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届かない想いに身を寄せて
記憶
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僕らは逃げる。とにかく遠くへ。なるべく目立つように。
捕まってはいけない、捕まらないように、でも、出来るだけ時間をかけて視線を集めて、逃げる。
……少し人の群れが遠くになった。それを確認したテラーさんは、不意に、小さく言葉を漏らす。
「……いいな」
「え」
「ロインとレイナさ。姉弟じゃん? お互い支えあっててさ」
「そりゃそうだが……どうして急に」
……そういえば、いつか、テラーさんは自分に妹がいたと言っていた。それを思い出したのか。
「……妹さんと、仲良かったんですか?」
「どうだろうね。悪くはなかったと思うけど、手がかかるからさ」
人が遠すぎてもダメ。集まった人が僕らにある程度追いつくまでの間、少しスピードを落として、テラーさんは話してくれた。
「大好きだったけど、大嫌いだったよ。たまに分からなくなる。本当に嫌で嫌で、妹なんて……って思ったことだってあったけど」
「…………」
「……大喧嘩したとき、あいつ、『私なんかいなけりゃよかった』って言ったのさ。……変なの。自分だってそう思っていたのに、いざ本人にそれを言われると、どうしてもそれを否定したくなるんだよね」
聞いたことのある台詞だった。あの男に放った言葉に似ていた。
「兄弟とか姉妹ってのは不思議なもんでさ。多分、感覚が比較的近いからだと思うんだけど、ぶつかるときは尋常じゃない。でも、切っても切り離せない」
『だって実際、私は妹のことを覚えている』
「覚えているのが不思議なことなんですか?」
「え……? もしかしてウタくん、また……?」
「ん、なんか言ってたのか、テラー?」
「いや、切り離せない、までだけど」
「ウタ……?」
テラーさんが、アリアさんが、スラちゃんが、僕を不思議そうに見つめてくる。
……また、あの力なのか。僕は使いたいなんて思っていないのに。これじゃあ、人が隠したかったことも簡単に見抜けてしまう……。個性の塊'sに使えるんだから、このスキルは誰にでも使えるんだろう。
「……ご、ごめんなさい、テラーさん……そういうつもりじゃ……」
「んー、ま、いいよ。せっかくだし、その質問に答えてあげる」
そう微笑んだテラーさんは、ワイバーンを一体呼んで、体を休めるようにその背にそっと腰かけた。
「妹とか、家族とか、友達とか、親友とか……覚えてるのは、『理論的に考えたら』おかしいことだよ」
「それは?」
「だって私……私だけじゃない。アイリーンも、ドロウも、おさくも、ジュノンも、もう自分の名前がわからないんだから」
「……え」
自分の名前が分からない? それは……やっぱり、自分の存在が消えているから、だろうか? にしても、だって……。
「私たちは、自分たちを別の名前で呼んだ。どうしてそうしようとしたのか、今はもう思い出せない。でも、そのおかげで今の名前が定着、元の名前はどっかに行っちゃった」
飄々と言ってみせるけど……名前は、自分を形作ってきた大切なもので、生まれて初めてもらう、宝物で……そう簡単に、忘れてはいけない、忘れるはずがないもの。
それを失ったその人は……笑いながら喋ってみせるけど、やはり、どこか悲しそうにも見えた。
「自分の名前が思い出せない。なにも思い出せなくなっていく。でも、変だよね? よりにもよって、自分の名前を最初に忘れるんだ。……おかしいよね、妹の存在を覚えてるって言うのに。親友の顔も分かるよ、はっきりとね……。
存在だって、顔だって、声だって、名前だって……覚えてる。でも、だんだん薄れていく。向こうのみんなは、もう私のことを覚えてないって、そう思う度に、記憶が薄れていく」
「…………」
「最後に残るのは、苦い思い出。嬉しかったり、楽しかったりしたことは、先に消えていく。
苦しかったり、辛かったりしたことの方が、よく頭に残るんだ。
忘れたことさえ忘れてしまって、それでも、何かとても悲しいことがあったってことだけ覚えてて、何も解らないまま、生きていくんだ」
「…………」
僕は、なんの言葉も返せない。だって、僕には記憶がある。元の世界で生きてきた記憶が、しっかりとある。
両親の顔、姉の顔、友人の顔……そして、あいつの顔。
僕はこんなに忘れてしまいたいのに忘れられなくて、テラーさんは、覚えていたいのに忘れてしまって。
だから……その苦しみが分かる一方で、どうしても解らない自分がいた。
――忘れられる方がいいじゃないか。
そう思ってしまう自分がいて、だからこそ、何も言えなかった。
「……追いついてきたね、それじゃあ」
「テラー」
不意に、アリアさんがテラーさんに声をかける。その声色は真剣で、どこか……覚悟を感じた。
「こっちに来てからの記憶はあるんだろ?」
「まぁね」
「なら、今、昔を話したことを忘れないはずだ。妹の存在を、家族の、友人の存在を、忘れないはずだ。思い出す度に忘れるなんてこと、あるはずがない。
……個性の塊'sが、そんなことで弱気になるなんて、らしくない。
昔のことを思い出す暇もないくらい振り回してやる。どこまでも振り回してやる。暗い思い出が埋もれるくらい、明るい思い出を詰め込んでやる。
忘れたら思いださせる。個性の塊'sが忘れても、Unfinishedは忘れない。……そうだろ、ウタ」
僕は、ただうなずいた。その覚悟に、圧倒された。だって、それは暗に、最強と謳われたパーティーの、唯一と言ってもいい弱点を背負うということだから。
「…………それは、私たちに対する挑戦状かな? ジュノンたちが聞いたら、何て言うかな」
