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社畜と入れ替わった闇暗殺者の私と同期の話

8 心が軽くなるどこかへ

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「何か良い事があったのか?」
「いや、特に」

 ショクアンの職員は親切で優しかった。色々詳しく紹介してくれて……仕事の中には移住食が完備されている物もあると知った。

「大丈夫ですよ! 丁寧に最初から教えてくれますから」
「やったことが無くても?」
「ええ! 初心者歓迎な所も多いです」

 私は体力には自信があるし、徹夜や夜間の仕事も苦ではない。ナルミの体は体力があまりないようだけれど、そこら辺は鍛えれば大丈夫だろう。
 移住食が足りていれば何とかなる……この部屋を借りているのもお金がかかるし、会社から貰っているという手当ても限界があるだろう。私はこの世界で一人で生きていける気がする。

 この街を離れよう、ナルミ、やっぱり私はあの世界には戻りたくない!

 心が決まったから顔が晴れやかになってしまったんだろうか? 徹がそんなことを聞いてきた。慌てて表情を引き締める。

「徹こそ、何か用なの?」
「いや、用は……ないけど、気になって」

 何も徹が気にするようなことなんてないのだけれど、何なんだろう?

「まあ……どうぞ」
「あ、ありがとう」

 部屋まで訪ねてきてくれたんだし、上がるように促した。

「片付けてあるんだな」
「うん」

 部屋にいると思考が暗くなるから体を動かしていた方が良い。するとすっかり部屋の中が片付いてしまったのだ。
 部屋の真ん中にある小さなローテーブルにペットボトルから注いだお茶の入ったグラスを出す。ペットボトルってすごいよね!軽くて丈夫でしかもリサイクルとかできるんだって。
 しばしの沈黙のあと、徹が口を開いた。

「職安、行ったんだ?」
「うん……ナルミの会社じゃ働けなさそうだから……パソコンとか正直よく分からないし、私には無理だ」
「っ! 暫くは、給料出てる間はいるんだろう?!」
「え?あ、う、うん」

 小さなテーブルに身を乗り出すように徹は勢いよく聞き返す。な、なんだ……気迫のようなものを感じる……この闇暗殺者の頂点に立つマラカイト・凛莉を竦ませるとは……この男、只者ではない?

「あ、すまん……いや、せっかく交渉したんだ。貰える物は貰っておけよ」
「あ、うん、そうだね」

 徹は自分の仕事の成果を台無しにされることを嫌ったのか。よっぽど難しい案件だったんだろうな……そうは見えなかったけれど、会社の話は私には全然分からなかったからな。
 口を閉ざすとしんと静寂が訪れてしまった。元々私は徹に話す事はない……徹は私になんの用があるんだろう? 言いたいことがあるなら言って欲しい、そしてさっさと帰ってもらいたい。何か用があるから来たんだよな?

 徹は私を見てくれない。徹が大事なのはナルミであってリン……凛莉である私ではない。大丈夫、分かっている。徹が正しい……ただ、誰も知己がいないこの世界で一番最初に少しでも親切にしてくれた徹に過剰な期待を寄せてしまった私が悪いのだ。
 だから、誰も知らない場所へ……徹もナルミも凛莉も誰も知らない場所へ行った方が心は軽くなる。そうしよう、ここにいても私は自由になれない。

「えーと、た、谷口……?」
「大丈夫、なんでもない」

 曖昧に笑って表情を濁す。多分ナルミの顔でも上手くできたと思う。何せ私は元から自分を偽って生きてきたのだから、これくらい慣れたものなんだ。





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