は私の隙間風が吹く冷えた心を温めてくれるんだね。
季節の良い晴れた日に、ノイシュとセリウス様の結婚式を執り行った。こんな酷い父親でも招いてくれるノイシュとセリウス様には感謝しかない。ガウェンとリーシェンはノイシュを祝うのに忙しい。私はひっそり柱の陰でその様子を見ていた。
「旦那様、このような所におられなくても」
ナターシャが優雅な足取りでやってくる。本当にナターシャの身のこなしは美しい。私も精進しなくては。
「ナターシャ。私は子爵だが、一応貴族だ」
「ええ?それがどうかなさいました?」
「き、貴族は人前で泣いてはいけないだろう……?で、でも今日くらいは泣いていいか……?」
良かった、良かった……私のせいで酷い目に合わせてしまったノイシュが笑っている。幸せそうに!
「勿論でございますとも、旦那様」
「うえええええええナターシャアあああありがとうううう!」
「あらあら。自慢のお顔が台無しですよ」
私の顔などどうでもいい。息子の幸せそうな顔の方が大事なんだから。
リハルト家の復興 終
「な、何故ノイシュが?あの子はヴェルクレー家になんの縁もゆかりも……」
「人質ですよ!私達がエラを逃がさないか!またおかしなことをしないか!旦那様!あなたの浅はかな思い付きで、私達の可愛い息子を、公爵家に差し出さなければならなかったのですよ!」
「う、嘘だろ……う?私そっくりの、私の顔を良く受け継いだ賢く美しいノイシュを……?」
私はがっくりと膝をついた。私はただ、嫁がせることが出来る娘が増えれば、結納金や支度金を貰えると思っただけだったのに……。
ノイシュ!私のノイシュ!三人の子供たちの中で一番可愛らしい私のノイシュ!
「ナターシャ……ガウェン……リーシェン……お前たちは何故そんな平然とした顔をしていられるのだ!私達のノイシュが、人質にされておるのだぞ!」
妻と二人の子供を見る。お前たちはノイシュが可哀想ではないのか!?
「……お黙りください、旦那様。ノイシュは……あの子は全て承知で私と共に公爵家に行くと言ってくれたのです。ノイシュの覚悟をくだらない憐憫で汚さないでください」
妻、ナターシャの重く冷たい声に私は「ひっ」と短く悲鳴を上げてしまった。
「……お母様、私達はこれで失礼します」
長男のガウェン、長女のリーシェンはどこに出しても恥ずかしくない完璧な礼で、各々の部屋に戻って行った。
「な、なんと冷たい子供達なのであろうか……可愛いノイシュが人質となったのに……ブベッ!」
な、なんだ!?私は顔を思いっきり引っぱたかれたのか!?この私の顔を!?目の前には妻のナターシャが泣きそうな顔で手を振り上げていた。
「貴方はっ!あなたは本当に顔だけです!その自慢の顔ももう見飽きました!人前で泣かぬよう、貴族としての躾をしっかり守っている子供達を冷たい!?ふざけるのもいい加減にして!」
何度も何度もナターシャに引っ叩かれる!痛い!痛い!
「た、助けて、助けて!じい!痛いよーーー!」
「わ、若様!?奥様おやめくださいませ、若様が泣いてしまいます!」
「子供達が我慢して親である貴方が泣くなど、許されることではありません!それにロット!貴方が旦那様を甘やかすからこのような事態に陥るのです!」
「ひいい!」
「本日より、このリハルト家はガウェンが成人し、家を継ぐまでわたくしが管理致します!旦那様、二度と勝手なことはなさいませんよう!しかと肝に銘じなされませ!!」
「ううう……分かりました……」
全ての決裁権限をナターシャに取り上げられ、私はその日から執事のロットと共に子供達よりも長く机にかじりつかされることになってしまった……。
お出かけもなし、夜会もなし……気晴らしになるようなことは一つも許されない息が詰まるような日々。
「まさかとは思いますが、ノイシュが必死で耐えているのに、貴方は遊びに出かけようなどと考えておられませんよね?」
「ま、まさか……」
そうだった……つい忘れそうになるが、ノイシュはまだヴェルクレー家から戻る事が許されていない。それどころか手紙一つも来やしない……ノイシュ、それは冷たいんじゃないのか……?
ぽつりとこぼすとまたナターシャに往復ビンタを食らった!痛い!
