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~領地改革~
鉱山隠蔽作業
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改革開始から1年、正月も過ぎた頃。
いつものように机の前に座って仕事をしているユールのところに、テオが一枚の手紙を持ってやってきた。
「テオ?それは手紙?」
「………ユール様宛、です……」
「…………」
ユールに手紙を出して、なおかつテオにこんな嫌そうな顔をさせる人物には、残念ながらユールは一人しか心当たりがない。
「……やっぱり」
渡された封筒を裏返し、そこに押されているリーヴ公爵家の封蝋を見つけて、ユールは露骨に顔をしかめた。
「さてはこの前の報告書への難癖だろうね」
「読んでもないのにわかるんですね」
「時期的に絶対そうでしょ」
ふぅ、とため息をつく。正月の日、ユールは鷹文を使って、ドラウの公爵に報告書(内容はわずか5行)を送った。魔法での通信手段を除いて、陸の孤島であるヴァルハラはこの手段でしか外界と連絡が取れない。
もちろん空の魔物に襲われて文を届けられないことも多々ある。確実に報告書を届けるにはゲートを使えばいいんだが、あいにくユールは下衆公爵に自分の秘密を教えるのはごめんなので、報告書だろうとなんだろうと、公爵家との通信は鷹文一択と決めている。
封を切って、中の手紙を取り出してざっと目を通す。そして読み終わったあとは火の魔法で速攻焼却処分にする。
「まったく………あの男はどうしてバカのくせして時々こうも鋭いんだか」
「……何が書いてありました?」
「家を作る材料をどこで手に入れたか聞いてきた」
5行の報告書に、ユールは"家は頑丈なものに建て替えている"と書いた。それ以外は何も書いてないのに、あの公爵はどこで何を察したのか、こんな返答に困るような質問をよこすんだか。
「やっぱり5行だと余計な情報までくれてやることになるわね。次からは3行を目指さないと」
「3行とか、もはや報告書ではなくただのメモですよね」
ユールとしては、公爵家に鉱山の存在を知られたくない。公爵領にはそこまで鉱山が多くないから、知られたら絶対に欲しがるだろう。
「魔の森と海があるのですが?」
「それはあくまで第一防衛よ。凄腕の冒険者を10人くらい連れてくれば頑張って突破できるわ」
「そんな非効率的なことしますかね?」
「あいつならやりかねないけど」
確かにヴァルハラは魔の森と海という天然の防壁に守られているが、絶対のものではない。魔の森や海が防壁として機能するのは、魔物が強いからだ。
だから公爵家がAとかSランクの冒険者を連れてきたら、突破されてしまう可能性があるのだ。そして彼らが突破してきてしまったら、鉱山の存在が公爵にバレる可能性が高い。
「また面倒なことになりましたね」
「曖昧な答えを返したいけど、あいつの追求ってしつこそうだもの」
「どうします?」
「うーん………こっちのことがどうでもよくなるような大発見があったら注意をそらせるかな?」
「大発見、ですか?」
「そう」
こっちのことが気にならなくなるような大発見か……。
「公爵領の方にも鉱山が見つかればそっちに食いつくかな?」
「公爵領に鉱山ですか?そんなもんありました?」
「そんなにないから探すのよ」
しかし公爵領で鉱山探しをすると言ったって、ヴァルハラの再興は始まったばかりで、この忙しい時期にユールがポンポンここを空けるわけにはいかない。
「困ったわ」
どうしようかしら?
「あの、ユール様」
「ん?」
「俺はこういう事情に詳しくありませんけど、聖獣様に尋ねてみるのはどうでしょう?」
「……………」
「あ、あの……ユール様?」
「それだわ」
テオ、ナイスだわ。
「トトに聞くのが一番いいかもしれないわね」
「トト……というのは確か、スフィンクス様のことですよね?」
「ええ。明日にでもクリステル渓谷に行ってみるわ」
というわけで、翌日やってきたクリステル渓谷。
「トトはいるかな?」
渓谷入り口に数名の冒険者がいたけど、案の定立ち入れないようだ。見つからないように森に入る。
数日前にも来たから周りの風景は大して変わっていない。探索魔法を発動させながら、ユールはトトの姿を探す。
トトはいつもの場所で丸まっていた。
「トトさーん、昼寝してるところ悪いのだけどー」
『……む?ユールか?』
ちょっと遠慮がちに声をかけると、トトは片目だけ開いてユールを見据えた。
『要件を言ってみろ。何かあってきたんだろ?』
「わかるんだね」
『我を誰だと思っている。わかるに決まっている』
クスリと笑い、ユールは鉱脈探しの話をトトに話した。
『そうか。ここの領地の支配者がヴァルハラの鉱山を狙い始めたのだな』
「そう。だからこっちでも何か大発見をさせて気をそらそうと思って」
『ふむ………』
トトは瞑目すると、思案した末にこう言った。
『それならばミミールとスルトの間しかないだろうな』
「ミミールとスルト?」
スルトって、確か郊外にオークの集落ができかけていた街だったかな?
