旦那様と私の、離・婚前旅行

325号室の住人

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念願の《おやや》と会いたい人

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「アナタ! 急にそんなことをしたら、エリサさんが驚くでしょう!!」

パシッ
「あぅ~…」

当主夫妻の空気で、当主による突然の御詫びで固まった気持ちが、少し和らぎました。

「あのね、エリサさん。貴女、最近食が細くなったのではなくて?」
「…! はい、そうです。あ、そうだわ。治療院の先生に、お薬をいただくことになっていたのです。
あぁ…戴きそびれてしまいましたぁ。」

私の慌てぶりに当主夫妻は顔を見合わせます。
そして、徐ろに夫人が私の近くの椅子に掛けると、私の手を柔らかく握りました。

「エリサさん、貴女…バルトルのことは嫌いなのかしら。」
「…え? いいえ。」
「ならば、なぜバルトルと別れようと?」
「………………」

私は、言葉を失いました。
旅の間ずっと考えていたことは、既に当主夫妻のお耳に入っていたのです。

「あの…わたくしは、バルトル様に実家の修繕費などの借金を立て替えていただいております。
それに、婚姻して1年になりますが、《おやや》が来てくれません。どうやら私の身体は欠陥品のようです。
バルトル様は嫡男ですわ。いずれこの侯爵領の領主を継がれる筈です。
もし私のせいで《おやや》を望めないならば、私はバルトル様から離れた方が良いと……」

私は正直に伝えました。
最後は涙が止まらなくなってしまいましたが、夫人には伝わったようでそのまま抱き締められました。

優しい手で背中を撫でられると、涙は止まるどころか次々に溢れます。

「ならば、なぜ……」

夫人の傍らで、当主がボソリと呟きました。
私の頭の上からは、夫人の溜め息が聞こえました。

私が顔を上げると、なぜかお二人はいたたまれないような表情でこちらを見ていました。

私が首を傾げると、

「あぁ、実はね……
エリサさんは治療院で、どんな処置をされるのか、聞いていたのかい?」

当主の言葉に、私は頭を振ります。

「やはりか…」

当主が呟くと、夫人が私から身体を離してピンッと背筋を伸ばしました。

そして私をじっと見詰めながら、口を開きました。

『貴女のお腹には今、小さな小さな命が宿っているの。』

ポカーン…

夫人から紡がれた言葉は、私にとってとても幸せな言葉の繋がりでした。
けれど、私には何だか夢のようで、右耳から左耳へとスーッと抜けてしまい、ただポカーンとするしかなかったのです。

「んんー!
エリサさん、もう一度言うわよ。今、貴女のお腹には、新しい命が宿っている。《おやや》が来てくれたのよ。」

「《おやや》? 私の…中に? バルトル様との!」

夫人はゆっくりと頷き、当主を見上げれば当主も同様に頷かれています。

「《おやや》…《おやや》が……バルトル様!!」

私は自分の下腹に手を重ねて被せると、再び溢れる涙で頬を濡らしてしまったのでした。




再び、夫人に背中を優しく撫でてもらってひと心地ついた頃…

「それでね。」
当主が私に話し掛けてきた。

「君に、その治療院から預かった薬があるのだが…」
「はい。」
「実はね、《子堕ろし》の薬なの。」

私は、夫人の言葉に気を飛ばしそうになりました。

「貴女は、あの日そのまま治療院へ向かっていたら、この薬を処方されていたの。」
「そんな! 私、今この体調不良が改善すると聞いて……」

それから私はまた、涙が枯れるまで泣き、そのまま眠ってしまったようでした。






「…………ありがとう。目覚めるまででいい。何もしないから…」

とても優しい声音に、私の耳が最初に反応しました。

もし、会えたら……
まずは好きだと、愛していると告げよう。
借金はまだ、返せないけれど。

それから、貴方との《おやや》が、とうとう私の元に来てくれたことを伝えたい。
ずっと欲しかった、バルトル様との《おやや》。くださってありがとうと、伝えたい。

その決意を持って、私はゆっくりと瞼を上げました。


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