「何故!何故旦那様は阿呆なのですか!!ノイシュは手紙を書くことすらできぬ状態だと、何故気づいてやれぬのですか!子供達は皆耐えているのですよ!」
「そ、そんな訳ないだろう?人質だぞ、それなりの待遇は……」
「たかが子爵家の次男を公爵家が大切に扱うとお思いなのですか!?だから頭がおめでたいと言われるのです!」
「そ、そんなひどい扱い、まさか……」
「それも承知でノイシュは行くと言ったのですよ!貴方のくだらない思い付きのせいで!!貴方が、貴方がノイシュの幸せを奪ったんです!」
「わ、私が……ノイシュを不幸にした……」
その日から私は、ナターシャのいう事全てに従う事にした。本を読んでもいまいちよくわからなかったので、素直に
「ナターシャ、いくら勉強しても分からぬのだ」
というと
「分かりました」
と、マナーだけは完璧になるよう厳しい指導を受けた。
「もう、旦那様の頭の中身は諦めます。外見だけで何とかなさって貰います」
酷い言われようだが、私にできることはそれくらい。ナターシャが行けという夜会は顔を出し、ナターシャが仲良くしろという貴族とにこやかに会話をし、ヴェルクレー公爵に深々と頭を下げる。余計な口は一切開くな、と言われているので、上辺だけの美辞麗句が上手になった。
「完璧ですわ、旦那様。見た目は」
「ありがとう、ナターシャ。君のお陰で、私も少しはリハルト家の役に立てる」
ノイシュが守ってくれた家を私がまた足を引っ張る訳にはいかない。エラという娘がどうなったか、それを考えることは全くなかった。
冬が終わり春になりかけた頃、エラが学園から追い出され、いずこかへ処分されたと聞いた。
「……私があの娘の人生をも変えてしまったのだな。本当に浅はかであった」
「そうですね」
ナターシャは慰めてはくれないし、私も許されると思ってもいない。まだノイシュから連絡は一つも来ないのだから。
春になり、ノイシュの一つ下のリーシェンが学園に入学した。エラが、いや私が起こした騒動で肩身の狭い思いをさせてしまうのが、申し訳なかったが
「良く学んで欲しい」
私のようにはなるなよ、と声には出さなかったが、賢いリーシェンは分かってくれているようだった。家の全てをナターシャに任せた事によって、リハルト家は豊かになっていくが、私達の心は温かくはなってくれない。ノイシュは今どうしているだろうか、泣いていないだろうか。
そして突然リハルト家に届いた手紙に、私達は驚くことになる。
「け、結婚!?」
「は?ヴェルクレー……セリウス・ヴェルクレー様と!?あの騎士団の!?」
「ノイシュお兄様!?」
バタバタとあわただしく、久しぶりにノイシュは我が家に戻って来た。セリウス・ヴェルクレー様と一緒に。ついでに腕にものすごく可愛らしい赤ん坊まで抱っこして。紫の目がとても美しいノイシュそっくりな子供だった。
ナターシャが慌てふためきながらセリウス様を案内している。公爵家の方が家にいらっしゃるなんて前代未聞のことだから。
私は、顔色も良く、ニコニコと笑っているノイシュにどうしても一言だけ聞きたいことがあった。余計なことは言わなくていい!いつも言われているが、これは余計な事じゃないし、どうしても。なんだ。
「ノイシュ」
「なんでしょう?お父様」
ああ、お前はこの愚かな私をまだ父と呼んでくれるのだね。なんと素晴らしい息子なんだろう!
「お前は今、幸せかい?」
ノイシュは一瞬きょとんとしてから、綻ぶ花のようにふんわりと笑った。
「ええ、とても」
そうか、そうか!もう私から言う事は何もないよ、ノイシュ。お前は私の隙間風が吹く冷えた心を温めてくれるんだね。
季節の良い晴れた日に、ノイシュとセリウス様の結婚式を執り行った。こんな酷い父親でも招いてくれるノイシュとセリウス様には感謝しかない。ガウェンとリーシェンはノイシュを祝うのに忙しい。私はひっそり柱の陰でその様子を見ていた。
「旦那様、このような所におられなくても」
ナターシャが優雅な足取りでやってくる。本当にナターシャの身のこなしは美しい。私も精進しなくては。
「ナターシャ。私は子爵だが、一応貴族だ」
「ええ?それがどうかなさいました?」
「き、貴族は人前で泣いてはいけないだろう……?で、でも今日くらいは泣いていいか……?」
良かった、良かった……私のせいで酷い目に合わせてしまったノイシュが笑っている。幸せそうに!
「勿論でございますとも、旦那様」
「うえええええええナターシャアあああありがとうううう!」
「あらあら。自慢のお顔が台無しですよ」
私の顔などどうでもいい。息子の幸せそうな顔の方が大事なんだから。
リハルト家の復興 終
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