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二章 双子沼(ホラーもの)
二章 1
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……助けて、誰か助けて……。
叫びたくても口からは泡が吐き出されるばかりだ。
冬の水は冷たい。瞬時に凍えて身体が思うように動かなくなった。
ふっくらと丸みのある手はもがくように水をかくものの、濡れた着物が重く身体にまとわりついて、じょじょに身体が沈んでいく。
苦しい……。
堪えきれずに少女は泥の混じった水を飲みこんだ。つんとした痛みが鼻腔や気管に走り、むせて更に水を飲む。すぐに痛みよりも熱さが全身を支配した。絶望に見開かれた瞳から溢れる涙が沼の水と混じりあう。
少女は更に沈んでいく。桃色の袖とほどけた長い黒髪が水中を漂う。
沼の表面には、少女から吐き出された水泡がぶくぶくと湧き上がってはじけていた。
そしてしばらくすると、水泡がなくなった。
深く暗い森に静寂が戻った。
* * *
「朝餉の手伝いをしましょうか?」
「邪魔ですから向こうに行ってください」
「お掃除の手伝いをしましょうか?」
「手順や道具の説明をするほうが面倒なんだよ」
小藤が料理をする吽光に、掃除をする阿光に話しかけるも、素気なくあしらわれてすごすごと退散する。朝から晩まで動きっぱなしだった働き者の小藤は、手持ち無沙汰で困っていた。
「おいで小藤」
何度見ても見惚れてしまいそうになる美貌の神に呼ばれ、小藤は光仙の前で正座した。
「彼らは神使だ。わたしの身の回りの世話をすることが生きがいなのだから、仕事を奪っては可哀想だというものだ」
「はあ、そういうものですか」
納得のいかない小藤は眉を下げて唇をすぼめた。
「それにおまえは今までが働きすぎだったのだ。少しはのんびりと過ごし、人に甘えることも覚えなさい」
光仙は小藤の手をとった。日に焼けて、指や手の平がまめで固くなり、あちこちの皮がむけて傷だらけだ。
「苦労人の手だ。白魚のような手に戻るにはまだ時間がかかりそうだな」
「光仙さま、恥ずかしいです。あまり見ないでください」
白魚のような手になりたいと思っているわけではないが、見苦しい手であることは自覚している。まじまじと見られたいものではなかった。
「わたしはこの手が好きだ。このような者がこの地を豊かにしている」
指先を光仙に口づけられ、小藤は真っ赤になった。
「おたわむれはやめてください」
小藤は慌てて手を引いて胸に抱いた。光仙はくすくすと笑った。
小藤が人柱となって半月ほどが経った。
本調子ではなかった体調はすっかりよくなった。元々痛みはなかったが、激流のなかでついた傷は体中に残っている。ずいぶんと深いものもあったが、それも少しずつ癒えてきた。
以前では想像もできなかったような栄養のいいものを三食食べ、風呂にも毎日入れるので、肌や髪の質が良くなった。元々小藤は器量よしであったが、輝くように美しくなった。
実家にいる頃の小藤は汚れが染みついた小袖を着ていたのだが、今は阿光や吽光と同じく白衣に袴姿で、袴の色は藤色だ。淡い青みのある紫色で若紫とも呼ばれる。胸まである髪は右耳の下で一つに結っていた。
「さて、そろそろ行くとするか」
食事が終わって落ち着いたころ、おもむろに光仙は立ち上がった。
叫びたくても口からは泡が吐き出されるばかりだ。
冬の水は冷たい。瞬時に凍えて身体が思うように動かなくなった。
ふっくらと丸みのある手はもがくように水をかくものの、濡れた着物が重く身体にまとわりついて、じょじょに身体が沈んでいく。
苦しい……。
堪えきれずに少女は泥の混じった水を飲みこんだ。つんとした痛みが鼻腔や気管に走り、むせて更に水を飲む。すぐに痛みよりも熱さが全身を支配した。絶望に見開かれた瞳から溢れる涙が沼の水と混じりあう。
少女は更に沈んでいく。桃色の袖とほどけた長い黒髪が水中を漂う。
沼の表面には、少女から吐き出された水泡がぶくぶくと湧き上がってはじけていた。
そしてしばらくすると、水泡がなくなった。
深く暗い森に静寂が戻った。
* * *
「朝餉の手伝いをしましょうか?」
「邪魔ですから向こうに行ってください」
「お掃除の手伝いをしましょうか?」
「手順や道具の説明をするほうが面倒なんだよ」
小藤が料理をする吽光に、掃除をする阿光に話しかけるも、素気なくあしらわれてすごすごと退散する。朝から晩まで動きっぱなしだった働き者の小藤は、手持ち無沙汰で困っていた。
「おいで小藤」
何度見ても見惚れてしまいそうになる美貌の神に呼ばれ、小藤は光仙の前で正座した。
「彼らは神使だ。わたしの身の回りの世話をすることが生きがいなのだから、仕事を奪っては可哀想だというものだ」
「はあ、そういうものですか」
納得のいかない小藤は眉を下げて唇をすぼめた。
「それにおまえは今までが働きすぎだったのだ。少しはのんびりと過ごし、人に甘えることも覚えなさい」
光仙は小藤の手をとった。日に焼けて、指や手の平がまめで固くなり、あちこちの皮がむけて傷だらけだ。
「苦労人の手だ。白魚のような手に戻るにはまだ時間がかかりそうだな」
「光仙さま、恥ずかしいです。あまり見ないでください」
白魚のような手になりたいと思っているわけではないが、見苦しい手であることは自覚している。まじまじと見られたいものではなかった。
「わたしはこの手が好きだ。このような者がこの地を豊かにしている」
指先を光仙に口づけられ、小藤は真っ赤になった。
「おたわむれはやめてください」
小藤は慌てて手を引いて胸に抱いた。光仙はくすくすと笑った。
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本調子ではなかった体調はすっかりよくなった。元々痛みはなかったが、激流のなかでついた傷は体中に残っている。ずいぶんと深いものもあったが、それも少しずつ癒えてきた。
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実家にいる頃の小藤は汚れが染みついた小袖を着ていたのだが、今は阿光や吽光と同じく白衣に袴姿で、袴の色は藤色だ。淡い青みのある紫色で若紫とも呼ばれる。胸まである髪は右耳の下で一つに結っていた。
「さて、そろそろ行くとするか」
食事が終わって落ち着いたころ、おもむろに光仙は立ち上がった。
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