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バーニング

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「ジョックって、フットボールのエースでいじめっ子みたいな奴のことだろ? 瑞希は俺のこと、そんなふうに思ってたんだ」

 わざとらしくしょんぼりした声で言われて、隣を走る暁生を慌てて見上げた。

「ち、違…………わないけど……。だってお前がい、意地悪なのは、その通りじゃん……」

 思わず足を止めてしまった俺のそばへ、暁生が引き返してくる。

「俺が嫌だって言っても……やめないし……」

 俯いた俺の真っ赤になった耳たぶに、爪まで血がこびりついた暁生の指がかかる。

「じゃあ嫌だって言われたら、すぐにやめるから」

 下を向いた俺を覗き込むように、暁生が体を折り曲げて顔を寄せた。
 かさついた唇が押し当てられると、嫌だと言うこともできないまま舌が滑り込んでくる。

「ん……♡あ、暁生……、や……♡」

 ハッと我に返って、暁生の体を押し退ける。

「殺人鬼はエロいことが大好きなんだ! こんなことしてたらすぐに寄ってきて殺される」
「ただのスケベかよ」

 暁生は呆れた声を漏らしながらも、大人しく体を離した。

「だいたい、なんでお前は裸なんだ。脱いだやつから殺されるんだぞ!」
「裸じゃなくて水着だよ」

 いいから服を着ろ! と喚く俺に、暁生はハイハイと返事をする。雑な対応だが、馬鹿にしたり無視するわけじゃない。

 バンガローに到着してドアをノックすると、おそるおそる顔を出した廉は、血まみれの暁生を見て錯乱してしまった。
 シャワーシーンは殺しの定番なので、暁生には湖で汚れを落とさせた。

 真新しくてまだ装飾も何もないバンガローのリビングで、これからどうすればいいか三人で膝を突き合わせる。

「春人を探しに行かなきゃ」

 廉の発言に、俺も頷いた。
 旅行メンバー六人のうち、オーナーと宏哉は亡くなり、春人は行方不明の状態だ。

「麓の方へ行ったんだろう? もうすぐ暗くなるから、遠くまでは探せないな」

 日はすでに傾き始めていた。
 金色に染まる湖は、こんなことがなければ美しく見えたはずだが、今は刻々と迫る夕闇への恐怖の方が大きかった。
 広い範囲を捜索できるから、とバラバラで行動するのは悪手だ。単独行動は即死を意味する。
 春人が駆けて行ったという麓への道を徒歩で下る。三人で固まっていても、風に揺れる葉の音や鳥の鳴き声が不気味に聞こえた。

「そろそろ引き返そう」

 長く伸びた影はもう、宵闇に紛れて見えなくなりつつあった。廉は不服そうな表情を浮かべらながらも、暁生の提案に渋々頷いた。
 来た道を戻る途中、廉がアッと声を上げた。

「春人?」

 来た時にはわからなかったが、草むらの中で確かに人が倒れているように見える。

「春人!」

 いきなり駆け出した廉を止めようと伸ばした俺の手は、虚しく空を掴んだ。

「廉!」

 名前を呼ぶと同時に、廉の体が不自然に宙を舞う。片足を軸にしてぐるんと回転した体から、鮮血が飛び散った。
 咄嗟に暁生が俺の頭を抱えて胸に押し付けるが、逆さ吊りになった廉の胸に切り込み鋏が突き刺さっているのが、目の端に映った。

「廉!!」

 草むらへ入ろうとする俺を、暁生が抱きかかえる。

「駄目だ。まだトラップがあるかも知れない」

 辺りはもうすでに暗くなりつつあった。
 血まみれで横たわる春人と、片脚で宙吊りになった廉を何度も振り返りながら、俺と暁生はバンガローへと急いで戻った。

 一番近くのバンガローに飛び込むと、震える手で鍵を閉める。窓や裏口の施錠も確認して、ようやくほっと息を吐いた。
 よく見ると、内装工事がまだ終わっていない棟らしく、工具や資材が床に散乱している。照明のスイッチを押すと灯りは点いたので電気は開通しているようで助かった。
 剥き出しの床に座り込むと、すぐ隣に暁生が腰を下ろした。一人じゃないことが、暁生がそばにいることがこんなに心強いと感じるなんて、思ってもいなかった。