『ああ。あの場所の鉱脈はまだ手がつけられていない。あの二つの街はこの領地では歴史が浅い。街の繁栄を気にするあまり、周辺の探索を怠った結果であろう』
確かに、ミミールとスルトは他の街に比べると少し生活水準が落ちていた気がする。
「その鉱脈はどこにあるの?」
『そうだな………確かミミール寄りだったはずだ。ミミールの近くに、三つ山があるだろう?あそこが最大の鉱脈だ』
「なるほど」
つまりこのことをミミールの冒険者ギルドに伝えればいいだろう。
街長に伝えないのは、権力者の目に留まってしまうと面倒だからだ。街長から公爵に連絡がいって、公爵がさらにこっちをつけ回してくるのはごめんである。
その点、ステータスの隠蔽がしやすい冒険者の立場で告発すると、その報告は他の報告と混ざってギルドからまとめて上に持っていかれる。だから上が情報源を逆にたどるのは非常に困難なことなのだ。
「じゃあ早速伝えてこないと。善は急げっていうもの」
『ならばついでにこの薬草も持って行ってはくれんか?』
「またなの?この前きた時にももらったけど」
『そんなに量は多くない。それに、これは雪うさぎの餌になる薬草だ』
「あ、セラ用ね。ありがとう、あの子にちゃんと食べさせるよ」
『ああ』
その後、トトと別れたユールは、ゲートの魔法でミミールに飛んだ。ヴァルハラへの旅の途中で転送ポイントを増やしていてよかったと思う。
それから6日後、黒髪黒目の冒険者よりもたらされた情報によって、ミミール郊外の岩山で新しい鉱山が見つかる。そこまで大きな鉱山ではないが、誰もがとても喜んだ。
長らく鉱山を切望していた公爵はこの発見に満足したのか、その後は一切にヴァルハラの鉱山事情については聞いてこなかった。
ふっ、単純ですね。
いつものように机の前に座って仕事をしているユールのところに、テオが一枚の手紙を持ってやってきた。
「テオ?それは手紙?」
「………ユール様宛、です……」
「…………」
ユールに手紙を出して、なおかつテオにこんな嫌そうな顔をさせる人物には、残念ながらユールは一人しか心当たりがない。
「……やっぱり」
渡された封筒を裏返し、そこに押されているリーヴ公爵家の封蝋を見つけて、ユールは露骨に顔をしかめた。
「さてはこの前の報告書への難癖だろうね」
「読んでもないのにわかるんですね」
「時期的に絶対そうでしょ」
ふぅ、とため息をつく。正月の日、ユールは鷹文を使って、ドラウの公爵に報告書(内容はわずか5行)を送った。魔法での通信手段を除いて、陸の孤島であるヴァルハラはこの手段でしか外界と連絡が取れない。
もちろん空の魔物に襲われて文を届けられないことも多々ある。確実に報告書を届けるにはゲートを使えばいいんだが、あいにくユールは下衆公爵に自分の秘密を教えるのはごめんなので、報告書だろうとなんだろうと、公爵家との通信は鷹文一択と決めている。
封を切って、中の手紙を取り出してざっと目を通す。そして読み終わったあとは火の魔法で速攻焼却処分にする。
「まったく………あの男はどうしてバカのくせして時々こうも鋭いんだか」
「……何が書いてありました?」
「家を作る材料をどこで手に入れたか聞いてきた」
5行の報告書に、ユールは"家は頑丈なものに建て替えている"と書いた。それ以外は何も書いてないのに、あの公爵はどこで何を察したのか、こんな返答に困るような質問をよこすんだか。
「やっぱり5行だと余計な情報までくれてやることになるわね。次からは3行を目指さないと」
「3行とか、もはや報告書ではなくただのメモですよね」
ユールとしては、公爵家に鉱山の存在を知られたくない。公爵領にはそこまで鉱山が多くないから、知られたら絶対に欲しがるだろう。
「魔の森と海があるのですが?」
「それはあくまで第一防衛よ。凄腕の冒険者を10人くらい連れてくれば頑張って突破できるわ」
「そんな非効率的なことしますかね?」
「あいつならやりかねないけど」
確かにヴァルハラは魔の森と海という天然の防壁に守られているが、絶対のものではない。魔の森や海が防壁として機能するのは、魔物が強いからだ。
だから公爵家がAとかSランクの冒険者を連れてきたら、突破されてしまう可能性があるのだ。そして彼らが突破してきてしまったら、鉱山の存在が公爵にバレる可能性が高い。
「また面倒なことになりましたね」
「曖昧な答えを返したいけど、あいつの追求ってしつこそうだもの」
「どうします?」
「うーん………こっちのことがどうでもよくなるような大発見があったら注意をそらせるかな?」
「大発見、ですか?」
「そう」
こっちのことが気にならなくなるような大発見か……。
「公爵領の方にも鉱山が見つかればそっちに食いつくかな?」
「公爵領に鉱山ですか?そんなもんありました?」
「そんなにないから探すのよ」
しかし公爵領で鉱山探しをすると言ったって、ヴァルハラの再興は始まったばかりで、この忙しい時期にユールがポンポンここを空けるわけにはいかない。
「困ったわ」
どうしようかしら?
