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裏話・勇者の追放 中編

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 幸せを噛み締め合っていた所に、無粋な侵入者が割り込んできて、アレスは勇者とは思えない程凶悪な顔を、咳払いの人物に向けた。
 それは、禿頭の老人だった。

「えー、オホン。勇者様、魔王を見事打倒されたのですな! おめでとうございます。この村の住民一同より、お祝い申し上げます」
「あっ、村長さん、今はまずい……っ」

 意気揚々と、お取り込み中の勇者に恐れ知らずにも話しかけたのは、魔王城に一番近い村の村長だった。
 その蛮勇に慌てたミーナが、何とか制止しようとしても遅かった。

「あ”?」

 勇者は、この世の者とは思えない程の低音で、一言だけ発した。その怒気は、三人娘でなくとも怯え恐れる程のものであった。老人も、その覇気に恐れ思わず尻もちをついた。

「ひっ、あ、ゆ、ゆうっ」

 余りの豹変ぶりに、何か言いかけたが、勇者の雰囲気に言葉を発する事はできなかった。

「あ、アレス、人が見てるからっ」

 そして、老人の言葉に、今まで幸せそうに腕の中に居た存在が、羞恥心から離れて行こうとしていた。
 そんな事、あってはならない事だった。

「駄目だよ、メル。君はもっと自信を持つべきだ。なんたって、オレの唯一絶対の伴侶なんだから。こんな事ぐらいで恥ずかしがらなくて良いんだよ。あぁ、それとも、さっさと既成事実作った方が安心かな。その方がメルも落ち着くだろ。うん! よし、今から王都に行こう。そして、王様に結婚の許可を貰おう。ね、メル!」

 唖然。メルクと三人娘以外の、集まって来た村人達の顔の総称。
 そんな事気にも止めず、アレスはメルクを横抱きにすると、抗議するメルクの声を聞きながら村に向かって走って行った。
 そこには、そう、アレスの購入した高価な駿馬が居る。

 その一連の事態から、いち早く立ち直ったのはやはりというか何というか、三人娘だった。

「ま、待ってよ勇者! 王都に行くなら私達も行くわ!」
「そうよ! 私達抜きでどうやって王様に信じさせるのよっ」
「お待ち下さい二人とも~、結婚の宣誓は是非ともわたくしにさせて下さいまし~!」

 一人だけズレた事を言いながら追いかけていく三人を、村人は呆然と見送る事しか出来無かったのだった。







 村に戻り、何も知らない馬番から馬を受け取ると、勇者は揚々と二人乗りで馬を飛ばして王都へと駆けて行った。
 その少し後から追いついた三人娘も、何とか馬車を借受け、王都へと飛ばして行った。



 勇者が買った駿馬に追いつける筈も無く、三人娘がようやく王都に着いた時には、勇者と王様の謁見がはじまる少し前だった。

 三人にしては幸運な事に、そして勇者にとっては不幸な事に、彼は王都で群衆に囲まれて到着が遅れていた。
 もちろん人々は、魔王を倒した事は知らないが、勇者の人気とはそれ程までにあったのだ。
 邪険にしても進むスピードが変わらなかったので、大人しく勇者が馬の速度を落とした事で、ギリギリ間に合ったとも言える。

 ミーナが近衛騎士団長だという肩書を振りかざし、礼儀も手続きも全部すっ飛ばし、謁見の間に入った時には、王様と勇者が謁見していた。

「失礼ながら、王に拝謁致します!近衛騎士団長ミーナ、主命を果たし帰還致しました!」

 ミーナが声を上げて割り込むと、玉座に座った王はその行為を叱るどころか、喜色満面の笑みで見下ろした。

「うむ。よくぞ戻った騎士団長。大魔法使いも、聖女も揃っているな。誰一人欠けることなく、良くぞ人類初の偉業を成し遂げてくれた! その方らには、望むままの褒美を与えよう。今宵は、そなたらの大業を祝し、盛大な宴を開こうぞ!」

 王は、もう既に酒に酔っているかのような高揚感に包まれていた。
 無理もない。今までの歴代王の中で、誰もなし得なかった偉業が、自分の代で成されたのだ。未来永劫、歴史に名前が残るだろう、偉業が。

 気分が良くなっている王に、勇者はあくまで冷静に話しかけた。その右手に、逃げ出したいメルクの腰をしっかり抱きつつ。

「王様、オレへの褒美は一つだけで結構です。宴もいりません」
「ほう、欲の無い事だ。して、そちの望みとは何だ」

 三人娘は、アレだろうな~と半ば悟りの境地でアレスを見ていた。
 アレスは、一旦スゥと息を吸って、決意した顔で口を開いた。

「この、隣に居るメルク・リウとの結婚をお許し頂きたいです。同性同士の結婚は、現在前例が無いとの事で断られてしまいました。どうか、王様の権威で結婚させて下さい」
「ハァ?」

 勇者は、至極真面目に望みを口にしたが、王は呆れ、失笑した。

「はっ、何を望むのかと思ったら、そんなくだらない……。駄目だ。勇者であるそなたは、ワシの娘、この国の王女と結婚してもらう」

 全くもって、勇者の剣が自分に向けられると思っていない者の傲慢さで、王は、笑いながらそう言った。
 勇者の地雷を熟知しはじめた三人娘が、勇者が動く前に何とか王を守ろうとした、瞬間、

「お父様、何てこと仰るの!」

 王の横で、静かに成り行きを見守っていた、王女オフィーリアがバッと立ち上がり、その可憐な声で父を批難した。
 それも、かなり強い語気で。
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