708 / 791
最終章
第721話
しおりを挟む「エミリアちゃん」
「……なに?」
「みんなを裏切り続けた俺の罰は、何が妥当だと決まったのかな?」
やっぱり、アルマンさんは覚悟を決めてここへきたんだね。
「俺の中にナナシの信仰を続けてきた先祖たちの幻聴が絶えず聞こえているんだよ」
アルマンさんは両手の平を開いて悲しそうに見つめる。
「声に抗うのは疲れましたか?」
「そう、だな。……いつ、この手が大事な仲間たちを襲うか分からない。精神が乗っ取られるかもしれない。ミリィの店に現れた、あの男のように」
数ヶ月前のことが思いだされる。あの時の男は調査の結果、遠い先祖に旧シメオン国の血が一度混じっていた。検査の結果、一滴の血に微生物と変わらないほど僅かなシメオン国の血が隠れていた。
ダイバたち竜人と同じように血を薄めていくだけでは、ナナシの精神支配から抜け出すことができないことを証明された。その事実は、アルマンさんの心を深く傷つけただろう。
「ねえ、アルマンさん。……手を傷つけて? 血が出るくらい」
一瞬、アルマンさんの表情が固くなった。しかし、すぐに私が差し出した小刀の意味に気付く。
「成功するか、分からないぞ」
「でも、試す価値はあるでしょう?」
私のもつ聖女の能力。それで、アルマンさんの体内に隠れたナナシの血液を消そうというのだ。
「やってみて、もしダメだったら別の手を試せばいい」
「別の手? そんなにも試す方法はあるのか?」
「あるよ。ほとんどはピピンの協力が必要だけど」
聖属性を得たピピンが真っ先に試したのは、自分がつくれる水に聖属性を混ぜること。試行錯誤の末に完成させた水の安全性は、エイドニア王国のポンタくんが検査してくれている。
「そして使用許可が出たものに関しては、試作実験にシーズルを使ってる」
それが、この前の調査報告会議でみせた『気持ちよくエミリア教に従いたくなる美味しいお水』を飲んだシーズルの姿。
「アレは操り水ではないのか?」
「違うよ。ダメなものなら、ポンタくんが使用禁止か使用対象者を限定するから」
操り水ではないなら、一体なんだ? そう聞いた私にピピンが爽やかな笑顔で教えてくれた。「アレは『清らかな水』です」と。
清らかな水+聖属性=聖水。
「じゃあ、ないんだよね~。コレが」
聖水は『いやしの水』に聖属性を混ぜることで出来るのだ。じゃあ、『清らかな水』でできたものは?
「『清らかな水(上)』。ポンタくんの検査結果では、心を落ち着かせる効果があるらしいよ」
「ほう……。それが声を荒げていたシーズルが大人しくなった理由か」
そうそうと頷くと、笑いながら私の額に手を置いて首を振るのを止められた。最近は頭を振るとダイバ以外にも止められる。
ピピンを「教祖様」と呼んで忠誠心をみせたのも「精神が落ち着いたから。その隙間に、引き摺り出して大きくなった『エミリア教の信仰心』を詰め込んだ」から。
「昂った感情を一気に窄ませると、感覚が鈍って精神が不安定になるの。そこにピピンはエミリア教への信仰心を引っ張り出して隙間に詰め込むようにしたの。これだと昂った感情はそのまま信仰心に互換される」
「それがあの『教祖様』発言になるのか。シエラやリドへの愛情でも良かったのではないのか?」
「それがね、昂った感情と愛情を交換すると……」
「すると?」
「シエラの身体に大きな負担を与えることになるの。一方的に与えられる愛情は苦痛にしかならないよ」
「アイツは、ネージュの愛はエミリアちゃんの苦痛になっていないのかな?」
そう言った私にちょっとイタズラっぽく、でも言葉の裏には私たちを優しく見守る父親の愛情が含まれた声。ネージュもまた失われた国の王子。他人事のようには思えなかったアルマンさんは、ネージュの父親代わりに接していた。
鉄壁の防衛は南部守備隊出身者がそのほとんどを占める。いわゆる外部から加わった彼が、守備隊の規則を身につけた元隊員たちがつくった隊規を理解できるはずがない。その指導と基礎体力をつけるための特訓を介して、2人は互いの事情を知った。
「大丈夫。『さんをつけずに呼んで』だけです、彼が私に望んだのは」
それは、ダイバたちが呼び捨てで呼ばれていることに嫉妬したから。
「私が呼び捨てにしないのは、相手を目上に見て尊敬しているからだと知ってるけど……『他人行儀で寂しい』んですって」
私の暴露にアルマンさんは笑う。
まだ何も罪を犯していない。それなのに、先祖が信仰していたナナシ。その信仰心が子孫の血に受け継がれている。それが罪だとの思いから「死んで罪を償おう」なんて考えている。その罪悪感から離れられるよう、アルマンさんの気持ちを浮上させる。
「助かりたい」
その思いが、私がもつ聖女の能力を強くするのだから。
89
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。
古森真朝
ファンタジー
「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。
俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」
新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは――
※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。
樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。
ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。
国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。
「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」
三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します
冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」
結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。
私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。
そうして毎回同じように言われてきた。
逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。
だから今回は。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。