悪役令嬢、猛省中!!

***あかしえ

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幼少期編

 7.暗礁に乗り上げた計画を3

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「ミーシャ様、クリストフ殿下のところへ行かなくて宜しいのですか?」

 無事、第一と第二王子から逃げおおせた私は、本来の目的である季節の花々を堪能していた。そこへ静々しずしずとお上品に現れたのは……ライトブラウンの髪と翠玉エメラルドの瞳を持つデリアだ。
 いつの間にこっちへ来たのか。そう言えばクリストフ殿下の下へ駆け寄ったご令嬢の中に彼女の姿はなかった。

「ええと……殿下の周りは混み合っているようなので……」
「ミーシャ様はお優しいのですね」
 雅やかな佇まいが印象的な子だ。淡い緑色のドレスが、とてもよく似合っている。彼女の瞳と同じ色彩だ。
 ――しかし、こうして改めて見ると、デリアは所作がものすごく綺麗だ。齢七つにして、完璧な令嬢への階段をつつがなく進行中らしい。
 そう言えば、前回殿下のお眼鏡にかなったのは本当は彼女だった。リナウド侯爵夫人も母に洗脳されてからは、大人しくなったし。王家に連なる者として、本来なら一番理想的な相手は、デリアなのではないだろうか。

 なぜお茶会にでもしなかった上に、二、三度断りを入れているこちらに話が回ってきたのか。やはり、殿下も気にしていた治癒能力の件か?
 口外させないように? いや……だとしたら、婚約が破談になったりしたら、私問答無用で処分されてしまうのでは?
 まあ、それはいいのだけれども。……前科者だしね、私。


「あちらの花壇は見ましたか? 遠い国から来たお花が咲いているらしいのです!」
「いえ、まだ」
「では行きませんか? お母様が女王陛下より面白い話を聞いたので、それをミーシャ様にお話したいのです」
「面白そうですね。お願いしてもよろしいかしら?」
「はい!」


 世間話に花を咲かせながら、デリアに目的の花壇まで案内をしてもらっていると……彼女がとんでもない質問を突っ込んできた。

「ミーシャ様は、クリストフ殿下のことが嫌いなのですか?」
「えっ?!」
 彼女の表情から負の感情を読み取ることはできない。意味のない質問? 純粋な疑問……なのだろうか。どっちにしろすっごいこと訊くなあ……。

「いえいえ、気後れしているだけですよ。カリスマ性がすごいので」
「かりす……?」
「ええと……生まれついての王者の風格が素晴らしいと思います」
「ふうか……?」
 風格もダメか! 七歳児の言葉ってどんな感じだったろうか。

 所作がしっかりしているから、リナウド侯爵夫人は余程の教育ママかと思っていたけれど、そうでもないのか?

「あの、いつぞやは母がご迷惑をおかけ致しました」
 ――な、なぜ今そのチョイスを……!

「いえいえ、こちらこそ……。ああ、そうだわ! リナウド侯爵はどのようなお方なのでしょうか?」
 タイムリーな発言に一瞬動揺したけど、これは良いチャンスかも。彼女の目から見て、世間はどう見えるのか聞いておくのも良いかも。
「父……ですか? そうですね……弱気な方でしょうか。母があのような状態になってしまうと、何も言えなくなってしまうようで……」
 ――なるほど、今後なにかがあったとしてもリナウド侯爵は頼れない、と……。


 存外にデリアと話し込んでしまったようで、気付いた時には周囲が暗くなり始めており、使用人が慌てて迎えに来た。忘れられていなかったようで良かった。
 皆と合流した際に再びデリアの母上を見かけたけれど、相変わらず母上に洗脳されているようだったが。


 そして――、

「大変興味深いお話ですね」「そうですか」「貴女もお綺麗ですよ?」
 という寒い台詞を、己を取り囲む目がハートになっている少女たちに振りまきながら、こちらを青筋立てて振り返るパトリックの姿が…………。







 ◇◆◇ ◇◆◇



 疲れた様子のクリストフ殿下とパトリックを見つけたのは、約束の一月がもうすぐ終わろうとしていた、ある日の夕方のことだった。

 連日連夜の王族との会食に、私の頭脳は疲弊していた。阿呆になる計画は、お偉方が集まるこの宮殿のような場所とは相性が悪い。常に脳内で作戦会議を行っているため、無駄に神経が疲弊する。

 ……というわけで、今日は体調不良を訴えて「小さな晩餐の間でひっそりとした夕食」を手に入れた。夕食後、小ギャラリーで余暇を過ごしていたところ、通りかかったパトリックとクリストフ殿下に声をかけられたのだ。


 宮殿同士をつなぐ柱廊を歩いていると、対の角からパトリックの金色の髪が見えた。最初はパトリックしか見えなくて、ついつい気安く声をかけてしまい……柱の陰から現れた殿下の姿を確認して後悔した。


「ミーシャ嬢! 具合はもうよろしいのですか?」
「は、はい……ご心配をおかけ致しました」
 こちらを気遣って様子を窺う殿下の横で、ぐったりとして顔色の悪いパトリックの様子が気にかかる。
「あの……どうかしたんですか?」
「――え?」
「あの、殿下?」
「あ、ああ……彼は――――」
「デリア・リナウドを送ってきた帰りだよ……」
 心の底から嫌そうな顔でパトリックが疲れたようにそう言った。隣で殿下が驚いている……パトリックの不良性を知らなかったのだろうか?


