本音を言えば好きにされたい

冲令子

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伸ばされる男

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「えっ、誰!?」

 声を上げてから、俺が『誰』じゃん、と池上は青ざめた。
 その翌朝、池上は知らない男の姿にびっくりして、ベッドから飛び起きた。寝室のドアの前に立つ男は、見開いた目で裸の池上を見つめる。
 こんなセキュリティの固そうなマンションに出入りできるのだから、カツキの知り合いに決まっている。

「慶太?」

 ドアの奥からカツキの声が聞こえた。
 風呂上がりの、まだ髪が濡れたままのカツキが男の隣に並ぶ。やばい、修羅場に巻き込まれる、と池上は体を縮こめた。
 三角関係? NTR? 俺が寝取ったことになんの? 挿れられてんの俺だけど!?
 男がカツキを、困った声で『コウヘイ』と呼んだ。

「えっ、誰!?」




 着替えてから、弟と紹介された慶太に改めて挨拶する。

「……じゃあ、そろそろ帰るわ。お邪魔しました」

 居辛い雰囲気を察してそう告げると、香月はあっさりと池上を玄関まで見送った。バタンと閉まるドアに、無情さを感じる。

「カツキって苗字なのかよ~。名前かと思ったじゃん!」

 慶太が『コウヘイ』と呼んだ時には、カツキが偽名を使っていたのかと思った。出会いが出会いだけに、偽名でも不思議ではないのだが、ちゃんと本名を名乗ってくれていたとわかって、なんとなくほっとした気持ちになる。

「カツキ? コウヘイ? どんな漢字? ググったろ♡」

 朝帰りの電車の中、スマホでその名前を検索する。
 今日は休みだし、もう少しあの高級マンションでゆっくりしたかったなあと思う。それで、もう一回くらいハメて欲しかった。
 意外と嫌悪感はなかった。むしろ池上がノリノリ過ぎて、カツキの方が引いていたかもしれない。
 当たり前だが、やっぱり風俗のプレイとセックスは全然違う。生ちんぽの熱さと力強さを知ってしまったら、もうペニバンでは満足できないかもしれない。

 そう思いながら、検索画面に表示された結果を見た池上は、思わずエッと声を漏らした。

「ガチ有名人じゃん!」

 やばぁ……と冷や汗をかきながら、検索に出てきたページクリックする。

「劇伴作曲家……まじ? 俺、この映画観たよ……」

 あんな部屋に住んでるくらいだから、普通のサラリーマンなわけないよなあと、改めて思う。世間一般からすれば池上も高収入だと思うが、さすがにあそこには住めないだろう。
 野球場で見た時は、ぼっちのニートかと思ったのに、もう気軽に絡めそうにない。というか、連絡先すら交換していない。
 
「ふたなり美女でも探すか……」

 はあ~と溜息をついた池上は、昨夜の睡眠不足を取り返すように、電車の揺れに身を任せて眠りについた。





 オキニ嬢の予約は取れないし、そもそも嬢より香月の方が掘るの上手かったよな、と思うと、風俗に行きたい欲も湧かない。
 たまには普通のセックスでもするかと、同期がセッティングした合コンで、Sっぽくてふたなりの可能性がありそうな美女を持ち帰ろうとした池上は、夜の路上でアッと声を上げた。

 池上の声で、俯きがちに歩いていた香月が視線を上げる。
 もう会うことはないかと思っていたが、香月の家と池上の会社はすぐ近くなのだから、こんなふうに顔を合わせることだってそりゃある。
 香月はちょっとびっくりした表情を浮かべた後、気安い態度で片手を挙げた。バツの悪そうな感じもなく、久しぶりに友達に会ったみたいな態度に、池上も自然と手を振って応えた。

 池上は合コンのメンバーにお疲れ、と告げると香月の元へ駆け寄る。

「いいの?」

 さっきまで池上がいた集団の方を見て、香月が尋ねた。
 持ち帰る雰囲気は出していたけど、ちゃんと誘う前だったし大丈夫だろう。第一、女の子にとっては勤務先と見た目が良ければ、相手は池上じゃなくてもいいのだ。