でも、と、視線を前に移しながらテラーさんは呟いた。
「私は、嬉しいよ」
捕まってはいけない、捕まらないように、でも、出来るだけ時間をかけて視線を集めて、逃げる。
……少し人の群れが遠くになった。それを確認したテラーさんは、不意に、小さく言葉を漏らす。
「……いいな」
「え」
「ロインとレイナさ。姉弟じゃん? お互い支えあっててさ」
「そりゃそうだが……どうして急に」
……そういえば、いつか、テラーさんは自分に妹がいたと言っていた。それを思い出したのか。
「……妹さんと、仲良かったんですか?」
「どうだろうね。悪くはなかったと思うけど、手がかかるからさ」
人が遠すぎてもダメ。集まった人が僕らにある程度追いつくまでの間、少しスピードを落として、テラーさんは話してくれた。
「大好きだったけど、大嫌いだったよ。たまに分からなくなる。本当に嫌で嫌で、妹なんて……って思ったことだってあったけど」
「…………」
「……大喧嘩したとき、あいつ、『私なんかいなけりゃよかった』って言ったのさ。……変なの。自分だってそう思っていたのに、いざ本人にそれを言われると、どうしてもそれを否定したくなるんだよね」
聞いたことのある台詞だった。あの男に放った言葉に似ていた。
「兄弟とか姉妹ってのは不思議なもんでさ。多分、感覚が比較的近いからだと思うんだけど、ぶつかるときは尋常じゃない。でも、切っても切り離せない」
『だって実際、私は妹のことを覚えている』
「覚えているのが不思議なことなんですか?」
「え……? もしかしてウタくん、また……?」
「ん、なんか言ってたのか、テラー?」
「いや、切り離せない、までだけど」
「ウタ……?」
テラーさんが、アリアさんが、スラちゃんが、僕を不思議そうに見つめてくる。
……また、あの力なのか。僕は使いたいなんて思っていないのに。これじゃあ、人が隠したかったことも簡単に見抜けてしまう……。個性の塊'sに使えるんだから、このスキルは誰にでも使えるんだろう。
「……ご、ごめんなさい、テラーさん……そういうつもりじゃ……」
「んー、ま、いいよ。せっかくだし、その質問に答えてあげる」
そう微笑んだテラーさんは、ワイバーンを一体呼んで、体を休めるようにその背にそっと腰かけた。
「妹とか、家族とか、友達とか、親友とか……覚えてるのは、『理論的に考えたら』おかしいことだよ」
「それは?」
「だって私……私だけじゃない。アイリーンも、ドロウも、おさくも、ジュノンも、もう自分の名前がわからないんだから」
「……え」
自分の名前が分からない? それは……やっぱり、自分の存在が消えているから、だろうか? にしても、だって……。
「私たちは、自分たちを別の名前で呼んだ。どうしてそうしようとしたのか、今はもう思い出せない。でも、そのおかげで今の名前が定着、元の名前はどっかに行っちゃった」
飄々と言ってみせるけど……名前は、自分を形作ってきた大切なもので、生まれて初めてもらう、宝物で……そう簡単に、忘れてはいけない、忘れるはずがないもの。
それを失ったその人は……笑いながら喋ってみせるけど、やはり、どこか悲しそうにも見えた。
「自分の名前が思い出せない。なにも思い出せなくなっていく。でも、変だよね? よりにもよって、自分の名前を最初に忘れるんだ。……おかしいよね、妹の存在を覚えてるって言うのに。親友の顔も分かるよ、はっきりとね……。
存在だって、顔だって、声だって、名前だって……覚えてる。でも、だんだん薄れていく。向こうのみんなは、もう私のことを覚えてないって、そう思う度に、記憶が薄れていく」
「…………」
「最後に残るのは、苦い思い出。嬉しかったり、楽しかったりしたことは、先に消えていく。
苦しかったり、辛かったりしたことの方が、よく頭に残るんだ。
忘れたことさえ忘れてしまって、それでも、何かとても悲しいことがあったってことだけ覚えてて、何も解らないまま、生きていくんだ」
「…………」
僕は、なんの言葉も返せない。だって、僕には記憶がある。元の世界で生きてきた記憶が、しっかりとある。
両親の顔、姉の顔、友人の顔……そして、あいつの顔。
僕はこんなに忘れてしまいたいのに忘れられなくて、テラーさんは、覚えていたいのに忘れてしまって。
だから……その苦しみが分かる一方で、どうしても解らない自分がいた。
――忘れられる方がいいじゃないか。
そう思ってしまう自分がいて、だからこそ、何も言えなかった。
「……追いついてきたね、それじゃあ」
「テラー」
不意に、アリアさんがテラーさんに声をかける。その声色は真剣で、どこか……覚悟を感じた。
「こっちに来てからの記憶はあるんだろ?」
「まぁね」
「なら、今、昔を話したことを忘れないはずだ。妹の存在を、家族の、友人の存在を、忘れないはずだ。思い出す度に忘れるなんてこと、あるはずがない。
……個性の塊'sが、そんなことで弱気になるなんて、らしくない。
昔のことを思い出す暇もないくらい振り回してやる。どこまでも振り回してやる。暗い思い出が埋もれるくらい、明るい思い出を詰め込んでやる。
忘れたら思いださせる。個性の塊'sが忘れても、Unfinishedは忘れない。……そうだろ、ウタ」
僕は、ただうなずいた。その覚悟に、圧倒された。だって、それは暗に、最強と謳われたパーティーの、唯一と言ってもいい弱点を背負うということだから。
「…………それは、私たちに対する挑戦状かな? ジュノンたちが聞いたら、何て言うかな」
でも、と、視線を前に移しながらテラーさんは呟いた。
「私は、嬉しいよ」
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