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~領地改革~
ヴィクトリア水郷
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ユール家臣団が正式に結成された三日後、ユールは単身ボルギの近くを訪れていた。
目指すは聖獣の住むヴィクトリア水郷。いつか訪れたいと思いながらも、政策に追われてその暇がなかったのだ。
今日ようやく隙を見繕えて、仕事を午前中に全て片付けてこうして午後に出かけているところです。
ヴィクトリア水郷の正面までやってきた。聖獣の住む場所ってつくづく不思議だと思う。ヴァルハラ地方は2年前まで魔力の食い違いが起きていたのに、なぜ聖獣の森にはなんの影響もなかったのか。聖獣の住処の魔力が特殊特別なのかな?
うーん……考えてもわからない。気にするのは諦めよう。
ユールはヴィクトリア水郷に足を踏み入れる。あ、この魔力に包まれる感覚が懐かしい。
水郷と名前がつけられているとおり、ヴィクトリア水郷はあちこちに水があった。それは湖だったり川だったり滝だったり湧き水だったり。とにかく右を見ても左を見ても森と水しかない。
「すごいところ………」
思わずこんなことを言ってしまったユールは悪くないと思う。
近くに聖獣と思われる気配はまだない。来訪者に気づいてないのか、はたまた興味ないのか。確かに聖獣は基本的に人間界には一切関わってこないからね。
どんな聖獣が住んでいるのだろう?ヴァルハラ地方の人たちは聖獣を敬ってはいたが、所詮その程度だから、この地方の聖獣はあまり人嫌いではないかもしれないと思っているが、どうなんだろう?
当てもなくさまよっていると、目の前に透明なゼリーが出てきた。動いている、動物か?動くゼリーと言えばスライムしか思いつかないのだが………。
デカすぎやしないか?目の前のゼリーは確かにスライムの形をしているが、ユールの身長の5・6倍はある。何このスライム、突然変異?
『あらぁ~?人間がいるわぁ~』
じっとスライムと見つめ合って(?)いると、後ろから何やらそっち系と思われる話し方をする声が聞こえた。
嫌な予感が発動していたが、頑張って振り向いた。さっきまで確かに誰もいなかったのに、いつの間に来たのだろう。
そこには8本脚の灰色の馬がいた。サイズは普通の馬より一回り大きいぐらい。瞳は綺麗なスカイブルーで、たてがみは透けるような白だ。とても美しい見た目の馬である。
「はじめまして、このヴィクトリア水郷に住む聖獣を尋ねてきた者なのですが………」
『まぁっ!あたしにお客さん~?素敵ねぇ~。何千年ぶりかしら』
「………」
『あらぁどうしたの?そんな複雑そうな顔をしちゃって~』
「……いえ。今聖獣の生態について深く考えていたところです」
思わず二度見してしまった。いや……あまりにも見た目としゃべり方が釣り合ってなかったから。
まさか聖獣にもオネエがいらっしゃるとは思っていませんでした。
聖獣には雄雌の区別はない。永遠に死なない存在だから子孫を残す必要がないのだ。だから別にどんな口調の聖獣様がいてもおかしくないのだが。
口調と見た目が非常にあっていない。常識的に考えて何か違う気がする。
「あの……私はユグドラシルと言います。よければ、ユールと呼んでください」
『まっ!礼儀正しい子ねぇ~。礼儀正しい子は大好きよぉ~?うふ』
「…………」
……やっぱり何かおかしい気がする。
『はじめまして、かわいい人間のお嬢ちゃん。あたしはスレイプニル。スイって呼んで欲しいわ!あ、あと口調はタメ口でよろしくねぇん』
「どうも……」
ちょっと驚いた。まさか聖獣の方から呼び名を指定してくるとは思わなかった。
なお、ちょっとしか驚かなかったのは、その前にオネエ口調にがっつり驚かされていたからです。
「その名前、気に入ってるの?」
『あら!興味を持ってくれるのぉ?嬉しいわぁ~。そうなのよぉ。この名前はね、何千年も前にここを訪れてくれた一人の女性がつけてくれたのぉ。彼女ったらかっこよかったのよぉ!私は今でも彼女が忘れられないのよぉ~』
「素敵な女性だったんだ……」
『ええ。それから、あたしったら人間の女性に魅力を感じちゃってぇ~。ちょっとでも近づこうとこの口調でしゃべるようにしたのよぉん』