 香月が近くのカフェに入ろうとするのに、

「え~、家じゃないの?!」

と言ったら白い目で見られたので、大人しく従う。

「あっ! 連絡先! 交換して!!」

 席に着いてすぐに慌ててお願いすると、素直にメッセージアプリの連絡先を教えてくれた。

「池上くんも合コンとかするんだ」
「掘りたい欲があったから参加したけど、よく考えたら普通のセックスってマグロのままで気持ちよくしてくれるわけじゃないし、面倒だよな」

 香月は呆れた顔で池上を見つめた。

「女の子のこと『掘る』って言うのやめなよ」

 目の前に座る香月は、この前会った時とは印象が違って見えた。

「今日、かっこいいね」

 きっちりしたスーツではないが、ジャケットを羽織って髪もちゃんとセットしている。素性を知ってから見ると、いかにもアーティストという感じがした。

「今日は仕事の打ち合わせがあったから……」

 池上の視線を感じて気恥ずかしくなったのか、香月は困ったような表情で、額を出した髪の毛をぐしゃぐしゃと手櫛で崩してしまった。

「この前はごめんね。追い出すみたいになっちゃって」
「俺はいいけど、香月くんこそ弟くんと気まずくならなかった?」
「気まずいに決まってんだろ」

 思わず、ごめんと肩をすくめると、池上くんのせいじゃないけど、とフォローされた。

「まあ、俺がゲイなのは家族は知ってるし」

 そう言って、香月は運ばれてきた紅茶を上品な仕草で飲んだ。

「弟に仕事手伝ってもらってんだけど、忙しくなると家の事とか全然出来なくなるから、身の回りの世話込みで給料払ってんの」
「作曲家なんだよね」

 池上の言葉に、香月はちょっと驚いた表情になった。

「知ってたんだ」
「調べた」
「え、キモ……」
「だって、あんなとこ住んでるし、何してるか気になるじゃん!」

 香月は、まあいいけど、と池上を見つめた。

「池上くんは名刺くれたしね。俺だけ言わないでいるのもフェアじゃないし」
「いや、あれは俺がお願いする立場だったから」

 目が合うこと数秒。

「香月くん、俺、電車なくなっちゃったんだけど」

 池上がそう言うと、香月はキョトンとした表情をしてから、仕方ないなって感じで笑った。

「じゃあ俺んち来る?」

 カフェを出て、人混みをかき分けて香月のマンションに向かう。まだ全然終電の時刻じゃないし、なんならようやく夜の街が活気づく時間だった。
 池上が女の子から同じことを言われたら、問答無用でタクシーに押し込んで、一人で帰らせたかもしれない。

「終電までには帰してあげるよ」

 香月とはこんな駆け引きも楽しかった。





 パンツ一枚の姿でバスルームから出ると、リビングの壁にもたれて香月が立っていた。
 床を指さして、

「池上くん、座って」

と言われ、フローリングの床に尻をついて座る。

「脚開いて」

 何をさせられるのかわからないまま、おずおずと脚を開く。

「え……なに……恥ずかしいよお……♡」

 膝を立てて股を開いた姿勢で、もじもじと香月を見上げると、もっと、と指示される。
 目一杯開脚したところで、香月が池上の背後にまわった。そのまま壁に向かって、足の裏で背中を押される。

