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~出会い~

ギンヌンガガプ

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 公爵家にきてから、もう少しで3ヶ月だ。図書室の本はともかく、第二執務室の方の本は読み尽くしてしまったユールと、魔法大全の無属性魔法を4分の1習得したノルンである。

  その日、いつものように勝手に豪華にした朝食を食べ、ユールはポツリとつぶやいた。

 「調理道具が欲しい」

  今まで、二人はずっと完成した料理を食していたが、ユールとしては自分でも料理を作りたいのだ。実際、異次元収納の中には、山のような生食材が入っている。

 「でも、調理道具はどうするんです?」

  しかし問題はそこである。調理道具はどうするのか。

 「どうしよう?」
 「貢物にはないのですか?」
 「残念ながら食器類だけ」

  ポッポへの貢物にあるのは食器類だけで、調理道具の類はない。ますます食器を貢いだ謎が深まる。

 「厨房から盗むか、稼いで自分で買うか」
 「買いましょう」

  即答するノルン。公爵家のものは絶対使うものか!と顔に書いてある。公爵家への恨みは根深いようだ。

  そうしてどこかの街へ稼ぎに行くことが決まったのだが、次は職種と行き先だ。

 「どんなバイトがいい?私はこの無表情だから接客は無理」
 「私は、割となんでもいけますよ。接客でも裏方でも大丈夫です」

  とりあえず職場は一緒で、ユールを裏方、ノルンを接客で雇ってくれるところに絞って仕事を探すことになった。

 「あとはどの街にするかですけど……」
 「せっかくだから南東に行く」
 「南東……ああ、クリステル渓谷ですね」

  こうして行き先、正確には行く方向が決まり、早速出かける二人。荷物は全て異次元収納の中なので準備も必要ない。

  まずは光学魔法を発動し、ノルンと手をつなぐ。ユールが触れているものであればこの魔法は干渉する。仲良く姿を隠した二人は、ユールが浮遊魔法を発動したタイミングで一緒に窓から出る。

  窓を閉めると、ユールは浮遊魔法を解除して続けざま飛空魔法を発動。姿を隠した二人は、そのまま南東の方角に向かって飛び去って行った。

  この飛行魔法のスピードは結構早い。15分ぐらい飛んでいると、遠くに大きな街と、大地に開いた裂け目が見えてきた。

 「ノルン、あの裂け目が、クリステル渓谷?」

  浮遊魔法で衝撃を軽減しているノルンに尋ねる。

 「そうだと思いますが……わかるんですか?」
 「あそこにはとても綺麗な魔力が濃縮されてるから」
 「魔力を察することができるとか……」

  何やら呆れているようなノルンの言葉は無視して、渓谷に一番近い街の郊外で降りる。周囲に人がいないことを確かめて、光学魔法も解除する。

 「ここにする」
 「りょーかい。でも顔でばれたりしませんか?」
 「うーん」
 「この街に、公爵家に出入りしている人がいないとも限りませんよ?」
 「じゃあノルンにパレードの魔法を教えるよ」
 「パレード?」
 「すぐできるよ。自分の見た目を偽る魔法」

  街に入る前にノルンにパレードを教えることとなった。簡単な魔法だったし、ノルンもすぐに覚えた。

  見た目はユールとノルンの顔を取り替えっこすることになった。ノルンはオッドアイになるわけにいかないので、両目は赤で統一する。髪もそのままだと長すぎるので、ミディアムにとどめた。

  ユールの方はノルンの姿を借りて、濃い金髪に灰色の目をしている。見た目もコピーして、今のユールはノルンと同じ背丈の10歳児だ。

  ちなみにノルンに教えたのは顔を偽る第一段階までで、ユールがやってるような姿そのものを偽る第二段階は彼女の力不足で教えていない。

 「じゃあ、行こ」

  パレード発動状態の姿で、二人は街に向かう。街の入り口には見張りの兵がいたので、入門に税金がいるかもしれない、と異次元収納から金貨を一枚取り出しておく。ポッポに金を貢いできた輩もいたのです。

  この世界の通貨の単位はエッダで、価値が小さい順に銅貨、銀貨、金貨、大金貨、白金貨、光金貨、虹金貨、女神金貨。銅貨が10エッダで、10枚集まると一つ上の硬貨に換算される。銅貨10枚で銀貨1枚、といった具合に。

  ポッポに数千年かけて貢がれた金額、大金貨6031枚、白金貨274枚、光金貨17枚。女神金貨相当の金額である。これだけの金があるのなら、媚を売ってないで真面目に人のために働け、って思うけどね。