「そう言えば、君はデリア嬢と仲良くなったらしいね」
「はい。町屋敷タウンハウスに来て下さったので」
 皆まで言うつもりはなかったのだが、殿下の顔つきが変わったところを見ると事情を悟ったのかもしれない。リナウド侯爵夫人、実は相当だったのでは?

 パトリックは最初からデリア嬢が苦手だと言っていたし、なにかあった? 精神的な疲労感が半端ない顔をしているし……大丈夫かな?

「あの、パトリックはデリア嬢ともめたのですか?」
「いや……パトリックは基本的に女性が苦手みたいだから」
 ――殿下も知ってたんだ。一応十七まで生きていたパトリックが、結婚しない! なんて誓いを立ててしまうほどの女嫌い……やっぱり私のせい……ですよね。
 それでも、マリー・トーマンを好きになってしまうんだ……報われなかったら、一層女嫌いになってしまったりするのではないだろうか?

 デリア嬢と接触しただけでこうなるの?!
 ……私と会った後とか、本当に大丈夫なんだろうか…………。

「お前! アイツと親しいなら何とかしろ!」
「えっ? な、なにを??」
 いきなり元気になったパトリックがいつもの調子で怒り出したので、少し安心した。けど……。
「ボケッとしてンじゃねぇよ……」
「はいっ!」
 町のチンピラモードに……!!!

「パトリック! 女性になんて物言いをするんだ!」
「え? あ、いや、こいつ――ああ、えっと……」

 なんか二人で気安いやり取りを始めたみたいだから……まあ、いいか。

 ――デリア嬢か。今の私の目からは控えめで、三つ指ついて三歩後ろを下がって歩くようなそんな子にしか見えない。まあ、一朝一夕じゃあ人の本質は分からないか。
 でも、デリア嬢と殿下は第一印象は悪くなかったはず。子供の第六感で婚約者を決めようとさえしていたのだから。……パトリックの拒否反応はすごいけれど。
 殿下からはデリア嬢に対する拒否反応は、あまりないようにも見える。


「昼間は貴女を放置するような形になってしまい、申し訳ありませんでした」
 パトリックと言い合いを続けていた殿下が、思い出したようにこちらを振り返って頭を下げたものだから、慌てて止めてもらった。
 パトリックは不貞腐れているような、不機嫌そうな顔をしているし。うん、私の正体を知っているパトリックから見れば、不満たまる光景ですよね。

 謝罪を受ける価値もない人間なのでお気遣いなく……ええ、その辺の石ころとして捨て置いて下さっても一向に構いませんので!


 ◇


 その後、殿下が家庭教師チューターに呼ばれて退出するまで少々話をして、この場にパトリックと二人で残されると――。

「お前、あの女に懐柔されてンじゃねぇか!」
 パトリックがものすごいぐったりした感じでそう言ってきた。思わず壁際になったベンチに案内してしまう程に。
「ええっ!? な、なんかスミマセン」
「意味も分からずに謝ってンじゃねぇよ……」
「はい……ホントスミマセン……」
 怒り心頭のパトリック相手に、もう謝罪以外の言葉がない。それにしても、本当に顔色が悪いな。精神的にきついのなら、私もいない方がいいかな?

「逃げンな。俺の愚痴を聞け」
 逃げようとしたつもりはない……と思うのだけれど、パトリックがそういうのでもうしばらく彼の側で愚痴を聞くことにした。

「お疲れですね? 何か甘いものでも持ってきましょうか?」
「要らん。………………牽制試合がすごかったンだよ。なんなんだよアイツラ……」

 パトリックが言うには、クリストフ殿下にまとわりついていた少女たちのアプローチがすさまじかったらしい。私との婚約は内定状態であり、ある程度の年齢になるまでは正式発表はされない。社交界で噂になってはいるようだが、まだ誰もが挽回できる範囲内にあると思っているようで、牽制試合勃発となっているらしい。

 でも、女子が集っていたのはパトリックも同じだったはず。
 そっちは大丈夫なのかと訊いてみれば、半分泣きの入った愚痴が止まる気配を見せなかった……。







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