「痛っ! ちょっ……!! 痛い! 裂ける!!」

 壁に押しつけられて、180度近くまで脚が開く。
 股関節のあまりの痛さに涙目で後ろを振り返ると、香月が腹を抱えてゲラゲラ笑っていた。

「え……なに、これ…………ひど……」

 香月は目尻に浮かんだ涙を拭いながら、池上の横にしゃがみ込んだ。

「だって池上くん、体硬いんだもん」

 はあ~? と怒りとも呆れともつかない声が漏れるが、

「体柔らかい方が、いろんな体位できるじゃん」

と言われて、あっさり許す気になってしまった。
 よたよた歩いてベッドに倒れ込むと、後ろから抱きしめられる。

「体の硬い池上くんは、寝バックでしようか。脚開かなくてすむし」

 背中にのしかかった香月が、パンツをずらす。尻のあわいをなぞられて腰を揺らすと、香月のものがゆっくりと中に入ってきた。

「お、重……」

 池上がグエっと潰れるような声を漏らすと、香月が笑って、その振動が中まで響いた。背後から圧迫されて身動きできず、好きなように中を突かれる。

「う……っ! ふか、あ゛ぁ♡深ぁ……いっ……!♡♡」

 奥を捏ねるように突かれ、背中が丸まって腰が浮いた。腹とベッドの間にできた隙間に、香月の手が滑り込む。

「池上くんはどうされるのが好き?」

 背中に覆い被さる香月が、耳元で囁く。

「わ、わかんな……♡」
「じゃあ、嫌なことは?」

 池上は躊躇ったのちに、

「……先っぽ…………」

と呟いた。

「弄られるとすぐイっちゃうから、あんまり触んないで」
「それって触ってってこと?」
「ち、違……!」

 先走りで濡れた亀頭に香月の手が伸びて、くちゅくちゅと優しく撫で回す。バックで突かれながら先端を弄られて、すぐに上り詰めてしまいそうだった。
 脚をピンと伸ばしてぴくぴく震えると、香月が耳元に唇を寄せた。

「池上くんがイったらやめるね」
「えっ!」

 びっくりして後ろを振り返ると、香月が意地の悪い顔をしながら腰を引いていく。

「や、やだ……抜かないで……♡」

 無意識のうちに、後ろが香月のものを食いしめて、射精をねだるようにうねる。

「あー……すげえ締まる」

 耳元で呟かれて、さらに中が締まった。

「イキたい?」

 香月の問いに、バカみたいに何度も頷く。
 香月は、ピンと閉じた池上の脚の間に膝を割り込ませると、ぐいっと大きく広げた。そのまま片脚を抱えて、内腿を撫で回す。

「ちゃんと股関節伸びてるね」

 内腿から陰嚢、会陰と指先で愛撫しながら、さっきよりも大きなストロークで腰を揺らされて、鼻にかかった高い声が漏れた。

「声かわい」

 肌を密着させて、背後から押し潰されるように陰茎を捩じ込まれる。同時に手のひらで亀頭を揉まれて、池上は声も出せずに痙攣した。勢いのある射精はしなかったけど、ほとんど漏れていた気がする。それでも、香月は池上の中から出ていかなかった。
 汗が吹き出た背中の上から、喉の奥で唸るような喘ぎが聞こえる。その声と腹の奥に広がる熱さで、池上の中がぎゅーっと締まった。




「池上くん、ちんちん弱すぎない?」
「普段はもっとつよ!」

 とはいうものの、挿入されている間はずっととろとろと漏らし続けていて、今後まともな射精ができるか若干不安になる。
 池上が服を着ながら、さっきの女の子に連絡してみようかと考えていると、香月がベッドからシーツを剥がしだした。

「帰る時、俺も一緒に出るから。コインランドリー行く」
「え? 家で洗えばよくない?」

 池上がそう言うと、香月は気まずそうな表情でシーツを手提げ袋に突っ込んだ。

「明日、慶太──弟が来る日なんだよ。普段家事なんてしないのに、シーツ干してたら気まずいだろ」

 証拠隠滅を計る香月と共に部屋を出て、エレベーターに乗り込む。

「なんで地下?」

 香月の押した行先階を見て池上が尋ねると、このマンションの地下にコインランドリーがあるのだと言う。

「えっ! 見たい! 見せて!」

 池上も一緒に地下へ行くと、想像の千倍くらい綺麗で広々としたランドリールームがあった。
 街の鄙びたコインランドリーを想像していた池上は、間抜けヅラで部屋の中を見まわした。

「へ~……すご」
「まあ便利だよね。俺は使うことないけど」

 慣れない手つきで洗濯機を操作する香月に、池上はニコニコと微笑んだ。

「仕方ないから、洗濯が終わるまで俺が話し相手になってあげよう」

 ソファに座って、漫画とかないの? と備品をゴソゴソ探す池上を、香月が困惑した表情で見下ろす。

「一旦部屋に戻るつもりだったんだけど……」

 香月はそう言いながらも、池上の横に腰を下ろした。
 高性能のコインランドリーでは、シーツ一枚を洗濯乾燥するのに一時間もかからずに終わってしまった。
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