  関所に行くと、やっぱり通行料を取られた。一人銀貨1枚だったので、金貨1枚を渡して銀貨8枚の釣りをもらう。その時に面白い話を聞いた。

 「嬢ちゃんたち、身分証ないのか?なら冒険者ギルドで発行することをお勧めするよ。身分証があればどこの街や村にも自由に出入りできるし、通行料も取られない」
 「そうなんですか?」
 「おう。それに冒険者に登録しておけば、金稼ぎもできるよ。そこそこの腕があれば結構の稼ぎになるぜ」

  ようこそ、ギンヌンガガプの街へ!と門番のお兄さんに送り出され、二人はギンヌンガガプの街に足を踏み入れる。

 「どうする?」

  振り返ってノルンに聞く。

 「どうって、冒険者ギルドのことですか?」
 「うん」
 「確かにユール様ほどの腕があれば、相当いい稼ぎになりますよ。隠密性も高いですし」
 「高いの?」
 「ええ。ばれそうになっても自由に街を行き来できるから逃げるのも簡単だし、違う街に行って別の名前で登録し直すこともできるので」

  冒険者ギルドを本でしか読んだことのなかったユールは、ノルンにギルドについていろいろ聞いた。ノルンも貧民街出身だからか、詳しくは知らないみたいだったが、普通に店で働くよりはるかにお得だということはわかった。

 「登録しに行こ」

  即決。

 「私はともかく、ユール様は大丈夫なんですか?」
 「大丈夫。ユールっていう通称はポッポがつけてくれたの。だからノルンとポッポ以外はこの名前を知らないから」

  あれこれ相談しながら大通りを歩いていると、ギルドっぽい建物が見えてきた。

  中に入ると意外と清潔で、奥にはカウンターが5つある。依頼受付が2つ、素材買取が2つ、残る1個はその他だ。

 「すみません、身分証を発行したいのですが」

  その他のカウンターへ行き、受付のお姉さんに話しかける。

 「身分証の発行ですね。手数料としてお一人様銀貨1枚をお支払いください」

  言われたとおりカウンターに銀貨を2枚置く。

 「冒険者ギルドへの登録は、10歳からです。お二人とも、10歳以上ですか?」
 「はい」

  ユールに関しては真っ赤な嘘なんだが。

 「ではこちらの用紙に必要事項をご記入ください」

  お姉さんも特に疑わなかったらしく、あっさりと紙を渡してきた。

  項目としては名前、年齢がある。名前欄にはユールと記し、年齢は10歳。横でノルンも同じように用紙を埋めている。私のと違うのは名前欄にノルンと書いてあることだけだ。

 「書けましたか?では身分証を発行しますので、それまでギルドの説明をしてしまいますね」

  その後お姉さんに聞いた話をまとめると、冒険者ギルドとは世界各地に支部を持つ、二十四時間運営の世界規模の組織であり、そこでは依頼を受けたり、素材などを売却したりすることが可能。ここで発行される身分証があれば、世界各地、どこへでも自由に行くことができ、国境も自由に超えられる。素材に関しては店でも売れるが、ギルドで売った場合は相場に関係なく、一定の額で買い取ってくれるメリットがある。

 「あ、ちょうど身分証ができましたね。じゃあ次は身分証について説明しますね」

  その話も簡単にまとめると、身分証の表には名前と年齢、それから冒険者ランクが記され、裏には現在受注している依頼と世界地図のホログラムが組みこまれており、魔力を流すことでそれらを見ることができる。今は公爵領の地図しかないが、別の領地のギルドでデータをもらえば、見れる地図の範囲も広くなる。

  冒険者にはランクが存在していて、下からF、E、D、C、B、A、Sとなっている。ランクは身分証にも表示されるが、身分証の色でも判断可能。Fが黒、Eが赤、Dが青、Cが緑、Bが銀、Aが金、Sが虹色である。ランクはギルドへの貢献度や活躍に応じて上がっていくが、Dランクより上に上がる時にはランクアップ試験を受けて合格する必要がある。受けられる依頼はそのランクと一つ上の依頼までで、それ以上は受けられない。パーティを組んでいる場合は、パーティメンバーのランクの平均がパーティランクとなり、受けられる依頼はソロと同じ規則である。

 「説明は以上です。何かわからないことはありますか?」
 「いえ、ありません。ありがとうございます」

  お姉さんにお礼を言って、二人は黒色の身分証を受け取って早速依頼を見にいく。

  ギルド登録初日、ユールとノルンは依頼を二つ片付け、街の外で手に入れて素材を売ったりもして、両替結果金貨8枚の報酬を得た。
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