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たとえば、こんなはじまり 2 田上視点2
しおりを挟む結局シャワーだけでは寒くて、浴槽にもお湯を張って温まることにした。
ぬるま湯が心地好く、うとうとしてしまう。
まぁ、安城くんのコンビニは言い訳で、汚部屋に退いた彼は帰ったのだろうと思っているので、縁を枕にしっかり寝て長湯すると、髪をガシガシと拭きながら浴室から脱衣所へ出た。
最初に驚いたのは、脱衣所の洗濯機が時間外労働をしていたことだ。
見れば、俺が脱いだばかりの服すら脱衣所にはなかった。
仕方なく、バスタオルを腰に巻いて廊下を進むのだが、廊下にあったゴミ袋の山が消えている。
リビングへ続く扉を開けば、久方ぶりのフローリングを這う、スウェット姿の男…
「え? 安城くん?」
男は顔を上げ、
「はい。あの…キッチン使っても構いませんか?」
「はい。どうぞ…」
「やった!」
スウェット姿の男は、音もなくキッチンへ移動すると何かをゴソゴソとし。数分後にアルミの深皿に入った食欲を唆る匂いを発するものを雑誌の上に乗せてやって来た。
通販の段ボールが2つ、横向きに置かれたものが底を合わせた上に置かれた。
「あ、着替え…とりあえずコレ。新品ですから。僕と同じのです。」
手渡されたのは、彼と同じスウェット上下に、普段は穿かないペイズリー柄のトランクスが1枚。
右か左かとか、腰のゴムが心許ないとかよりも食欲が勝ち、着てすぐにリビングに戻れば、同じ出で立ちの彼に割り箸を渡される。
「じゃ、食べましょう。いただきます。あ、田上さんのお揚げは、お腹に優しくないので貰いました。」
「ん?…あぁ…はい。」
うどんが生麺で、立ち食い屋程度には旨かった。
片付けてしまえば彼はすぐに部屋を出て、そして数分で冷たい緑茶を片手に1本ずつ握り締めて戻って来た。
手渡されたソレは、食後に火照った体に心地好い。
「それじゃ、おやすみなさい。」
俺の家に客用の布団なるものがある訳もなく、一組の布団で背中合わせで寝ることになる。
熱い夜を過ごさなくても何故だか満たされた気がしてしまい、すっかり騙されたまま昼に近い朝を迎えてしまった。
目覚めれば一人。
もちろん、好きな匂いは残り香すらない。
昨晩テーブル代わりにしていた段ボールには、『朝ごはん用のものを調達してきます。』の文言。
冷蔵庫がないのだ。だから、漫画みたいにイイ匂いで起きて「冷蔵庫の中のモノ、勝手に使っちゃいました。テヘ。」的な訳もない。
昨夜は片付けと諸々の家事もしてもらったし、介抱してもらった。
そのお礼に今度こそホテルのラウンジにでも誘おうと思っていたのに、これで縁は途切れてしまったのだと、ふぅっと溜め息が溢れた。
そんな時だった。
玄関の方から物音が聞こえた。
扉を1枚開ければ、何故か引越し業者が養生をしながら靴下をもう1枚履きつつ、段ボール箱が次々と運び込まれていた。
俺がフリーズしていると、段ボール箱の向こうから安城くんがやって来た。
「はい。家具は全てあの扉の向こうにお願いします。」とか
「組み立ては自分でしますのでそのままで。」とか言いながら、忙しなく段ボールを開き、引越し業者が帰る時に段ボールは全て引き取ってもらっていた。
そしてリビングに小さなテレビやエアコンも設置され、作業を全て終えた業者が帰ると、安城くんが俺を振り返る。
「僕、ある程度抱き心地が良くないとイヤなんです。田上さんの体、僕好みにしてあげますね。
それじゃ早速、ご飯にしましょう。」
「…………………………は?」
そんなこんなで、どういう訳か好きな匂いの彼と同棲することになった……らしい。
おしまい
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