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325号室の住人

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子猫と婚約者どの

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12歳 ラライラ・1


それは、12歳の誕生日の朝食の席だった。

「ララよ。今日はお茶の時間にお前の婚約者がお見えになるぞ。」
「は?」

父の一言には、私の返答として一文字に収める…しかないと思うの。
だって、完っ全に寝耳に水だもの。

私は大好きなナッツ入りのパンに齧り付きながら、無言で父を見た。

「なんだ? 喜ばないのか? 王子だぞ? お前が小さい時からよく言っていた、金髪碧眼の!」

この父は、何を言ってくれてるんだろう。

確かに小さい時の私は、『私にもいつか白馬の王子様が迎えに来てくれないかしら』が口癖だった時がある。
が、それはもう覚えているだけで8年前の、しかも個人的に遊んでいた、《虐げられて使用人同然の暮らしをしているお嬢様ごっこ》のセリフである。
それと『王子といえば金髪碧眼なのに腹黒いとかのギャップに萌える』という一般論。
父は何故かその2つをいっしょくたに覚えていたようだ。

なぜ…?

パンを咀嚼しながらそこまで記憶を辿っていた私は、飲み込むと父に言った。

「お父様。私の好みは細マッチョに赤髪の騎士です。《金髪碧眼の王子》みたいなヒョロそうなのは、私の好みではありませんわ!」

今度は、父が言葉に詰まる。
それから顔を青くしてから白くして、言った。

「父は…父は、お前が『白馬に乗った王子を待っている』などと言うからてっきり…」
「頼んでません。」
「あ、理想は頭の切れるモノクルのドS宰相だったか。」
「それは、《もてあそばれるなら》です。」
「ララちゃん、お父さん、弄ばれるのはちょっとよした方が…」
「何も、本当に《弄ばれよう》だなんて、思っておりませんわ。」
「……? んー?」
「分からないのでしたら、私の相手のことなどお考えにならないでください。もう口を聞きませんよ!」
「んー…それは嫌だぁ…」
「でしたらもう、お断りあそばせ!」
「でもさぁ、もう城を出たって言うんだよ。ほら、ここってド田舎じゃない?」
「……まぁ、そうですわね。ですが、この国の王子はたったお一人ではないですか? ならばまさか隣国の?」
「いいや、この国の。ホラ、王太子殿下だよ!」
「えぇーーーーーーー!!!」

父は膝の上にあったナフキンで口元を拭うと、立ち上がる。

「それじゃララ、お茶の時間にね。もうちょっとしたらリリーも到着するから、君も早く支度しなさいよ。」

その言葉に、私が知らされたのは家族の中で一番最後だったと知る。

嫡男であるお兄様の朝は元々早く、夜明けから鍛錬をしている。その後は水浴び→朝食、朝の執務を終え、私が起きる頃には領地の見回りに単騎で旅立つ。

何しろ、父が領主になった時にはどちらかと言うと貧乏な伯爵家だったのだが、兄が成人間近となった頃から領地のとある柑橘が爆売れするようになった。
そしてあれよあれよという間に領地は潤い、そのうちそれが国をも潤わせ、その功績で公爵家にまで上り詰めてしまったので、領主を引き継いだ兄はメチャメチャ忙しいのだ。

ちなみに、既婚で子どもも2人居る。
甥っ子達は本当にかわいいが、とにかく体力が有り余っているため、兄は定時で仕事を終わらせてそこからは育児パパに変身するの。
夜は夜で奥さん愛でて、だから奥さんは間もなく3人目を出産です。

で、母様は、リメイクと手仕事が大好きなオシャレ番長。
お洒落していい日が少ないからね、当日は必ず早起きしてお洒落に余念がない。
だから、お洒落できる前の日は早く寝るのだ。

そういえば昨日の母が部屋に戻ったのは早かった。
つまり、今日お客が来ることを知っていたのだろう。

城を挟んだ向こう側の伯爵家に嫁に行った姉のリリーも来るだなんて、どれだけ私に隠していたのやら…

父の消えた扉に向かって力いっぱいの《あっかんべー》をお見舞いしたのは言うまでもない。


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