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ブラディ・キャンプ/皆殺しの森

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 空気を切り裂くような叫び声に、ビクッと体が揺れる。聞こえていないはずはないのに、暁生は何事もなかったかのように、再び俺の胸に吸いついてきた。

「おい! 暁生!」

 平然と胸をしゃぶり続ける頭を掴んで無理やり唇を引き離すと、不服そうな視線とぶつかった。

「何かあったんじゃないか?」
「ふざけてるだけだろ」

 再び乳首を舐めしゃぶり始めた暁生の体を突き放して、湖畔側の入り口から外に出る。暁生も渋々ついてきたが、火照って真っ赤なままの俺の顔を見て、ニヤニヤと笑った。
 俺は暁生の尻を蹴り飛ばすと、人影が見える方へと走った。

 近づくにつれて、走る速度が落ちていく。
 青く澄んだ湖の一部が、真っ赤に染まっていた。
 浅瀬で仰向けに倒れている宏哉のそばで、真っ青な顔をした廉が座り込んでいた。
 近づくのが怖くて立ち竦んでしまった俺の目を、暁生が手で覆った。

「大丈夫か? 何があった?」

 廉は虚な目を暁生に向けたものの、言葉も出ない様子だった。
 暁生は宏哉のそばへ行って脈をとると、首を振ってその上半身にバスタオルをかけた。チラッとしか見えなかったが、刃物の柄が首に深々と突き刺さっていた。
 暁生はタオルに包まれた宏哉を抱き上げて岸辺に横たわらせると、今度は座り込んだまま茫然としている廉の背後に回り、浅瀬から引き上げる。

 廉は俺と暁生を交互に見ると、短い呼吸を繰り返した。俺までつられてパニックになりそうだったが、暁生は冷静に廉の背中をさする。

「ゆっくり吐いて……息を止めて……大丈夫、怖くないから……」

 暁生の低く穏やかな声で、廉の呼吸は次第に落ち着いたが、今度はぼろぼろと泣き始めた。

「何があったか話せるか?」

 暁生の問いかけに、廉は頷いてたどたどしく説明を始めた。

「みんなで泳いでたら……宏哉が見えなくなって…………お、溺れたんじゃないかって……でも、オーナーもいつの間にかいなくなってて、俺と春人と二人だけでどうしようってなって、そしたら、少し離れたところで、ひ、宏哉が──……」

 がたがた怯え出した廉をタオルにくるむが、体の震えは止まらなかった。

「オーナーはどうしたんだ? せめてスマホの置き場所さえわかれば……春人はどこに行った?」
「は、春人は……宏哉を見て、助けを呼んでくるって……」

 暁生は『瑞希』と俺を呼んだ。

「廉を連れてバンガローに行けるか? 鍵はかけておけよ」
「暁生は……?」

 思わず心細い声が漏れた。
 動揺のあまり俺は何も考えられず、廉を気遣う余裕もなかった。正直、暁生がそばにいてくれないと不安だった。

「とりあえずオーナーを探すよ。スマホか車の鍵が見つかれば人を呼べる。見つからなかったら麓まで行ってくる」
「お、俺も……」

 立ちあがろうとする俺を、暁生は手で制した。

「瑞希は廉のそばにいてやれ」
「でも、暁生一人じゃ……」

 かつてここで起こった殺人事件の犯人は、まだ捕まっていない。
 曰く付きの場所への旅行が決まってから、こんなことが起きるんじゃないかって妄想を何度もした。けれど、本当に起こることを望んでいたわけじゃない。

「だめだ、行動するならみんな一緒じゃないと危険すぎる」

 思わず声を荒げた俺に、暁生は困ったような、子供を宥めるような薄笑いを向けた。

「俺なら大丈夫だから。すぐに戻るよ」

 暁生はそう言うと、引き止める間もなく森の方へと走って行った。
 残された俺は廉を担ぐようにして、一番近くのバンガローに連れて行った。

「悪い、一人でも大丈夫か?」

 顔を覗き込むと、廉は不安そうに俺を見つめた。

「ごめん、暁生が心配だから、ちょっと行ってくる。戸締りはしておいてくれ」

 廉は泣きそうな表情をしていたが、引き留めはしなかった。
 俺は外に出ると、暁生の後を追った。

 スラッシャー映画において、舐め腐った態度、単独行動、『すぐに戻る』というセリフは、全て殺られるフラグだ。このお約束を無視して捻りを効かせたつもりの映画もあるが、そんなのは独創性でもなんでもない。そういう映画は百パーセント駄作だ。
 暁生はそのお約束をフルコンボでやった。役満だ。

 暁生を探して遊歩道を小走りに進むと、草むらの陰に裸の背中が見えた。水着姿のままの暁生が、こちらに背中を向けてしゃがみ込んでいる。

「暁生!」

 振り向いた顔に、思わずギョッと足を止めた。

「バンガローにいろって言っただろう」

 暁生は咎めるように言うと立ち上がって、こちらに来るな、というジェスチャーをした。
 暁生の腕から上半身にかけては、真っ赤な鮮血で染まっていた。

「お、お前がやったのか……?」

 青ざめて尋ねると、暁生がため息をつきながら地面へ目をやった。足元は血の水溜まりができており、その真ん中では、首元から腹まで大きく切り裂かれた、水着姿のオーナーが倒れていた。

「酷いこと言うね」

 暁生はオーナーの死体を一瞥すると、俺の方へ歩き出した。思わず後退りそうになるが、体が動かない。
 ただでさえ薄暗い森の中、逆光で暁生の顔は黒く塗りつぶされたように見えた。ゆっくりと歩み寄ってくる暁生からは、血の匂いがする。
 いつの間にかじりじりと後退していた俺の背中が木にぶつかった。体が触れるくらいの距離まで来た暁生を、怯えた目で見上げる。

「車のキーかスマホがないか探してたんだよ。瑞希こそ、一人で出歩くなんて危ないだろう」

 なんで出てきたんだ、と説教するように言われて、ハッと我に返った。

「そうだ! 暁生に忠告しにきたんだよ!」

 俺は暁生の腕を咄嗟に掴んだ。血でぬるぬるしていたが、そんなことを気にしている場合じゃない。

「いいか……」

 真剣な目で見つめると、暁生も神妙な表情で俺を見つめ返した。
 
「お前は死ぬ」

 いきなり突拍子のないことを口にした俺を、暁生は呆れたような表情で見下ろした。

「いや、つまり……スラッシャー映画ってわかるか? 殺人鬼が若者の集団を刃物で殺しまくる映画なんだけど……」

 代表的な作品名を二、三あげると、暁生は、ああ……と頷いた。

「スラッシャー映画の法則でいくと、お前は死ぬ。そもそも、暁生はジョックタイプの嫌な奴だろ? その時点で死ぬ。しかも単独行動しておいてすぐに戻るなんて言うのは、確実に死ぬ」

 暁生を助けなければという使命感から焦って捲し立てた俺は、暁生の驚いたような表情で我に返った。
 いきなり死亡宣言されて、しかも映画の法則だからなんて言われれば、頭がおかしくなったと思われても不思議じゃないが、暁生はそうか、と頷いただけだった。

「……信じるのか?」

 それはそれで、なんらかの疾患を疑う。

「瑞希が言うならそうなんだろ」

 暁生はあっさり言うと、

「それで、どうすればいいんだ?」

と真面目な顔で尋ねた。

「一人は駄目だ。とりあえず、廉と合流しよう」

 俺は暁生の腕を掴んだまま、もと来た道を走って戻った。

「あっ! 服は着ろ! ヌードになった奴は死ぬ!」
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