「そ、そうなの………」
スイ様、絶対に真似する方向を間違えたと思いますよ。
『ところでユールちゃんだったかしらん?ここには何か用があったのかしらぁ?』
「用というか……領主として聖獣様に挨拶、的な何か?」
『あら。あなたここの領主をやってるの?』
「ええ。2年前からですけど」
『まぁ!!若いのになんて優秀なのぉ!!』
……なんだろう?褒められてるんだけどなんか複雑。
その後、スイとはいろんなことを話しました。スイは人間に興味を持っているが、森から出るのがめんどくさいらしく、ヴァルハラが陸の孤島になってからも森に引きこもっていたらしい。
ちなみにここでは貢物はもらいませんでした。そもそもそんなものは存在しない。ヒッポグリフとスフィンクスのところにはすごい量の貢物があったことを話すと、スイはなんてもったいない!と仰天していた。
"もったいない精神"は素晴らしいですよね。
『今のヴァルハラはどうなっているのかしらん?』
「そうね……今はホズの復興に力を入れているところかな?」
『あら!ホズって、リンちゃんが住んでる霊山アレクサンドリアの近くじゃなぁい!』
「リンちゃん?」
『知らないのぉ~?あたしと同じ聖獣よぉ~』
「いや、知ってるけど。そういう名前で呼んでるとは知らなかったから」
『ま!すぐにわかるわ!でもホズの近くの木って、切りづらいんじゃなぁいのぉ~?』
「うん、そうなんだよ」
『それならこんなの作ってみたらぁ~?』
「この図面は?」
『硬い木を切るための道具よぉん。材料は手軽なものだしぃ、作り方も使い方も簡単だからオススメよん!』
「いいかもしれないわ。それにしても、こうもたくさんアドバイスをくれるとは思わなかったわ」
『うふふ。あたしだって人間には興味があるのよぉ~ん!うふ』
スイは聖獣としては珍しく(人間の醜い欲望を知らないから)人間に好意的だ。やたらと人間界のことについて聞いてくる。そしてちょろちょろと的確なアドバイスをくれる。
さすが古代文明の知識に精通する聖獣。為になる話ばっかりだ。オネエ口調なのは相変わらずだが。
そういえば、帰り際にスイから面白い話を聞いた。カカの実は、加工すれば甘いお菓子の材料になるらしい。今はまだ余裕がないが、いつか実行してみたいのでその方法は聞いておいた。
「あ、ユール様!おかえりなさい!」
「今戻ったわ。ノルン、書類の用意はできてる?」
「バッチリです!それで、聖獣様はどんな方でした?」
「スレイプニルという方だったわ。とても素晴らしい方だったけど、少々残念だったわ」
「…?具体的には?」
「………人間の女性に憧れすぎて、少し間違った道に踏み込んでしまったのよ」
「は?」
目指すは聖獣の住むヴィクトリア水郷。いつか訪れたいと思いながらも、政策に追われてその暇がなかったのだ。
今日ようやく隙を見繕えて、仕事を午前中に全て片付けてこうして午後に出かけているところです。
ヴィクトリア水郷の正面までやってきた。聖獣の住む場所ってつくづく不思議だと思う。ヴァルハラ地方は2年前まで魔力の食い違いが起きていたのに、なぜ聖獣の森にはなんの影響もなかったのか。聖獣の住処の魔力が特殊特別なのかな?
うーん……考えてもわからない。気にするのは諦めよう。
ユールはヴィクトリア水郷に足を踏み入れる。あ、この魔力に包まれる感覚が懐かしい。
水郷と名前がつけられているとおり、ヴィクトリア水郷はあちこちに水があった。それは湖だったり川だったり滝だったり湧き水だったり。とにかく右を見ても左を見ても森と水しかない。
「すごいところ………」
思わずこんなことを言ってしまったユールは悪くないと思う。
近くに聖獣と思われる気配はまだない。来訪者に気づいてないのか、はたまた興味ないのか。確かに聖獣は基本的に人間界には一切関わってこないからね。
どんな聖獣が住んでいるのだろう?ヴァルハラ地方の人たちは聖獣を敬ってはいたが、所詮その程度だから、この地方の聖獣はあまり人嫌いではないかもしれないと思っているが、どうなんだろう?
当てもなくさまよっていると、目の前に透明なゼリーが出てきた。動いている、動物か?動くゼリーと言えばスライムしか思いつかないのだが………。
デカすぎやしないか?目の前のゼリーは確かにスライムの形をしているが、ユールの身長の5・6倍はある。何このスライム、突然変異?
