もう二度と、愛さない

蜜迦

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冤罪①

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 「こんなことをしでかすとは……リリティス、お前という奴は……!!」

 怒りに震える深紅の瞳が、射殺さんばかりに私を睨んでいる。
 けれど、かつて彼──レティエ殿下がこんな風にはっきりと、私をその目に映してくれたことがあっただろうか。

 皇太子レティエ・アルノール・デ・カスティーリャ。
 光り輝く白金の髪に、紅玉をはめ込んだ切れ長の双眸。
 鼻梁の通った端正な顔立ちに、鍛え上げられた見事な体躯。
 カスティーリャの銀獅子と称されるその容貌は、見る者すべてを魅了した。
 かくいう私──リリティス・ド・エルベもその一人。
 けれど私は、彼を遠巻きに見つめることしかできない女たちとは違う。
 婚約者という、誰よりも彼に近い場所にいた。

 エルベ侯爵家は、このカスティーリャ帝国の建国に貢献した由緒正しき家門で、貴族社会では一、二を争う権勢を誇っていた。
 そんなエルベ侯爵家の長女として生を受けた私は、皇太子レティエ殿下と年が近いこともあり、幼い頃より婚約者候補と囁かれ続け、実際その地位を手にするに至った。
 毎日が順風満帆で、幸せだった。
 (それなのに、あの女のせいで)
 亜麻色の髪を床に散らばせ、殿下の後ろに横たわる女──クロエ・デヴォン伯爵令嬢。
 今日この場で、彼女は私からすべてを奪おうとしている。
 
 「クロエに対し、幼稚な嫌がらせをしているとは聞いていたが……まさか毒を盛るとは思わなかった。お前のような女が我が伴侶……未来の国母などと、おぞましくて吐き気がする」

 私には、こんなに酷い言葉を投げ付けられるような行いをした覚えがない。
 確かに私は、殿下に無遠慮に近付くクロエ嬢を疎ましく思ってはいた。
 『身の程知らずを懲らしめてやりましょう』
 周囲からそう囁かれ、きつくあたったこともある。
 けれど、殺してしまおうなどと考えたことは一度もない。 

 「殿下……殿下……」

 意識が朦朧としているのか、クロエ嬢は焦点の合わない目で殿下を呼ぶ。

 「クロエ!」

 駆け寄った殿下に優しく抱き起こされると、クロエ嬢は安心したような表情で、たくましい胸に頬を寄せた。

 「クロエ、しっかりしろ!」

 「殿下……私なら大丈夫ですわ……ですからどうか、リリティス様を責めないでくださいませ……」

 「なにを言っている!そなたは毒を盛られたのだぞ!?」

 「いいえ、すべて私がいけないのです……分不相応の身なのはわかっていたのに、それでも殿下のお側にいたいと願ってしまったから……リリティス様がご立腹されるのも当然です……」

 声を押し殺し、静かに涙を流すクロエ嬢の身体を胸に抱き寄せると、殿下は再び憎しみに満ちた眼差しを私に向けてきた。

 「例えクロエが許そうとも、これは立派な殺人未遂だ。ただで済ますわけにはいかない」

 「殿下、神に誓って申し上げます!私は毒など盛ってはおりませぬ。今日だって、クロエ嬢に誘われたからお会いしただけで、私が触れたのは自分に用意されたティーカップだけです」

 本当だ。
 先日、我がエルベ侯爵邸に届けられたクロエ嬢からの手紙。
 そこには彼女の直筆で、これまでのことを謝りたいとの旨が記されていた。
 (ようやく改心する気になったのね)
 我が家を敵に回したくない貴族たちは皆、クロエ嬢の振る舞いをこぞって非難していた。
 クロエの父デヴォン伯爵も、相当厳しい立場に立たされていたに違いない。
 多少情が湧いた私は、あくまで彼女の態度次第だが、本当に反省しているのであれば許してやろうと、約束の日時に指定されたサロンに出向いたのだった。
 



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