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ギリアン神官(爺)と山の上の神殿
山の上の神殿と日課
しおりを挟む「ギリアン爺、行ってきまぁす!」
「気を付けるのだぞ。」
「はぁい!」
この山の上の神殿にやって来て5年が過ぎ、私は今日も毎朝の日課に向かう。
麓の村々を散歩しながら田畑を巡り、『芽吹きの歌』を歌って回るのだ。
「♪ァア~……」
ポコッパカッ…
毎日の修行の成果として、最近は一声で発芽させられるようになった。
5年前、この神殿に来てすぐに女神様に捧げた『芽吹きの歌』の時のような奇跡は、あれから一度もない。
……というのも、あの時に女神様に言われたの。
『《歌姫聖女》の誕生を祝福します。これからは貴女次第で聖女としての力が開花するでしょう。努力を忘れずに、ね。』
と。
だからたぶん、あの『芽吹きの歌』の時の奇跡は、女神様の《祝福》を得た証だったのだと思うわ。
女神様と言えば、他にも気になることを話していたのよ。
『志半ばで歌姫の道を終えた貴女を、《歌姫聖女》に任命しましょう。』
って。
私はまだ、前の私がどうして人生を終えたのか思い出していないのよね…
それに、前世の私を守ってくれていた頼もしい背中の持ち主のトムさん?との記憶の夢も、あれ以来見ていなかったの。
でも今の私であるセアリアは、あの時の記憶のせいか《自分を守ってくれる背中》がやっぱり気になっている。
私の聖騎士であるダドゥも、あれから5年、私とギリアン爺と一緒にこの神殿で暮らしているの。
身近な男性がダドゥしか居ないし、ダドゥはとにかく私に甘いから…
私は今、ダドゥに恋をしている。
明日は私の16歳の誕生日。
だから私、明日はダドゥに告白しようと思っているの!
「聖女様ぁ~、歌姫聖女様ぁ~…」
そんなことを考えていたら、当のダドゥが向こうから歩いてきたわ。
普段は、私も聖女のローブを着ないでただの村娘みたいな服装をしているし、ダドゥも聖騎士の服装ではなく、普通の村人のようなシャツにズボンを穿いているの。
でも明らかに背が高いし声も大きいから、ダドゥのことはすぐにわかるの。
「ダドゥ~!!」
私は迎えに来てくれたことが嬉しくて、名前を呼びながら駆け寄ったわ。
でも近付くにつれて、ダドゥが珍しく騎士のマントを羽織っていることと、何か大きなものを抱えていることに気付いたの。
しかも、もっと近付けばそれが長くて全体が白いものだと気付いて、もっともっと近付けばそれがヴェールを被った白い服の人間だとわかったの。
「聖女様ぁ。歌姫聖女様ぁ。」
「ダドゥ…」
「歌姫聖女セアリア様。本日は…」
ダドゥは、その女性を抱いたまま膝を折る。
そして言ったの。
「歌姫聖女、セアリア様。わたくしダドゥは、本日こちらの女性と婚姻を果たしました。
彼女のお腹には、私との子どもを授かっております。
どうか無事に生まれますよう、祈りの歌を頂戴できませんでしょうか。」
私は驚きに目を見開いたわ。
でも、そうして目に力を入れていないと、涙が溢れてしまいそうだった。
「わかりました。『祝福の歌』を贈ります。」
5年の間に覚えた、神殿でのお祝い事に歌う歌を、ダドゥと奥さんとお腹の子に向けて歌ったわ。
歌い終えると、ダドゥは言ったの。
「本日はこのあと彼女を実家まで送りに王都まで参りますので、数週間のお暇をいただきたく思います。」
「わかりました。でもお腹が大きければ、馬車での移動はゆっくり時間を掛けた方が良いと思うわ。」
「本当に?」
返事をしたのは、ダドゥの腕の中の人だった。
「えぇ。数週間と言わず、もっと長くても構わないわ。そうね。生まれるまで。いいえ、生まれてからだってきっと、男手は必要だと思う。」
一般常識のようなことを言えば、
「「聖女様の御慈悲に感謝いたします。」」
ダドゥと奥さんは同時に言って、同時に頭を下げる。
もう息ぴったりで、お互い思い合っているのが伝わってきたわ。
「道中気を付けてね。」
「「はい、ありがとうございます。」」
言うとダドゥは私に背を向け、マントを翻して行ってしまった。
残された私は、ダドゥのマントを見送るだけしかできない。
マントはダドゥが歩くのに合わせて揺れていたけれど、そのうちゆらゆらとしてピントが合わなくなってくる。
「……私、失恋したのね…」
言葉に出してしまえば、瞳を濡らすだけだった涙が頬を滑る。
すると、今にもひと雨来そうな感じに、何だか空が暗くなってきたの。
「ここはまだ村の端っこだわ。田畑に影響が出てしまったら大変。泣くのは神殿に戻ってからにしなくちゃ。」
袖で涙を拭うと、神殿に向かって一目散に走ったわ。
神殿の右側の奥にある階段を駆け上がり、自分の部屋のベッドへダイブすると、堪えきれなくなって泣きじゃくったの。
窓の外からは雷の音も聞こえてきていたけれど、もう、そんなこと気にしていられなかった。
その晩は、泣き疲れて眠ってしまったみたい。
翌朝、腫れぼったい瞼のまま階下へ下りると、ギリアン爺に、
「どうした? 昨日の嵐で眠れなかったのか? 雷が怖いのなら、わしが一緒に寝てやったのに。」
と言われた。
「もう! 私は今日で16歳。普通に奉公に出ているなら見習いとして1人に数えられる年齢なんだからね!!」
腰に手を当てて仁王立ちになれば、
「そうじゃったそうじゃった、16歳おめでとう、セアリア。」
笑顔で祝福の言葉をくれた。
「ありがとう、ギリアン爺。」
ひと晩泣いたせいか、瞼は腫れぼったかったけれど頭はスッキリとしていた。
ダドゥ達は旅支度を終えて、嵐の去った今朝早くに新居から旅立ったらしい。
冷たい井戸水で顔を洗うと、私は今日も日課の散歩へ出かけるのだった。
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