「暁……」

 顔を上げた瞬間、肩を抱かれて唇を塞がれた。同時に手がTシャツの中に入ってくる。

「せっかく出てきてたのに、また隠れちゃったじゃないか」

 暁生の指が乳暈の周囲を撫でながら、中に埋まっている乳首を押し出すように揉みしだく。口の中は舌でねっとりと舐めまわされ、自然と鼻から抜けるような声が漏れた。

「ちょ……♡ん……っ♡♡……あ、暁生! ちょっと待て!」

 俺は暁生の体を突き飛ばすと、はあはあと肩で息をした。

「お、お前、ふざけてんのか!? こんなときにこんなことするなんて……!」

 声を荒げる俺を、暁生は不満そうに見つめた。

「こんなときだからだろ。瑞希とやる前に死んだらどうするんだ」
「ダメだ、セックスしたら死ぬ」

 それまで俺の言うことに反論もせずに従ってきた(聞き流してただけかもしれないが)暁生が、初めて疑うような目を向けた。

「エロいことしたら殺人鬼が来るって言っただろ。スラッシャー映画では、セックスは命懸けなんだよ」
「もう一回『セックス』って言ってみて」
「ふざけんな」

 暁生はわざとらしく拗ねたような表情で俺を見た。

「……俺とヤリたくないから、そんなこと言ってるのか?」
「違うって!」

 話している間にも、俺の服の中に手を差し入れようとする暁生と、それを払う俺の攻防が発生していた。

「だいたい、俺たち以外みんな死んだんだぞ。そんな気分にならないだろ」
「なる」

 暁生はそういうと、ぎゅっと俺を抱きしめた。

「俺が今日のこと、どれだけ楽しみにしてたと思ってんだよ……」

 耳元で呟く声に、思わずしんみりしてしまった。暁生の背中をよしよしとさする。
 わかる。わかるよ。明日セックスできるぞって思ったら、めちゃくちゃわくわくするよな。
 暁生は、俺の肩口に埋めていた顔を上げると、ジッと見つめてきた。

「殺人鬼が来てもいいじゃないか。むしろ、いつ襲われるのかって怯えながら夜を過ごすより全然マシだ。来たら返り討ちにすればいい」
「スラッシャー映画の犯人は死なない」
「なんだって?」

 暁生の目つきが、段々険しくなっていく。信じられない気持ちもわからなくはないが、嘘や言い訳をしていると思われるのは心外だ。

「じゃあどうやって終わるんだ」
「厳密に言うと、ファイナルガールとの一騎打ちじゃないと死なない」

 ファイナルガールとは、スラッシャー映画で生き残る唯一の存在だ。

「チアリーダーみたいな女の子は、まず真っ先に死ぬ。ファイナルガールは、そういう子と比べると地味だけど、堅実で知的で状況判断が早い」
「瑞希だ」
「タフで勇気があって──」
「瑞希だ」
「……中性的な名前をしていることが多い」
「もう瑞希だろ」

 ファイナル『ガール』とは言っても、男が生き残ることもある。
 とはいえ、俺はアンチヒーローの殺人鬼が好きなのであって、自分がヒーローになりたいわけじゃない。

「……俺をファイナルガールにしたいなら、なおさらセックスはできない。処女じゃないと死ぬ」
「おい」

 さすがに暁生も呆れたのか胡散臭そうに俺を見て、言葉遣いも雑になってきた。

「本当なんだって! 有名なセリフがあるんだよ! 『お前は処女じゃない。だから死ぬ。それがルールだ』って! くそ、スマホがあれば見せてやれるのに」

 若干うんざりしながら俺の話を聞いていた暁生は、焦る俺を宥めるように肩を抱いた。

「つまり瑞希は処女で、俺に挿入されるつもりがあるってことだろ?」

 ジッと見つめられて、じわじわと顔が赤くなる。

「そ……それは…………だって……一緒に泊まる意味はわかってるって言っただろ……」

 尻すぼみになりながら呟くと、暁生は熱くなった俺の耳を甘く噛みながら息を吹き込むように囁いた。

「じゃあ、最後まではしない。それなら殺人鬼を誘き寄せて、反撃することもできる。そうだろ?」

 背中に回された手がゆっくりと下におりて、尻のあわいを撫でた。俺はその腕にしがみついて、頷くことしかできなかった。
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