「あの、ユール様」
「ん?」
「俺はこういう事情に詳しくありませんけど、聖獣様に尋ねてみるのはどうでしょう?」
「……………」
「あ、あの……ユール様?」
「それだわ」
テオ、ナイスだわ。
「トトに聞くのが一番いいかもしれないわね」
「トト……というのは確か、スフィンクス様のことですよね?」
「ええ。明日にでもクリステル渓谷に行ってみるわ」
というわけで、翌日やってきたクリステル渓谷。
「トトはいるかな?」
渓谷入り口に数名の冒険者がいたけど、案の定立ち入れないようだ。見つからないように森に入る。
数日前にも来たから周りの風景は大して変わっていない。探索魔法を発動させながら、ユールはトトの姿を探す。
トトはいつもの場所で丸まっていた。
「トトさーん、昼寝してるところ悪いのだけどー」
『……む?ユールか?』
ちょっと遠慮がちに声をかけると、トトは片目だけ開いてユールを見据えた。
『要件を言ってみろ。何かあってきたんだろ?』
「わかるんだね」
『我を誰だと思っている。わかるに決まっている』
クスリと笑い、ユールは鉱脈探しの話をトトに話した。
『そうか。ここの領地の支配者がヴァルハラの鉱山を狙い始めたのだな』
「そう。だからこっちでも何か大発見をさせて気をそらそうと思って」
『ふむ………』
トトは瞑目すると、思案した末にこう言った。
『それならばミミールとスルトの間しかないだろうな』
「ミミールとスルト?」
スルトって、確か郊外にオークの集落ができかけていた街だったかな?
『ああ。あの場所の鉱脈はまだ手がつけられていない。あの二つの街はこの領地では歴史が浅い。街の繁栄を気にするあまり、周辺の探索を怠った結果であろう』
確かに、ミミールとスルトは他の街に比べると少し生活水準が落ちていた気がする。
「その鉱脈はどこにあるの?」
『そうだな………確かミミール寄りだったはずだ。ミミールの近くに、三つ山があるだろう?あそこが最大の鉱脈だ』
「なるほど」
つまりこのことをミミールの冒険者ギルドに伝えればいいだろう。
街長に伝えないのは、権力者の目に留まってしまうと面倒だからだ。街長から公爵に連絡がいって、公爵がさらにこっちをつけ回してくるのはごめんである。
その点、ステータスの隠蔽がしやすい冒険者の立場で告発すると、その報告は他の報告と混ざってギルドからまとめて上に持っていかれる。だから上が情報源を逆にたどるのは非常に困難なことなのだ。
「じゃあ早速伝えてこないと。善は急げっていうもの」
『ならばついでにこの薬草も持って行ってはくれんか?』
「またなの?この前きた時にももらったけど」
『そんなに量は多くない。それに、これは雪うさぎの餌になる薬草だ』
「あ、セラ用ね。ありがとう、あの子にちゃんと食べさせるよ」
『ああ』
その後、トトと別れたユールは、ゲートの魔法でミミールに飛んだ。ヴァルハラへの旅の途中で転送ポイントを増やしていてよかったと思う。
それから6日後、黒髪黒目の冒険者よりもたらされた情報によって、ミミール郊外の岩山で新しい鉱山が見つかる。そこまで大きな鉱山ではないが、誰もがとても喜んだ。
長らく鉱山を切望していた公爵はこの発見に満足したのか、その後は一切にヴァルハラの鉱山事情については聞いてこなかった。
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