『あらぁ~?人間がいるわぁ~』
じっとスライムと見つめ合って(?)いると、後ろから何やらそっち系と思われる話し方をする声が聞こえた。
嫌な予感が発動していたが、頑張って振り向いた。さっきまで確かに誰もいなかったのに、いつの間に来たのだろう。
そこには8本脚の灰色の馬がいた。サイズは普通の馬より一回り大きいぐらい。瞳は綺麗なスカイブルーで、たてがみは透けるような白だ。とても美しい見た目の馬である。
「はじめまして、このヴィクトリア水郷に住む聖獣を尋ねてきた者なのですが………」
『まぁっ!あたしにお客さん~?素敵ねぇ~。何千年ぶりかしら』
「………」
『あらぁどうしたの?そんな複雑そうな顔をしちゃって~』
「……いえ。今聖獣の生態について深く考えていたところです」
思わず二度見してしまった。いや……あまりにも見た目としゃべり方が釣り合ってなかったから。
まさか聖獣にもオネエがいらっしゃるとは思っていませんでした。
聖獣には雄雌の区別はない。永遠に死なない存在だから子孫を残す必要がないのだ。だから別にどんな口調の聖獣様がいてもおかしくないのだが。
口調と見た目が非常にあっていない。常識的に考えて何か違う気がする。
「あの……私はユグドラシルと言います。よければ、ユールと呼んでください」
『まっ!礼儀正しい子ねぇ~。礼儀正しい子は大好きよぉ~?うふ』
「…………」
……やっぱり何かおかしい気がする。
『はじめまして、かわいい人間のお嬢ちゃん。あたしはスレイプニル。スイって呼んで欲しいわ!あ、あと口調はタメ口でよろしくねぇん』
「どうも……」
ちょっと驚いた。まさか聖獣の方から呼び名を指定してくるとは思わなかった。
なお、ちょっとしか驚かなかったのは、その前にオネエ口調にがっつり驚かされていたからです。
「その名前、気に入ってるの?」
『あら!興味を持ってくれるのぉ?嬉しいわぁ~。そうなのよぉ。この名前はね、何千年も前にここを訪れてくれた一人の女性がつけてくれたのぉ。彼女ったらかっこよかったのよぉ!私は今でも彼女が忘れられないのよぉ~』
「素敵な女性だったんだ……」
『ええ。それから、あたしったら人間の女性に魅力を感じちゃってぇ~。ちょっとでも近づこうとこの口調でしゃべるようにしたのよぉん』
「そ、そうなの………」
スイ様、絶対に真似する方向を間違えたと思いますよ。
『ところでユールちゃんだったかしらん?ここには何か用があったのかしらぁ?』
「用というか……領主として聖獣様に挨拶、的な何か?」
『あら。あなたここの領主をやってるの?』
「ええ。2年前からですけど」
『まぁ!!若いのになんて優秀なのぉ!!』
……なんだろう?褒められてるんだけどなんか複雑。
その後、スイとはいろんなことを話しました。スイは人間に興味を持っているが、森から出るのがめんどくさいらしく、ヴァルハラが陸の孤島になってからも森に引きこもっていたらしい。
ちなみにここでは貢物はもらいませんでした。そもそもそんなものは存在しない。ヒッポグリフとスフィンクスのところにはすごい量の貢物があったことを話すと、スイはなんてもったいない!と仰天していた。
"もったいない精神"は素晴らしいですよね。
『今のヴァルハラはどうなっているのかしらん?』
「そうね……今はホズの復興に力を入れているところかな?」
『あら!ホズって、リンちゃんが住んでる霊山アレクサンドリアの近くじゃなぁい!』
「リンちゃん?」
『知らないのぉ~?あたしと同じ聖獣よぉ~』
「いや、知ってるけど。そういう名前で呼んでるとは知らなかったから」
『ま!すぐにわかるわ!でもホズの近くの木って、切りづらいんじゃなぁいのぉ~?』
「うん、そうなんだよ」
『それならこんなの作ってみたらぁ~?』
「この図面は?」
『硬い木を切るための道具よぉん。材料は手軽なものだしぃ、作り方も使い方も簡単だからオススメよん!』
「いいかもしれないわ。それにしても、こうもたくさんアドバイスをくれるとは思わなかったわ」
『うふふ。あたしだって人間には興味があるのよぉ~ん!うふ』
スイは聖獣としては珍しく(人間の醜い欲望を知らないから)人間に好意的だ。やたらと人間界のことについて聞いてくる。そしてちょろちょろと的確なアドバイスをくれる。
さすが古代文明の知識に精通する聖獣。為になる話ばっかりだ。オネエ口調なのは相変わらずだが。
そういえば、帰り際にスイから面白い話を聞いた。カカの実は、加工すれば甘いお菓子の材料になるらしい。今はまだ余裕がないが、いつか実行してみたいのでその方法は聞いておいた。
「あ、ユール様!おかえりなさい!」
「今戻ったわ。ノルン、書類の用意はできてる?」
「バッチリです!それで、聖獣様はどんな方でした?」
「スレイプニルという方だったわ。とても素晴らしい方だったけど、少々残念だったわ」
「…?具体的には?」
「………人間の女性に憧れすぎて、少し間違った道に踏み込んでしまったのよ」
「は?」
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