チート能力解放するにはヘタレを卒業しなきゃいけない

植木鉢たかはし

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声にならない声を聞いて

消えた声

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 『失声症』

 アリアさんが陥った症状はそれだった。
 簡単に言えば、発生器官になんの異常もないのに、声がでなくなってしまう病気だ。明確な治療法はないらしく、一日や二日で治る人もいれば、一年、十年、あるいは一生治らない人もいる、個人差が大きい病気だ。
 症状の方でも、ただ声が出しにくいだけだったりとか、なんとなく喉につかえる感じがしたりとか、全く声が出なくなったり……様々だ。

 アリアさんの場合は、完全に声が出なくなるタイプだ。なにかを言おうとしても、声がその口から発されない。たまに吐息のような声が少し発されるだけだ。
 原因は極度なストレスがほとんどだそうだ。……ミーレスとのやり取りが引き金になった可能性が高い。

 そのアリアさんの部屋の扉を、僕は軽く叩いた。


「アリアさん、僕です」


 しばらくして、ガチャっと鍵が開く音がし、アリアさんが顔を出す。


「お昼、持ってきましたよ」


 アリアさんはわずかに笑い、僕を中に招き入れる。
 あの日、アリアさんの声が出なくなってから、アリアさんは他の人に会うのを嫌がった。部屋からもほとんど出ようとせず、鍵を締め切っている。
 それなのに、僕のことだけは招き入れてくれる。そればかりか何もなくても僕のことを呼び、一人が嫌だから一緒にいてほしいとねだるのだ。

 別に嫌じゃないのだが、その反応が少し不思議だ。エマさんたちに会いたがらないのはわかる。アリアさんのことだ。弱った自分を見せるのが嫌なのだろう。
 でも……なぁ。

 ご飯の乗ったお盆をテーブルの上に乗せると、アリアさんが紙に文字を走らせた。


『ありがとう。悪いな、毎回』

「……いえ、全然! 僕は気にしていないですよ」


 声が出なくなってから、アリアさんは筆談で僕とコミュニケーションをとるようになった。正直、まぁ、筆談じゃなくても大丈夫なんだけど。


『じゃあ、いただくな』

「はい、どうぞどうぞ!」


 アリアさんは静かに手を合わせると、ご飯を食べ始めた。あの日から二日が経ち、熱は下がっていたが、未だに体の気だるさは取れないらしく、どこか弱っているように見える。
 僕はなんとなくアリアさんの部屋を見渡す。

 アリアさんの部屋はシンプルだ。白を基調とした部屋で、薄桃色のカーテンや木の机や椅子が映える。アリアさんらしくさっぱりしていて、余計なものは一切なく、しかし可愛らしさも滲み出るような、そんな女の子らしい部屋だ。
 そのアリアさんの部屋の本棚の上に、写真立てがあるのに気がついたのだ。


「これ……」

「…………」


 写真立ては、写真が下になるように、倒して置かれていた。僕が振り向くとアリアさんは顔をあげ、こちらをじっと見ていた。


「……見てみても、いいですか?」

「……――、――――」


 アリアさんがうなずいたのを見て、僕は写真立てを手に取る。


「…………」


 思わず、言葉を失って、その写真を見つめてしまった。
 かなり昔のもののようだ。写真は色褪せ、ほこりも被っていた。それでも、アリアさんが大切にしていたのだと分かるもので。

 ――写真は、家族写真だった。

 真ん中に写るアリアさんはまだ幼く、ほんの4、5才に見える。あどけない笑顔に、ぎゅっと心を鷲掴みにされたようだった。
 アリアさんの右側に写るエヴァンさんも、若い。笑って、アリアさんの右手を握っている。

 そしてアリアさんの左に……僕の知らない女性が立っていた。柔らかい金色の髪をふんわりと纏め、緑色の瞳を細め、優しく微笑むその人は、どこかアリアさんに似ていた。
 僕はその写真を持って、少し控えめに訊ねた。


「あの……この人って、アリアさんの?」


 アリアさんはうなずくと、文字を書く。


『母上だ。これは、13年も前のやつだな』

「13年……ってことは、アリアさんは5才ですか」

『そうなるな。まだこのときは、あんなことになるなんて考えていなかったんだ』


 ……このときのアリアさんは、幼くて、人は、死んでも生き返ると思っていたのだ。当たり前と言えば当たり前かもしれない。
 しかしこのほんの数年後、それは現実じゃなかったと、いやでも分かることになるのだ。

 そして今、成人するよりも前に、一人になってしまった。


「……聞いても、いいですか?」


 僕がそういうと、なにを? と言うようにアリアさんが首をかしげる。


「アリアさんのお母さんって、どんな人だったんですか?」

「…………」


 アリアさんは少しの間考え込み、そして、文字を綴る。


『ごめんな。あんまり覚えていないんだ。なにせ10年以上前のことだからな。でも、』


 そこまで書いて、一瞬手が止まる。僕はなにも言わない。その一瞬に、気づかないふりをした。
 なにかを断ち切るように、アリアさんは目を閉じ、そして、文字を書く。


『とても優しい人だった。それだけは、私が覚えている上で絶対の事実だ。
 泣いてる子供がいたら、真っ先に声をかけてあげるような、そんな人だった』


 そう書いてから、少しためらって、


『と、思う』


 そう書き足した。


「アリアさんがそう言うなら、そうだったんですね。それなら……」


 僕は写真に視線を落としながら言った。


「アリアさんは……アリアさんのお母さんに似たのかもしれませんね」

「…………――」

「だって、アリアさんは誰よりも優しくて、路頭に迷ってた僕を助けてくれたんですから」

「――――」

「そうですよ。優しくなきゃ、あんな怪しさ満点な人、助けてくれませんよ」


 アリアさんはクスクスと声を発さずに笑うと、


「――――」


 そう言って、また、ご飯を食べ始めた。
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